第26話魔王は笑う

 日も沈みかけた時刻…魔王城…ひいては魔界は特別な魔法により外界から隔絶され闇に包まれていた。

魔王は窓から見える闇夜を見て自分の今の状況のようだと思った。


「どういう事だ!説明しろ魔王!」

「そうだ!ガグレール様を不当に処刑したとはどういうことだ!」


魔王の間には大勢の魔族たちが押しかけ、魔王に怒声を飛ばしていた。


「静まれお前たち!ガグレールに関しては説明したはずだ!やつはクーデターを起こし魔王様に牙を剥いたのだ!それが不当だとは言えまい!」


アルギナが魔族たちに負けずと大声を張り魔族たちを諫めようとする。


「それが事実だとして裁判もなしに処刑は横暴だ!」

「それにガグレール様の部下もほとんど処刑するなんて何考えてるんだ!うちの領地はそのせいで人手が足りなくなって大変なことになってるんだぞ!」

「いくらアルギナ様の言葉だからって納得できない!」


ここに集まった魔族たちはガグレールが治めていた場所に住む魔族たちであり、様々な問題が表層化し魔王城に乗り込んできたのである。


「対策はちゃんとしているはずだ。改善案も早急に用意し提案もした。これ以上はもう少し待ってほしいと、」

「そんなの待ってられるか!ガグレール様が治めていた時は安定してたんだ!そのころに戻せ!」

「そうだ!戻せ!」

「ガグレール様を返せ魔王!」


魔王はため息をつくと魔族たちに向き合った。


「皆聞いてくれ。ガグレールの事は…言い訳になってしまうがどうしようもなかった。こちらも命を狙われたのだ…相手の命を気遣いながら対処することなどできない。それは分かってほしい。次に領地の問題だが私の部下…そこにいるアルギナもほとんど休みなくそのことについて動いてくれている…だから今しばらく時間を貰いたい…きっとまた元の…」


何かが割れる音がした。

誰かが魔王に近くにあった茶器を投げたのだ。

紅茶用に用意されていた熱湯と茶器の破片が魔王の肌を傷つける。


「貴様ら!!何をやっている!?」


アルギナが慌てて魔王に駆け寄り、ハンカチを魔法により冷やして顔に当てた。


「俺たちは綺麗ごとがききたいんじゃねぇんだよ!」

「この程度でダメージを負う貧弱が魔王なんか名乗るからこうなるんだ!」

「アルギナ様達の背中に隠れるしかできないくせに身の程を知れ!」


魔王は火傷を負った顔を抑えながら、涙だけは流すまいと必死に歯を食いしばっていた。

最初から分かっていた。彼らは魔王の言葉など聞くつもりはなかったのだ。

アルギナには様という敬称をつけているが魔王はそのままだ。それはつまりそういう事だと理解していた。

だが、だからこそ負けるわけにはいかないと話をしてみたが結果はこれだった。

魔王の…魔王という役職を押し付けられた一人の少女は泣くことも許されないままその心を切りつけられていった。


「貴様ら!これは反逆罪だぞ!わかっているのか!」

「上等ですよ!権力しか力のない魔王がいつまでもふんぞり返っていられると思うのなら大間違いですぜ!アルギナ様だってそう思ってるでしょう!?」

「どうせ殺されるってならここで本当に反逆してやるぜ!」

「そうだ!軟弱な魔王なぞ引き摺り落とせ!」


魔族たちが魔王に殺到した。


「くそ!」


アルギナが応戦し魔族たちを魔法で拘束していく。


「(ここでこいつらを殺すわけにはいかない…余計な反感を他の民にさらに買ってしまうだけだ。それはまだ「早い」…レザとべリアは間に合わないか…さて、どうしたものか)」


