第185話 ある神様の御伽噺3
「れ、レリズメルド!どどどどどどうしましょう!?レイが泣いています!!」
「おちつけ。腹がすいているのだろう…いい加減慣れよ」
神様が「レイ」と名付けた人の子供を拾ってから神様の生活は一変した。
この世界のありとあらゆるものを司る神様であっても突如として思いがけない行動をとり、なおかつ意思の疎通もままならない子供の世話には手を焼き、レリズメルドの助けも借りながら慌ただしい日々を過ごしていた。
レイが泣けば大騒ぎし、笑ってもまた大騒ぎ…生き物はおろか世界そのものの母と言っても過言ではない神様をもってしても子育ては大変なもので、同時にどこか地に足がついていなかった神様は子育てを通して人という存在の脆さ、そして他者を愛する気持ちをその心に芽生えさせていた。
「あうあう~」
「どうかしましたか~レイ」
「ふむ…そろそろ言葉を話し始める頃合いかもしれぬな。その子をこれからも育てていくというのならば己が母であると教え込んでおいたほうがいい」
母。
自分の手の中にある小さな赤ん坊がこれから成長していくのが今だに信じられないし言葉を話始めるというのならば大ごとだ…ましてや自分が母となると…。
神様は慌てに慌てた。
「お、お母さん…私に務まるのかな…?」
「務まる務まらないではない。その命を預かったのだからやり遂げなくてはならないのだ」
「そうだね…その通りですねレリズメルド。この小さな命を拾ったのは私のなのだから…レイ、あなたは私の事を母と…お母さんと認めてくれますか?」
「うう~あぶあぶ~」
笑顔で小さな手を伸ばしてくるレイを見て神様もいつの間にか笑っていた。
もちろん一切の障害がなかったわけではない。
神様が作ったとはいえそこは魔族の国。
子供とはいえ人族がその場所にいることをひどく嫌がる魔族も大勢いたのだ。
「神様…ここはようやく悪鬼のような人族の手から抜け出した我らが手に入れた楽園です。だというのに人を神様が連れてくるなどあんまりではないですか」
「…あなた達が言わんとせんことは分かります。人が憎いというのも理解しているつもりです」
「ならばなぜですか!一体何人の同胞が人族に殺されたと思っているのですか!」
「ですがあなた達も同じだけ人族を殺しています」
「それは奴らが我らに刃を向けるからです!」
「…どちらが先かなんて話はもはや分かりません。ですが私から見れば人族と魔族…どちらにも同じだけの過失があり、同じだけの悲しみと同じだけの苦しみを受けていたと思っています。だからこそ二つの種族を関わらせないようにこの国を作ったのですから。そしてだからこそ何の罪もないこの子にまでその悲しみをぶつけるようなマネは止めてくれませんか。この子は何もしていないのですから」
その言葉が届いたのかは魔族たちにしかわからない。
だがその日から魔族たちはレイについて何かを言うことは無くなった。
そして数年の年月が経ち、レイは言葉を話せるようになり一人で歩けるようになるまで成長していた。
「お母さん!お母さん!」
「レイは今日も元気ですね」
「うん!私は今日も元気!」
「それはいい事ですね」
レイはお手本のように健康的に育ち、活発的な子になっていた。
神様の元にずっといた影響なのか人族だというのにすでに同程度の体格の魔族どころか大人と比較しても負けていないほどの体力、身体能力を身に着けていた。
だからなのかは不明だが神様の目を盗み、外に出かけては悪さをしているモンスターを討伐したり、魔族たちの手伝いで荷物を運んだりと子供とは思えないはたらきをして日々を過ごしていた。
当然ながら目を盗んだと言っても神様を完全に出し抜けるはずなどなく、常に本人の知らないところでレリズメルドが見守っていたことにレイは気づいていない。
レイの年齢が十を超えた頃、レイは不思議な言動をするようになっていた。
「お母さん~見て見て!」
「これは何ですか?」
レイが神様に一枚の紙を手渡し、そこには細長い不思議な絵が描かれていた。
「これはね「刀」って言うの!ここがね斬れるようになっててこの部分を持って振るうの!」
「ほぉ~つまりは剣という事ですね?片刃というのは珍しいけど…」
「かっこいいでしょ!」
「かっこいい…?」
神様にはよく分からなかったが娘は何かを期待するようなキラキラとした瞳を向けていた。
それに屈して神様は掌を掲げるとそこに小さな無数の光のような物が集まり、刀の形をとった。
「こうですか?」
「形はあってるけど…こんな真っ白じゃないよ!上の子の部分は黒くて~ここは光を反射するように透き通った銀というか…」
「こんな感じ?」
「そう!お母さん凄い!刀だよこれ!」
レイは時折こうして思いついたように神様に不思議なものの絵を持ってきていた。
今回の刀のような武器から「着物」や「セーラー服」といったものまでレイがアイデアを出しては神様がその力で具現化するというのが一種の恒例行事となっていた。
一度不思議に思った神様はレイにどうしてこんなものを思いつくのかと聞いたが曖昧に笑ってごまかされるのでそれ以上の追及はしないようにしていた。
ただ神様はレイの絵を具現化するたびに嬉しそうに笑うその顔を見るのが好きだったから、それ以上は望まない。
神様はただ穏やかに、娘と友に囲まれた暖かな日々を過ごしていた。
それが唐突に崩れたのはレイが15歳を迎えたときだった。
────────
「さて…哀れな魔王に不意に真実を知ってしまった悲しい人形さんはいつまで愛だなんだと言ってられるか見ものですね」
フィルマリアは何もない白い部屋に一人、膝を抱えて座り込みながら孤独に呟く。
「あの子供たちも、たとえ上辺だけ仲睦まじそうに見えたとしても人の子と神の欠片なんて存在に差があるのにうまくいき続けるなんてことは絶対にない。その時になって後悔すればいい、泣き叫べばいい、絶望して全てを恨めばいい」
顔を隠すようにしてうつむくフィルマリアがどんな表情をしているのかは誰にもわからず…。
「そう、私のように」
その言葉を拾ってくれる者すら誰もいなかった。
「ああ全部が憎い、全部が恨めしい…何もかもが…」
真っ白な空間には風も吹かず、漏れ出すようなその呟きもどこかに溶けて消えていく。
「――苦しい」
フィルマリアの身体が膝を抱えたままの姿勢で横に倒れる。
何もない空間に溶け込んだ一部のようにフィルマリアは一切の身じろぎすらせずにしばらくその場にいた。
「ああ…めんどくさい…」
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