第二章 リトル・スノウ、ダンジョンに行く!

第20話 では汝、悪であれかし

 広場で泥石をやっつけた後、ぼくとパーシは適当な雑貨を買い漁りながら市場を抜け、ジュリエが居るだろう河原の方に向けて歩いた。


「いやはや、これを笑顔で食べられる日が来ようとは思わなかったよ」


 ぼくと一緒に棒つきの水飴を舐めながら、パーシは始終ご機嫌だった。


「これからどうする?」


「チルドレンたちに色々と言い付けてあるし、河原で食事にしようと思う。一応、ダンジョンでの主食みたいに考えてるから、パーシもよく味見しておいてよ」


「うんうん、いいよ。それは楽しみだ」


 火だるまになった泥石のざまがよほど面白かったのか、パーシは思い出して笑っていた。


◇◇


 先日、アマンダたちチルドレンを拾った河原が見えて来た。

 橋の欄干から身を乗り出して目を細めると、ジュリエが足を前後させ、機敏な動作で踊っているのが見えた。


「むっ、アリシャッフル!」


 ぼくの隣で、パーシが感心したように鼻を鳴らした。


「へえ……」


 挑発するように踊るジュリエの前で、棒を持ったアマンダとインギィが蹲っている。二人は痛そうに身体の節々を擦りながら、目の前のジュリエを睨み付けていた。


 ――主!


 指輪を通した直感だろうか、こちらに振り向いたジュリエが念話を飛ばして来たので、ぼくは手を振って見せた。

 ここら辺の河原は足の長い草が繁っていて、見下ろす形になる橋の上からでないとジュリエやチルドレンの姿は確認出来ない。

 土手を下り、草むらを掻き分けて進む。


「はーい、皆、並んでー。おやつの時間だよー」


 のんびりと叫ぶと真っ先にジュリエが駆け付け、続いて迷った素振りの四人のチルドレンたちがのろのろと後に並ぶ。


「一人、一個ずつね」


 『おやつ』という概念のない年少組のチルドレンは首を傾げながらも、泥石オススメの水飴を受け取るとにっこり笑った。

 アマンダとインギィの年長組は受け取った水飴を悔しそうにジュリエの胸に押し付け、川っぺりで駆け回っている年少組の方に歩いて行った。


「ジュリエは太っても知らないよ」


 澄まし顔のジュリエは、水飴の棒を三つ口から突き出して機嫌良さそうに微笑んでいる。


「揉んでやったみたいだね」


 おそらく、おやつを賭けて勝負したのだろう。命に関わる事でもないし、ぼくは追及しなかった。


 ――チョロいです。


「そ。ほどほどにね」


 風に乗って、砂の匂いが僅かに香る。

 『砂の国』ザールランド。

 二重に展開された防壁を挟み、『アイメル』の街の北には広大な砂漠が広がっている。東には『罪人の森』と呼ばれる深い森が広がり、それがこのアイメルの街を包むように南側も覆っている。

 そして、西側には『悲しみの海』と呼ばれる海が広がる。


「……」


 見上げた空は、突き抜けるような青だった。

 いつか、この砂の国を抜け出して、日本に帰る日が来るのだろうか。

 だがその前に、叶えたい願いがある。それさえ叶うなら、帰れなくとも構わない。


 ――主? どうしたのですか?


