第11話 リトル・スノウの悪巧み

 翌朝。

 一晩を経て、一気に総勢七人の大所帯になったぼくは、宿屋の食堂の一角を占領して、チルドレンに食事を取らせていた。


「大部屋はどうだった?」


 アマンダはとても大人しくなり、身体を小さくして怯えた目付きでぼくを見つめている。


「あ……五人で一部屋だったんで、良かったです……」


 ぼくとジュリエ、チルドレン全員に食事を付けて一晩で銀貨二枚以上の出費。こうなると家を借りた方が経済的だ。


 他の子は目の前に並んだ料理の皿に視線が釘付けだったけど、すっかり萎縮した様子のアマンダを見てぼくに警戒しているのか、食事に手を付けようとしなかった。


「……とりあえず、ご飯にしようか」


 ぼくがそう言うと、ゴクリとインギィの喉が鳴った。


 チルドレンの構成はこう。

 リーダーが12才になったばかりのワードッグであるアマンダ。同じ年齢で同種族のインギィことイングリットが副リーダーの役割を勤めている。二人は三年前、奴隷商に売られそうになった所を一緒に逃げ出したらしい。他の子は拾った時期こそまちまちだけど、捨てられていた孤児とのこと。

 今はインギィの膝に座っているココが一番新しいメンバーで、先月路頭に迷っている所をアマンダが保護したそうだ。

 幾分、気落ちしたようにアマンダが言った。


「……お金、ありません……」


「誰も君に払えなんて言ってない。いいから食べるんだ」


「……」


 それでも手を付けないチルドレンを見て、ジュリエがおもむろにスープの皿に手を伸ばした。


 ――我は、先ず主が手を付けるべきだと思う。


 目を合わせると、ジュリエは僅かに笑みを返し、胸に手を当てて目礼して見せた。


「やれやれ……」


 ぼくは大麦の固いパンを千切って、スープに浸してから食べた。

 それを見て、チルドレンたちも漸く食事になった。

 最初は遠慮がちに、次第に容赦なく。

 チルドレンは旺盛な食欲を発揮して卓上の料理を片付けて行った。


「川原の草は食べちゃ駄目だよ。体調を崩している子はいない?」


「あ、あの……」


 ワーキャットの子が食事の手を止め、おずおずと手を上げた。


「なんで、昨夜の内に言わないんだ」


 続けて申し訳なさそうにアマンダとインギィが手を上げて、ぼくは盛大な溜め息を吐き出した。


 ――主は面倒臭がりだ。


 ジュリエから嗜めるような念話が飛んで来て、肩を竦めるぼくは今朝の一幕を思い出したのだった。


◇◇


 ……きて


 ……起きて下さい、リトル・スノウ。


 朝、寝ぼけ眼を擦りながら目を覚ますと、ベッドの横でジュリエが膝を着いた姿勢で頭を下げていた。


 ――おはようございます、リトル・スノウ。


「……」


 頭の中に声が響き、ぼくは周囲を見回した。


 ――アマンダと子供たちが廊下で待ってます。いかがなされますか?


 ジュリエは恭しく膝を着いた姿勢で動かない。


「……ジュリエ?」


 ――はい。


 寝起きで今一頭が回らない。頭に響く声は、どうやらジュリエのもののようだ。


「……これ、どうやってるの?」


 そう尋ねると、顔を上げたジュリエが少し訝しむように眉を寄せ、右の人差し指に嵌めた指輪を撫でた。


 ――これです。このようにされたくて、主は我に指輪を下さったのでは?


「ああ、そう……」


 ぼくは分かったような返事をして、寝癖の付いた髪をかき回した。


 あの指輪については、色々と加護や耐性を付与したけど、通信機器のような仕組みはない。ないはずだ。


 ――同じものを主も付けておりますれば。


 ジュリエの説明では、ぼくの血を使ってある『血印』の一種である奴隷紋と、ぼく自身が作った全く同じ性能の指輪を付ける事で意思の疎通が可能になったらしい。

 昨夜は慣れない魔道具が使いこなせなかったけど、今朝になってすっかり馴染んだとのこと。


「……魔道具?」


 ぼくの魔力で作った指輪だからこそ繋がりが深く、こういう芸当が可能らしい。


「まぁ、いいや……アマンダが待ってるの? 入れてあげなよ……」


 ――不可。


「……なんでさ」


 ――着衣が乱れております。主はもう少し他者の目に気を付けた方がよろしい。


「……そう。どう見えるの?」


 ――ローブがはだけ、誘っているように見えますれば。


「…………ふしだらに見えると」


 ――是。


 その後、やる気を出したジュリ絵さんに髪と衣服を整えられ、今朝のチルドレンたちとの朝食になった。


◇◇


 新しく金策を考えなきゃいけない。そうしなきゃ、早晩、チルドレンと一緒に路頭に迷う羽目になる。


 ぼくはポケットの中でアクセサリをじゃらじゃらやりながら、宿を引き払った。


 表情を消し、今日も兵士の顔になったジュリエが斜め前を歩いている。そのぼくの後ろにアマンダ率いるチルドレンが続くという構図。


 探索ギルドに向かう途中、露店で乾果が売られていたので、それを買ってチルドレンたちと一緒に食べた。

 干し柿に似た味にグミのような食感。ぼくは好きになれそうにないけど、チルドレンは嬉しそうにしていたのでよしとした。


「ジュリエ、ボビーのぶんも取っといて……」


 今日のボビーへの貢ぎ物を定めたぼくの脳裏に、何故かパーシの顔が浮かんで消えた。


 ……私のぶんは?


