【KAC20245 参加作品】はなさないでいたかった

あらフォウかもんべいべ@IRIAM配信者

第1話 revolving lantern







  これだけは【はなさないで】おこうと思っていた。


 ある時のこと、戦地から帰った俺は、転属を言い渡され、その間の準備期間も兼ねた休養を満喫していた。


 俺を引き継ぐ同僚と数日過ごし、見送ったあとは自由の身。


 残りの休養は自由気ままに、飲み歩いていたある時だ。


 カウンターの隣に掛けた女性から声をかけられ、不思議と話が盛り上がったもので、なにか既視感を感じた俺は、勇気と好奇心、そして記憶の断片を混ぜ合わせて彼女の名前を尋ね……当ててみせたのだ。


 彼女は驚き、狐顔美人は目を見開いてから、今度は目を細め、とってもチャーミングなジト目で視線を合わせながら口角を上げ、最高にかわいい笑みを浮かべながら、俺の名前を聞いてきたものの……このときはまだ、諸事情があって明かすわけにはいかなかった。


 転属前、未だに所属している部隊の性質上、本名を明かせない俺は、咄嗟に偽名を名乗らざるを得なかったのだ。


 彼女には全てを見透かされていたと思うし、空気を察してくれた最高の気遣いに心の中で感謝したのは言うまでもない。


 一応お互いに初対面という体を装いつつ、その実、おおよそ十年ぶりに彼女と再会を果たし、色々とあって一夜を共にした。


 相変わらず彼女は綺麗で、かわいらしく、年齢を全く感じさせないまま、二人だけの世界でくるくると心と身体は踊り、交わり合って燃え上がった暁。


 射し込んできた朝日を恨めしそうに、憂鬱げな表情を浮かべたものの、すぐに切り替えて笑顔の花を咲かせた彼女は、さながらもう一つの太陽のようであった。


 お互い、また会うことを約束しながら連絡先を交換し、それぞれの日常へと戻った。



 それから数日後、新たな部署へと転属した俺は、いつ、いつか彼女と再会をする約束だったが……想像以上の早さで果たされた。


 新たな同僚たちに歓迎される傍らで、彼女がとても複雑な表情をしていたのは言うまでもなく、もちろん俺も同じ穴のムジナだった。


 挨拶をそこそこに、個室へと呼ばれた俺は、改めて自己紹介をしたものの、この時の彼女との関係性は、年齢を7つ隔てているのもあるが、階級に至っては3つも離れた上司と部下であり、転属して早々……いや、転属する前に色々とあってボスを抱いた…─という事実に揺るぎはなく、お互いに頭を抱えたものだった。


 急速に距離が縮まるような出来事ではあった。


 しかし、元々過去からの知り合い同士でもあり、秘密の一つや二つが出来たぐらいでは、形が変われども関係性は変に拗れることなどなく、慣れないオフィスでのデスクワークに苦戦する俺を、彼女は同僚たちと一緒にフォローしてくれたのだ。


 それからと言うもの、職場において彼女とはいつも一緒だったが、あの時の出来事もあってか、職務上での立場、階級の壁を前にして距離がわからなくなることもしばしば。


 しかし、プライベートにおいて壁なんぞ不要、無用でざっくばらんというのか、彼女はあの頃と変わらず、遠い日の陽炎のように揺らいだ記憶の中で、浮かんだ素敵なお姉さんの面影そのままだった。



 それから数年後、紆余曲折を経て彼女と結ばれた俺は、二人揃った左手薬指のエンゲージリングを、お互い肌身はなさず、離れていてもいつも一緒だった。


 例え任務で海外に出征しようと、エンゲージリングで結ばれた愛する彼女との絆、想いをお供に戦い抜いた。


 まるで幸運の女神の加護を彼女から授けられた俺は、戦いの果てに生き抜き、帰るべき処へと導かれるがまま、彼女と幸せな日々を感受していた。


 しかし、幸せな日々は……そう長くは続かなかった。



 某所にて、オブザーバーとして派遣された俺は、急激に悪化した情勢を前にして、友軍である現地軍が崩壊し、潰走する事態に直面する。


 オブザーバーとしての本来の役割を全うすることも敵わず、最早無関係となった俺は、一目散に逃げるという選択肢もあったが……さて、迫り来る敵は勢い付き、我々に牙を向けようとしている。


 潰走する友軍、その先には逃げ惑う難民たちでごった返している……俺は、ここで決断を迫られた。


 本国、およびボスに連絡を入れた。


 果たして動いてくれるのか、動いたとしても間に合うのかすらわからない。


 任務上、逃げてもなんら問題もなかったが……これだけは【はなさないで】おこうと思った。


 俺は決断した。


 潰走する友軍の撤退の支援、および難民たちの逃げる時間を稼ぐべく、この場に留まる決断を下したのだ。


 有志で殿部隊を募り、昔からの馴染みの面々、このままでは終われない一部の勇敢な現地軍の一員が、俺の下に集った。


 おそらく最期になるかもしれない……だが、覚悟を決めた以上、彼女まで連れていく訳にはいかない。


 これだけは【はなさないで】おくつもりだったが……ここからは俺の個人的な戦いであり、そもそも命令違反に等しいばかりか、ボスである最愛の彼女に対する裏切りにも等しい。


 ならば、左手薬指のエンゲージリングに込められた想い、絆を地獄まで連れていく道理もないだろ?


 久々に外したエンゲージリングをドッグタグのチェーンに通し、これならば例え手が吹っ飛んでしまおうが、人の原型を留めないような死にかたをしても、ドッグタグに寄り添えばきっと……魂と共に彼女の元へと還ることが出来るであろう。


 さて、先立った戦友たちよ……俺はもうすぐそっちに行くからさ、これまで【はなさないで】いた話題でもとことん話そうか───。







 ───登場人物


 カスガ・トラチヨ / 35歳 / 最終階級 大尉


 異国の地にて、オブザーバーとして派遣された彼は、現地の情勢が悪化したことに伴い、殿部隊を編成して戦い、潰走する友軍、および難民たちの逃げる時間を稼いだ。


 その後、彼のドッグタグに寄り添ったエンゲージリングは、【はなさないで】いた彼女の想いをそのままに、還るべきところへと還ったものの、決して悲しみが癒えることはなかった───。






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