「ん……なんでもない」


 頭を振って追憶を振り払うと、爪先でコンと川原を蹴る。

 目の前で川原に転がる石の間から、にゅっと土が盛り上がって椅子の形になり、ぼくはそこに腰を下ろした。

 その光景に、パーシはぎょっとしたように目を見開いた。


「スノウ、その椅子は……」


「黒錬金だよ。ちゃんと報告してるでしょ。変な目で見ないでよ」


 錬金術は気候を操る『赤錬金』とポーション等の薬品作成に関わる『白錬金』そして、今ぼくが使った『黒錬金』の三つに別れる。

 黒錬金は主に鉱物を操る。そこには砂や石等も含まれる。またこれらを分解してゴーレムの作成も可能だ。


「……そんな使い方をしているヤツは見た事がない」


「そう。パーシの椅子も出そうか?」


 パーシは胡散臭いものを見るように目を細めた。


「……赤と白も使えるの?」


「やった事ないから、分かんない」


「それで彫金も出来る?」


 疑わしい視線を向けるパーシは、いよいよ遠慮がなくなって来た。

 ぼくは構わず踵でその辺を踏み躙って、大きなテーブルとそれを囲むように人数分の椅子を作成した。


「……すごく適当にやってる気がするんだけど……」


「適当にやっているんだ」


 材質はその辺の土だし、ぼくの力でも崩してしまえる。雨でも降れば一発で砂の山になるだろう。


「……本当に稀人だよね? 魔法のない世界から来た……」


 それまでなかった感覚器官があるのだから、異変はすぐ分かった。この件に関して言えば、レベルが上がり、体内の魔力含有量が増えたお陰で自由度が上がっただけだ。


「……戦闘スキルも使える?」


「使えない」


 運動ステータスが壊滅的に足りない。スキルの使用条件に満たないと言うべきだろうか。ぼく個人の体質にも関わる事だし、説明は難しい。

 パーシが改まって言った。


「ミスリル探索が終わってからでいいから、一度騎士団に出頭して貰えるかな? 詳しい話が聞きたいんだ。少しお話ししよう」


「そんなに暇じゃない」


 そろそろオマケしてくれるかなって思ってたのに、思いの外しつこい。というのがぼくの本音だ。


「色々調べるけど、悪いようにはしないよ」


 パーシの『国』に対する忠誠心は、ぼくへの好意を上回っている。それは変えようがない。分かっていた事だけど、いつもこうだとやりづらくて仕方がない。やはり……


「ぼくを追い出したのはそっちの癖に、勝手だね……」


「その判断をしたのはハイネマン団長さ。私も泥石も反対してた」


 ペテンで誤魔化せる鑑定石は怖くない。ただハイネマン団長は厄介だ。

 この国の軍は三つに分かれる。

 一つは魔獣や外敵等に応戦する『騎士団』。国の守りを担う警察機構『憲兵団』。宗教祭事やそれに関わる事件を取り締まる『十字騎士』……教会騎士や、恐らく泥石なんかもこれに関係してる。

 この三つの軍団全てを合わせたものを『ザールランド騎士団』と呼ぶ。


 憲兵団団長アゼルハイド・ハイネマン。ハイネマン侯爵家の次女。通称『ハイジ』。ぼくの抱き枕2号。


 保護期間中、人が良さそうで、間抜けそうな女の子を引っ掛けたら、それがハイジだった。

 ぼくを放逐したのは彼女だ。

 理由は、ふしだらで不誠実だから。軍に出頭すれば、そのハイジの耳に入らないはずがない。次に会った時は苛めるぞって言われてるし、厄介な話だった。


「な、何? 考え込んで。そんなに嫌なの……?」


 やはり、あのとき……


「なんでもない。少し後悔してるだけさ」


 モンパレをやったあのとき……



 ……パーシを消せなかったのは、失敗だったかな。



 薄く笑うぼくを見て、パーシは嫌な予感の一つでもしたのか、ぶるっと震え上がった。

 砂を含む風が髪を撫でて吹き抜けて行く。

 悪い癖だ。ぼくは首を振ってムラっけを追い払う。


(その場合、別の誰かが彼女の代わりをしただろう)


 想像以上にパーシが強かった。それだけで何も変わらない。全て予定通りだ。

 誰にもぼくは止められない。


◇◇


 河原にはまな板が置いてあって、猫人ワーキャットのルネが小人ハーフリングのタラとドワーフの……忘れた。とにかく三人で野菜を切っていた。その向かいに大鍋が置いてあって、そこでは燻製を作っている。ぼくの言い付け通り。