殲滅戦ならばアルギナはただの魔族程度いくらでも処理できる。

だがしかし殺さずに制圧となると手が足りない。

そして数人の突破を許してしまった。


「しまっ…!逃げろ「アル」!」

「死ね!魔王!!」


その瞬間、魔王にはすべてがスローモーションに見えた。

自分を殺さんと民たちが迫ってくる…自分はあんなにも頑張ったというのに…押し付けられたとはいえ魔王に選ばれたから、魔界をよくしたいと寝る間も惜しんで勉強した。

争いごとも好きじゃなかったけど必死に戦争についても学んだ。

本を読んで、料理をするのが好きだったけれどお気に入りの本も、書き溜めたレシピもすべて捨てた。

全ては魔界のため…民のために。

そんな少女の願いはほかならぬ民たちによって踏みにじられたのだ。


「私は…なんのために生きてきたの…?」


そんな少女の呟きは…誰にも聞こえることなく霧散し…そして…。


「ま~お~ちゃん!お茶しよー!」


その場の空気を全てぶち壊すほどの底抜けに明るい声が響いた。


「…リ、リ…?」


魔王をマオちゃんなどと呼ぶ人物は一人しかいない。

その空間からずるりと現れたのはもちろんリリだった。


「やほやっほー!見てみてマオちゃん!お土産いっぱい買ってきたからお茶…何か取り込み中?」

「あ、あぁ…少し、ね」


魔王はリリのほうを振り向く。

その顔を見たリリから表情が消えた。


「マオちゃん。その顔どうしたの?」

「これは…その…」


なんと説明すればいいのか魔王は言葉に詰まる。リリの瞳が魔王から離れ今にも襲い掛かろうとしていた魔族に向けられる。


「待て、リリ!まずは話を聞け、はやまるな」


不穏なものを感じ取ったアルギナがリリをけん制しようとしたが、魔族たちはそれを隙と見てしまう…その先が地獄だとも知らずに。


「なんだか知らねぇがチャンスだ!やれぇ!」

「死ね魔王!」


何か重いものが落ちる音と共に、真っ赤な水が流れ落ちる。


「…は?」


魔王を襲おうとした魔族は自分の目の前に落ちている物が理解できなかった。

それは腕のように見えた…それもよく慣れ親しんだ…見覚えのある腕。

魔族はその腕の正体が自分の物だと理解して…、


ギィィィィィィ


魔族の首が落ちた。


その場の全員が動きを止め、一人の人物を見ていた。

ぽたり、ぽたりと血の水滴がしたたり落ちるナイフを手に佇んだ…リリの姿を。


ギ、ギ、ギ、ギ、ギ

リリの首がいびつな音を立てながゆっくりと動き、魔族たちに向けられる。

それだけで魔族たちの身体を強烈な震えが襲う。自分の意志では止められない、抑え込むことのできない圧倒的恐怖心によって意志に判して体が震えてしまうのだ。


「リリ待て、殺すな落ち着け、頼む、私の話を聞け」


アルギナが魔族たちを庇うようにリリの前に立ち塞がる。


「ここで殺されるといろいろまずいんだ、それをわかってくれリリ頼む、この通りだ」

「どうして?そいつらマオちゃんを殺そうとしてるんでしょ?殺そうとしてくる相手を殺しちゃいけないなんて、そんな馬鹿な話ないよ」


リリの片腕が話している間も不規則に動き、そのたびにカタカタカタカタカタといった音が恐怖を増幅させていく。


「ねえ君たちもそうでしょう?殺そうとしたんだから死んだくらいで文句なんて言わないよね?ね?」


魔族たちはもちろんそのつもりだった。

例え死ぬとしても魔王を殺すつもりだったのだから…だが今は違う。

覚悟も何もかも無意味だとばかりに身体の奥底からただただ恐怖のみが無限に湧いて出る。

それ以外の感情が消え去り全て恐怖に変換されているかのようだった。


「リリ!」

「はぁ…じゃあマオちゃんに聞いてみようか」

「…わた、し?」


キィィィィィィという音と共にリリが魔王に向き合い、その顔に両手を添えた。


「ねえマオちゃんはどうしたい?」


リリの宝石のような真っ赤な瞳に魔王の顔が映りこむ。


「私ね、マオちゃんのためなら何でもやってあげたいの。私に自由をくれたマオちゃんだもの…だから私はマオちゃんの物なの」

「わたしの…」


「そう、この腕も足も身体も刃も魔法も…心も何もかも全部マオちゃんの物…だから、ね?どうしたい?どうしたら嬉しい?どうなったら喜んでくれる?マオちゃんの思うままの心を…私に教えて?さぁ、さぁさぁ…どうする?」


周りにはそれは狂気に映った…それはまるで何も知らぬ少女を闇に誘惑する悪魔のようで…。

しかし魔王には…魔王の名を持った少女の心には何よりも甘い…甘美な果実に思えた。


「…して」

「うん?なぁに?もっと大きな声で教えて?」


「ころして…全員、殺して…みんなみんな…ころして!」

「うん。いいよ」

「魔王様!!!」


アルギナの叫びを無視して、リリの姿がかき消え…一人の首が落ちた。

切断された首から流れ出た血が床を朱く塗っていく。

リリの姿は見えない、しかし、


カタカタカタカタカタ

ギィィィィィィ


その音が彼女の存在を確かなものとして認識させていた。

そして次の瞬間にはまた一つの首が落ちる。


「あ、あぁ…あぁあああああああ!!!」

「なんだこれ!なんなんだよぉ!」

「助けて!助けて!」


恐怖でパニックになる魔族たち、それが一つ、また一つと物言わぬ朱い絵の具に変わっていく。


「は、ははは…あははは…ははっ」


魔王は笑っていた。

今までの自分の中に溜まっていたモヤモヤしたもの全て洗い流されていくようで…。


「魔王様!もうやめさせろ!これ以上は本当にまずい!…アル!」

「…わかってるよ。リリ…もういい…満足した」


音が止んだ。

そして、返り血で真っ赤に染まったリリが優しく微笑んでいる。


「本当にもういいの?」

「ああ、ありがとう…すっきりしたよ」


「そっか!よかった!…じゃあさお茶しようよ!お菓子いっぱい買ってきたんだぁ!」

「そうだね、それもいいね…先にリリはお風呂入ったほうがいいと思うけどね」


「だね~、ほっぺた痛い?」

「大丈夫だよ、これくらいならしばらく放っておけば治る」


「そっか!」


まるで何事もなかったかのように会話を続ける魔王とリリ。

魔族の目にそれは吐き気を覚えるほどに気持ち悪く、恐ろしく見えた。


「そういうわけだ…今日はもう解散してもらっていいかな」

「ま、魔王…何を言って…」


「はははっ…魔王…ね」


それは魔王の自虐心からくる呟きだったのだが魔族たちには違う意味に聞こえてしまった。


「い、いえ!申し訳ありません魔王「様」…!どうかお許しください…!!」

「…ここは私が出張るよりアルギナのほうが話をまとめられそうだ…頼んでもいいかい」

「…わかった。それと後で話がある」


「うん」

「ねーねーもういいでしょ~早く解散しようよ~」


「そうだねリリ。じゃあ解散。話し合いはまた後日、ね」


そうして二度目のクーデターは終わりを告げたのだった。

魔王とリリは二人でお茶を楽しんだ。

その最中の魔王は、まるで可憐な少女のように笑っていた。

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