気付き

 峠はイライラしていた。星守レオについて考えていたからだ。合わない人間というのはいるが、それが生徒だった場合どうすればいいのか。


 授業が終わり、教室を出て廊下を歩いていると、生徒に話しかけられた。

「峠先生。」

「…荒井か。」


 荒井月美。硬派な見た目に関わらず、成績優秀、無遅刻・無欠席の優等生だ。…この間、星守レオと学校を脱走したことを除けば。


「どうした?」

訊くと荒井は少し言いづらそうに言った。

「……先生は、レオのことがお嫌いですか?」


 一瞬頭が真っ白になった。ずっと考えていたことだが、真逆それが生徒に伝わっているとは思わなかったからだ。

「………何故そう思った?」

「態度です。先生の態度がクラスにも伝わって、レオ本人にも伝わっています。」

 

 ガンっと殴られたような衝撃だった。クラスの様子には気を付けていた筈だった。


それを乱すかも知れない星守レオを警戒はしていたが、自分がそうだったのだ。


(俺はなんてことを。)


 峠は教師だ。生徒を導き、守り育てるのが仕事だ。峠は自分でその信念を壊していたのだ。


「…レオはあなたを嫌ってはいません。ただ、クラスメイトと仲良くしたいだけです。」

 荒井は峠に頭を下げた。

「レオのこと、よろしくお願いします。」

「…ああ。」

 峠も少し、月美に頭を下げた。


 


「星守。」

 レオはビクッとした。峠から、聞いたこともないくらい穏やかな声で呼ばれたからだ。

「な、何ですか、峠先生。」

 俺はまた何かしてしまっただろうか。怒られるのか。この間の脱走の件についてはお咎めはレオだけにして欲しい。

「……あとで職員室に来てくれ。」

「え、あ、はい!」

 いつもは来い、だったのに来てくれと言われた。それだけで胸がドキドキした。不安だ。

「……。」

 無言でハルが隣に立っていた。

「ハ、ハル。峠先生、どうしちゃったんだろう?」

「さぁ…。でも、悪い話とかじゃないだろう。」

 とん、と背中を押された。

「ほら、行ってこい。」

「う……ん。」

 レオはまだ少し不安なまま、職員室に向かった。


「星守。済まなかった。」

 職員室について早々、峠先生に謝られた。いつもは俺が謝る側なのに、今は峠先生のつむじが見えた。

「え、え、何ですか?」

 レオは混乱して、目を白黒させながら訊いた。

「……荒井から、俺の態度がクラスの雰囲気を悪くしていると聞いた。確かにその通りだった。俺は教師なのにも関わらず、生徒であるお前に俺の都合で不遇を強いた。」

 峠先生は、一段と深く頭を下げた。

「申し訳なかった。」

 レオは慌てた。それはもう盛大に。

「い、いや全然、大丈夫です!誰にだって好き嫌いはあって、それで俺は……」


 あなたに嫌われていただけで。


 言うと峠先生は、苦しそうな顔をして言った。

「……それでも、俺がお前にした事は変わりない。」


 レオは思った。この人は自分が考えていたような酷い人では無いのではないかと。ただ真面目で、不器用過ぎるだけなのではないかと。


 それはきっと、レオと同じだ。


「…先生。」

 声を掛けると、峠は少し肩を揺らした。

「俺、先生に嫌われてるって知ってました。」

(ハルには無理に仲良くしなくていいって言われたけど。)

「でも、出来れば先生と普通に話したいです。」

「…ああ。」


 峠が頭を上げて、やっと目が合った。相変わらずこの黒い目が少し苦手だったが、前より何も思わなくなった。


「これから一年間、よろしくお願いします。」

「こちらこそ、宜しく頼む。」

 

 

 

 

 

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