「パーシのぶんもね……」


 今日は忙しくなる。とりあえずの金策としてアクセサリを売り払うのと、教会とギルドにチルドレンたちの顔見せをしなきゃいけない。


 ――主は、あの女騎士がお気に入りであるか?


(からかい甲斐があるからね)


 そんな事を考えながら、ぼくはお行儀悪く乾果の種を吐き捨てた。


 先ずギルドに行くか、それとも教会に行くか。ぼくは決心が付かず、初めてパーシと会った噴水のほとりで果実のジュースを一杯引っかけた。

 美味しい。清涼感が癖になる味だ。


「よし、決めた。ギルドに行こう」


 考えはあるけど、教会は金がなければ取り合ってくれないだろう。全員が泥石みたいに甘くない。


 いつの時代、世界に関わらず、宗教というものは金と権力と暴力に塗れている。分かっているんだ。

 ぶらぶらと先頭を行くぼくに、アマンダがおずおずと言った。


「あ、あたいたち売られるんですか?」


 アマンダのような面倒見のいい娘を売り払うほど、ぼくは腐ってない。その質問には答えなかった。


 そして、すぐぼくの真横にいるジュリエは人差し指の指輪を擦りながら上機嫌だ。何も言わないけど、指輪を通して機嫌の良さが伝わって来る。昨夜はチルドレンに台無しにされたし、苛立っているかと思ったけどそうでもないようだ。


「チルドレンは顔を洗って。とりあえずギルドに顔見せに行くけど、身なりが汚いとそれだけで足元を見られるよ」


「え、本当に仕事くれるんですか?」


 なんて事を言ってるインギィをサラッと無視して、ぼくは近くの露店で安っぽい革の帽子を買った。

 勿論、ぼくのじゃない。耳を失ったココに被らせるものだ。傷口は髪で隠れていて見えないけど、ワーラビット特有の長耳を失った事は一目瞭然で痛々しい。


「だ、だから、お金ありません……」


 なんて言うアマンダを無視して、ぼくはココに革の帽子を被らせた。

 本当は衣服を整えて、少しでもチルドレンの見栄えをよくしたかったけど、金策が先だ。


「……」


 ココが何か言いたそうにぼくを見つめているけど、種族特有の赤い瞳を見ていると目潰しを喰らわせたくなる。ぼくは視線を合わせなかった。


◇◇


 ギルドは開いているけど、今朝はいつもより早いせいか受付には空席が目立った。

 それでもボビーは平常運転。受付のカウンターに肘を着いて、鼻をほじっていた。


「おはようさん、ボビー」


「おお、リトルスノウか。どうした、今朝はまた一段と早いじゃないか」


 そこで、ぼくは鼻をほじっているボビーに五人のチルドレンを紹介した。

 まぁ、探索者ってのは何でも屋だ。ダンジョンに潜るだけが能じゃない。ギルドには、掃除とか使い走りとかの雑役の依頼もある。


「身柄の保証はぼくがするから、この子たちに仕事を振って欲しいんだ」


「…………」


 ボビーは眉をひそめ、一編に不機嫌そうな顔付きになった。


「ふん、小遣い稼ぎか? それでガキ共から幾らハネるつもりだ」


「いや、ゼロ。取らないよ。稼ぎは全てこの子たちに渡して。それと手持ちが寂しくなって来てさ、ボビーに見てもらいたいものがあるんだ」


「はん? けったいな事を……何を企んでやがる」


 ボビーは口をへの字に曲げ、でも不機嫌さは幾分和らいだ表情で下唇を引っ張った。


 そのボビーが座ってるカウンターに、ぼくは指輪五つと首飾り三つ、腕輪を四つ転がした。


「なんだこりゃ、安物ばかりじゃ…………」


 多少失敗して加護が少ないものもあるけど、どれもそれなりにこねくり回したものだ。


「……!」


 唐突に黙り込んだボビーは、ギッと眉を釣り上げて、カウンターの棚からルーペを取り出してアクセサリを一つ一つ確認し始めた。


「買い取ってもらいたいんだけど、万屋に出したら幾らぐらいになるかな?」


「待て、万屋には持って行くな。ギルドで買い取ってやる」


「そう? それは手間が省けて助かる。この後は教会に行こうと思っていたんだ」


「…………」


 ボビーは険しい表情でアクセサリを調べていたけど、暫くして顔を上げた時、困ったように眉を八の字に下げていた。


「これを何処で手に入れた」


「露店で売ってた」


「嘘付けこの野郎。少し鑑定に掛ける。預かるが、いいな?」


 ぼくが頷くと、ボビーは大切そうにアクセサリを布の小袋に入れて席を立った。


「……待った」


 ふと思い付いて引き留めると、ボビーはあからさまに気まずそうな顔になった。


「ど、どうした。今さら引き下げるなんて言うなよ?」


「そんな事言わないよ。指輪を一つだけ返して欲しいんだ」


「…………分かった。いいだろう」


 ボビーは少し残念そうにしていたけど、小袋の中から指輪を一つ取り出してぼくに返してくれた。


「ああ、忘れてた。もう一つある」


「な、なんだ?」


 ぼくが目配せすると、ジュリエがバックパックから乾果の入った袋を取り出した。


「今日のおみやげ。後で食べてよ」


 ほっとしたように額を拭ったボビーは乾果の袋をつまみ上げ、そこで漸くいつもの男臭い笑みを浮かべた。


「おう、いつもすまねえな」


「うふふ、いいよ。ぼくとボビーの仲じゃないか」


 ぼくが癖の悪そうな笑みを浮かべて見せると、ボビーは少し肩を竦め、それからバックヤードに下がって行った。


 ――主も人が悪い。


 ジュリエがそんな念話を飛ばして来たけど、ぼくはさっぱり分からなくて、首を傾げるばかりだった。

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