第179話 人形姉妹は止まらない

「その子供たちを捕まえろ!急げ!」


リフィルの言葉を聞いた瞬間に弾かれるようにしてレザは周りの魔族たちに指示を飛ばした。

子供の戯言、ただ遊んでいるだけ…普通はそう思うかもしれないがこの二人は他の誰でもないリリの娘なのだ。


絶対になにか良くない結果になるとレザの無くした腕が、本能の部分がそう伝えたのだ。

魔族たちは少しだけ戸惑ったが自分たちのリーダー的存在であるレザの鬼気迫る様子にとりあえず従ったほうがいいと判断しリフィルとアマリリスを捉えようとした。


「だーめ~それ以上近づかないで~!」


リフィルの一言で魔族たちは先ほどの男と同じように二人に一切近づくことができなくなってしまう。


「ぺくちっ!…ぺくちっ」

「ほら~そんな汚い恰好で近づいてくるからアマリのお鼻が大変な事になっちゃった~。ちゃんと身だしなみは整えないとメイラちゃんに怒られちゃうよ!」


くしゃみを繰り返すアマリリスをリフィルが優しく撫でている傍目には微笑ましく見える光景の中、魔族たちは自分たちの身に起こっている事態が理解できずに困惑していた。


身体が動かないわけではない。だがしかし二人に近づこうとすればそれだけでまるで身動きが取れなくなってしまう。


まるで無意識に身体がリフィルの「近づかないで」という言葉に従ってしまっているように…。


「それなら…!」


レザはためらうことなく愛用の銃を取り出すと、自らの力を込めた弾丸を二人の少女に向けて放った。


普段なら絶対に子供に対してそんな真似はしない。


それでもレザはその瞬間、一瞬たりとも迷わずその行動を選んだ。

放たれた弾丸は白い光の柱となり、リフィルとアマリリスの小さな身体を飲み込まんと迫ってくる。


「んふふふ!お兄さんこわぁ~い」


リリにそっくりな笑顔を顔に浮かべたままリフィルは手に持っていたぬいぐるみを光のほうに掲げた。

それは不気味で奇妙なぬいぐるみだった。


動物をデフォルメしたぬいぐるみであることは間違いないのだが全身が継ぎはぎになっており、色や形は

愚か材質まで部位ごとにばらばらであり、元がどういうぬいぐるみなのか判別できなかった。

そのぬいぐるみの縫い留められた口がひとりでに開く。


「なっ…!?」


レザの放った光の柱はそのぬいぐるみの口の中に飲み込まれるようにして跡形も残さず消えてしまったのだった。


「そんな馬鹿な…何をした!?」

「あははははっ!なんでしょう~!なんでしょう~!わからないねっ、怖いね~!」


本人にその気はないがレザを煽るように笑ったリフィルはそのまま今しがたレザの攻撃を飲み込んだぬいぐるみの口の中に腕を突っ込むと内部から何かを抜き取った。


それは透き通るような色をしたガラス玉のように見えた。


「はい、アマリあ~ん」

「あ~」


そのガラス玉をリフィルはアマリリスの口に持っていき、アマリリスも口元のハンカチを外し、口を開けてそれを口内に受け入れた。


「どう?」

「あまくておいし~」


コロコロと口の中でそれを飴玉のように転がして笑みをこぼすアマリリスの姿を見てリフィルもそれはそれは嬉しそうに笑う。


「よかったねアマリ!お兄さんありがと~!アマリが幸せそう!アマリはかわいいね~うりうり~」

「えへへ~」


二人の幼い少女はお互いの身体をもみくちゃにするようにしてじゃれ合っている。

だが魔族たちはもはやその光景がなんらかの恐ろしい儀式のようにしか見えなかった。


レザの攻撃がいとも簡単に幼い少女にかき消された。


しかもそれだけではなくガラス玉のような物を食べたアマリリスの力が恐ろしいほどに跳ね上がったのを感じ取れてしまった故だ。


まるでアマリリスにレザの力がそのまま取り込まれたような…そんな異常な光景だった。


「さて!じゃあ始めちゃおうかな!」


ひとしきりアマリリスとじゃれ合ったリフィルは仕切りなおすように手を叩くとにっこりとした笑顔を魔族たちに向けた。


「う、うわあああああああ!?」


奇声を上げながら魔族の一人がその場から逃げ出そうとした。


「全員動いちゃダメ~じっとしてて」


リフィルの一言でまたもや魔族たちはレザを含め動きを止めてしまう。

そして今度は一切の身動きが取れなくなってしまい、もはや指の一本として動かすことは出来なかった。


「はいみんなありがとうね~。よしアマリ、あれ持ってきた?」

「うん」


アマリリスが背負っていたリュックから一冊の厚い本を取り出した。

表紙には何も書かれておらず、しかし不思議な紋様が刻まれた、少女が持つには無骨な印象を受ける本だった。


「じゃあ今日はせっかくこんなに魔族のみんながいる事だし難しいの挑戦してみようか!」

「ふぇ…大丈夫かな~…」


「大丈夫大丈夫!リリちゃんに追いつくんでしょ?」

「うん…じゃあがんばるっ!」


そう言うとリフィルとアマリリスはその場に座り込み、本を開いてページをめくっていく。

やがてとあるページに目を止めるとそこを指さした。


「あった!これこれ~リリちゃんオリジナル魔法「カオススフィア」!」

「ふぇぇ!?これやるの~!?む、無理だよお姉ちゃん~」


「大丈夫だよ~お屋敷なら失敗しちゃったら怒られちゃうかもだけど…ここには誰も怒る人いないから!」

「…そっか!お姉ちゃん頭いいね!じゃあやってみるっ!」


その直後、アマリリスの身体から異常なほどの魔力が放たれたのだった。

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