「お昼ご飯にするから、野菜、少し貰うよ」


 といっても、チルドレンを含む九人分の量だ。籠一杯に葉物野菜を入れ、根菜も籠一杯分取り上げると、ルネは目尻を下げて悲しそうな表情になった。


「あはは、ごめんごめん。きみたちの分もちゃんとあるからさ」


 パーシとジュリエは、河原の少し開けた所で棒を持って向かい合って、お互いに真剣な表情をしている。訓練だろう。

 ステータスだけを勘案すれば、パーシが絶対に勝つ。ただ、周囲の環境を活かすならジュリエにも勝機はある……だろうか。

 がしかしと河原を踏みつけ、錬金で石の竈を作ってその上に大鍋を置いた所で、暇そうに辺りをふらついていた兎人ワーラビットのココと目が合った。


「……暇なの?」


 そのぼくの問い掛けに、ココは静かに頷いた。


「……そう」


 兎人特有の赤い瞳を見ていると、猛烈に目潰しをかましたくなる。ぼくは視線を下げ、足元に落ちていた木の枝を拾ってココに差し出した。


「これをパーシのお尻に突き刺してこい。ぼくは命の恩人だ。それぐらい出来るだろ?」


「……」


 枝を受け取ったココは、ぼくから視線を逸らさず、静かに二度頷いてジュリエと立ち合っているパーシの背後に歩いて行った。

 そんな風にしてココを追い払った後、ぼくは竈の中に赤石を二つ転がした。

 熱した鍋に油を引き、大きな木ベラを使って肉を炒め、続いて根菜を炒めて行く。

 この世界に有る野菜は、どれもぼくが知っている物と少し違うから、実際使ってみないとどんなものが出来上がるかは分からない。続いて籠一杯の葉物を鍋にぶち込んだ所でパーシの悲鳴が聞こえたような気がした。

 チルドレンにやらせたのは、手間の掛かる野菜の切り込みや保存食の作成だ。仕事の割り振りは任せてある。ココがぶらぶらしていたのは、彼女がまだ幼く、適当な仕事がなかったからだろう。確か、四歳とか言ってたか……


「パーシはうるさいね……」


 お尻を押さえたパーシが、河原の石の上を揉んどりうって転がり回っている。そこにジュリエが飛び掛かり、滅多打ちにしていた。


 木ベラで鍋の中身をかき回していると、そこにアマンダとインギィがやって来た。


「疲れた。アマンダ、代わって」


「あ、はい」


 ワードッグは腕力があり、こういった力仕事は向いている。アマンダが鍋をかき混ぜ、葉物がしんなりして水気が出て来た所で昨日作りおきしておいたボアの出汁を突っ込む。


 後は砂糖、酒、すりおろした果実等を使って味を整える。


「沸騰して来たらアクが出てくるから、それは捨てて」


「アクって? フットウ?」


 実際に沸騰するまで付き合い、アホのアマンダに実演して見せてから、ぼくはインギィの方に向き直った。


「君はこっち」


 インギィにはマヨネーズを作らせた。

 マヨネーズ作りは大変だ。とにかく混ぜる混ぜる混ぜる。ぼく一人じゃやらなかっただろう。


「これ、なんすか?」


「マヨネーズ」


「マヨネーヅ?」


 パッパラパーのインギィがへとへとになった頃、出来上がったマヨネーズを前に、ぼくは少し考え込んだ。


 おそらく生卵は危険だ。酢の殺菌効果で行ける……だろうか。


 現代日本では卵の生食は問題なかったけど、実のところ、卵の生食が問題なくなったのは近代になってからだ。発展途上国では、今でも卵の生食は避ける場合が多い。


 生卵というのは、サルモネラ菌やその他の雑菌、寄生虫の温床だ。この世界の卵がどうかは分からないけど、自分で試して見ようとは思わない。加熱すれば問題なく食べられるだろうけど……


 インギィが鼻を膨らませ、ごくりと唾を飲み込んだ。


「すっげー、いい匂いがするんすけど、ちょっと味見ていいすか……?」


「……」


 少し考え、それからぼくは指で掬い取ったマヨネーズをインギィの口に捩じ込んだ。


「……んぐっ!?」


 指ごとマヨネーズを口に突っ込まれたインギィは嫌そうにしたものの、一瞬後には目を見開いて動きを止めた。


「どう?」


「お、おいひい! にゃにこれ!」


「うふふ」


 ぼくが邪悪な笑みを浮かべていると、顔を真っ赤にしたアマンダがこちらを見つめていた。


「ぅわ……エロ……」


 薄く長い舌はジュリエとそっくりだ。その薄く長い舌を使って、インギィは夢中でぼくの指を舐めていた。

 暫くインギィは要観察だ。

 まぁ、今日は加熱して使用する事にしよう。

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