第188話 人形少女は家族旅行に行く
「どうかした?クチナシ」
「ああいえ、どうしてここに行こうと?」
「リフィルとアマリリスがどこか行きたいって言うからさ~最近面白い芸をする人がいるって聞いたから見に行こうって」
「面白い芸ですか?」
「うん。なんでも不思議な舞と詩を詠む美人さんとかなんとか」
「…あぁ」
クチナシは合点が行ったとばかりに一人で納得したような表情をしていた。
「なに?もしかしてここ行ったことある?」
「ええ先ほどまで立ち寄っていました」
「なんと。じゃあもしかして芸をする人見た?どんなだった?」
「珍しいのは確かでした。それ以上は私には言語化できません」
それはなんとまぁ期待できるようなできないような感じだ。
ただこの子は少し感性がずれているところがあるのでそれだけでは判断できない。
この世界びっくりするほど大きい食虫植物みたいなのがいるのだけど、以前それがモンスターを消化していく様を半日にわたって眺め続けていたことがあり、身動きもしないし表情も変わらなかったので何かあったのかと心配したのだけど本人的には癒されていたとの事で戦々恐々としたものだ。
「ん?もしかしてそこでそんな怪我したの?危ない?」
「いえ、これは別件なので大丈夫だと思います」
「ほんとに?」
「はい」
「じゃあ大丈夫か」
「大丈夫です。ところで私が空間移動で送りましょうか?」
「あ~そっかクチナシが行ったことがあるのならできるのか」
それは楽でいいけれど…再び部屋の中に目を向けるとリフィルとアマリリスは持っていくおやつはどうだとか動きやすい服が~とか楽しそうに話している。
「でもまぁ移動自体が楽しみの一つみたいなところがあるし途中までは連れて行ってもらって少しは歩く感じで行こうか」
さすがに一週間歩きっぱなしは飽きるだろうしいい感じに一日くらい馬車と歩きを楽しむ感じでいいかもしれない。
「…了解しました。ではそのように」
そう言うとクチナシは床に落ちた腕を拾い上げ自分の部屋のほうにスタスタと歩いて行く。
「クチナシ」
私が呼び留めると、クチナシはゆっくりと振り返る。
その私に向けられた白い瞳は少し揺れている気がした。
「大丈夫なの?」
何がとはあえて言わない。
「はい。大丈夫です」
「そっか。ダメそうなら頼ってくれてもいいんだよ?」
「…これはきっと私がどうにかしないといけない事だと思いますので」
「わかった、じゃあもう何も言わない。でも危ないことしちゃだめだよ」
クチナシは何も言わずにぺこりと少しだけ頭を下げると今度こそ歩いて行ってしまった。
まぁアマリリスを拾ってきた時の事もあるし本当にヤバくなってきたらちゃんと頼ってくれるでしょう。
人を頼ることは大切だけど、それでも頑張ろうとしている人に横やりを入れるほど無粋な事もあんまりない。
心配でもあるけどちゃんと自分で考えて行動しているその姿に姉 (のようなもの)として妹 (のようなもの)の成長が嬉しいよ、うん。
「私もお風呂入って明日からの準備するか~」
はしゃぐ娘たちと、嬉しそうに見守るマオちゃんに手を振ってお風呂に向かう。
そういえばメイラはまだ帰ってこないのだろうか?あの子も出かけたっきり音沙汰がないから少し心配だけど…まぁしっかりしてるし平気かな。
一応悪魔ちゃんたちにでも言伝を頼んでおいてお土産を買ってきてあげようっと。
コウちゃんたちは…まぁ行かないだろうなぁ。
「と、思いつつも一応声をかけてみました」
「行くわけないだろ」
見た目幼女なのにめちゃくちゃ偉そうにアーちゃんの膝の上でふんぞり返ってるコウちゃんに最近は謎の安心感を覚えるようになってきた。
「だよね~でもコウちゃんたちちゃんと運動とかしてる?引きこもってばっかりじゃ身体に悪いよ?」
「余計なお世話だ。ちゃんと鍛えとるわ」
「そんなぷにぷにボディーのくせに~」
「うっさいわ」
「まぁまぁ。このもちもちすべすべ感は今のうちにしか味わえないのですからいいではないですか」
アーちゃんが楽しそうに膝の上のコウちゃんのほっぺやお腹をムニムニと触っていく。
たまに胸元に手を伸ばして叩かれたりしてるのは気のせいだろう。
「そうだ、アーちゃんってもしかして子供とかいる?」
「はい?」
「なんかこの前いったなんちゃら王国でおそらくだけどアーちゃんの事を母親と呼んでる男の子がいてさ~」
「私の事を母親とですか?う~ん」
「なんだお前、子持ちだったのか?」
「そうですね~子持ちと言えば子持ちですが…だいたい今いるオリジナルの…え~と元が人間ではない悪魔は広い意味では私の子供ですね。私が受け取った人の欲望から生まれていますので…なのでここで働いてる色欲と嫉妬も私の娘と言ってもいいと思います?」
なぜか疑問形のアーちゃん。
よく分からないけど悪魔にもいろいろあるらしい。
「本人はヒートって名乗ってたけど」
「…存じ上げませんね」
「そっかぁ~赤いマフラーを巻いた男の子だったんだけど…あと炎とか出してた」
「あ。もしかして怠惰ですかね?確かにあの子は私の事を他の悪魔より母として慕ってた記憶があります。元気にしてましたか?」
「うん元気だったよ~。でもなんかほら、アーちゃんと初めて会った時に色々あった勇者くんいるじゃん?今その子と一緒にいてさ~色々大変そうだったからめんどくさくて逃げてきちゃった」
「あらまぁ」
「アーちゃんの事探してるみたいだったし気が向いたら助けてあげてよ~じゃあこれで~」
私はコウちゃんたちに手を振ると部屋を後にして今度こそお風呂に向かったのだった。
────────
「おい」
「はぁいフォス様」
「行くぞ。そのお前の子供とやらに会いにな」
「もしかして勇者に会うつもりですか?」
「ああ。やられっぱなしでは我の気が済まんからな」
「ふふっ、それでこそ私のフォス様です」
「誰がお前のだ。この無駄肉女が!」
「ああんっ!胸を叩いたらダメですよ~せっかく我慢してるのですから~」
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