断罪

「エリーゼ・ライヒベルク!あなたとの婚約を破棄する!理由は述べなくてもわかるだろう」


 ヴィルヘルム第2王子の声が卒業式に響く。公爵令嬢のエリーゼは笑いを堪えるように扇子を開き、取り巻きたちを従え前に出る。


「さて?なんのことだかわかりませんわー?」


 獲物がかかった猟師のような眼光とはうらはらに口ではあっさりと答える。


「わからんとはな……それともとぼけているのか?」


 厳格なヴィルヘルムの声に追求側のララのほうが怯えてしまう。それに気付いた王子はそっと手を握りララを元気づけた。


「さて、どちらでしょうか?」


 妖艶な笑みを浮かべるエリーゼに対し、王子は側近たち……同じ女性を愛する人間たちを呼び寄せた


「ダニエル・マルスンが証言いたします!王国騎士団が横領を働きその金額は公爵家に流れています!」


「冤罪ですわー、そもそもなぜ騎士団がワタクシにその金額を流すのでしょう?意味がわかりませんわー?」


「私の婚約者であるマーガレット・バルカレス男爵令嬢は彼女の取り巻き、横領を隠すために公爵家を引き込み、武器の横流しをしている!私はこの場を持ってバルカレス男爵令嬢と婚約を破棄する!」


「それはワタクシとは関係ありませんわー、そもそも予算は内務大臣の父ではなく財務大臣の管轄では?それを指摘するのであれば財務大臣にでもいえばよろしいのではありませんかー?マーグ?」


「あーしはいいよー。婚約破棄でも。あとは家に言って」


「ジョン・グリンドが提出いたします、父の書斎にあった騎士団の使途不明金の記録です」


「それでその記録に公爵家へ横流ししていたことでも書いてありましたのー?」


「書いてはいないがこれほどの金額!自由に使えるのは公爵家くらいだろう!」


「話になりませんわー……」


「それと、ララに対して不名誉な噂を流したエリザベス・アルベマー伯爵令嬢との婚約は破棄した」


「それ私に伝えてどうすんですのー?ワタクシの隣りにいるのに直接伝えることも出来ないのでは予算の審議もすり合わせも出来ないのではないかしら?ベス?」


「噂を流した人物の特定……誰なのか聞いていけばいいけど……どうして真実だと分かるの……?真実を見極める魔法でもあるかしら……?婚約は父に任せているから別にどうでもいい……」


「なんだと!」


 激昂するジョンにヴィルヘルムは声をかけなだめる。


「ジョン、これは君の婚約破棄を改めて報告する場ではない。実際本人に伝えなかったのは君の落ち度だ、落ち着け」


「失礼いたしました……」


 苦々しく元婚約者を睨みつけるジョンは周囲から見ても滑稽だったらしくクスクスと笑われていた。


「気を取り直して……アドマイン・ポートが証言します。アン・アレクサンダー伯爵令嬢との婚約を破棄します。理由としてはアレクサンダー伯爵家の公爵家への協力です、次代の王国軍が公爵家の影響下に落ちることは軍務省として看過できません……騎士団の使途不明金を王国軍に流してる疑惑があります」


「逆ではありませんの?婚約破棄と証言が。そもそもそれは証言ではありませんわよね……?まぁあなたの頭には期待してませんわー、剣も戦略もからっきしで鍛えてくれる婚約者から逃げてるのに軍務省に入れるのか不思議ですわー!人材不足かしら?公爵家から人を入れましょうか?それだと公爵家関係ありませんわよね?」


「貴様!婚約破棄だと!そんな理由でか!決闘だ!アドマイン!剣を抜け!」


「アン、ちょっと後にしてもらえるかしらー?」


「だが!」


 流石に周囲の卒業生たちもアンに同情し、決闘を受け入れるべきだろうという空気になりつつあった。そもそも証言でもなければ追求と違うことを推測しているのである。だがそこに触れないのはアドマインと言う男の出来が悪いことなので仕方あるまいと聞き流している。


「決闘は後で良い、話を続けよ……」


「わらわも、一応通しで聞いておきたいわ、中断せずに続けなさい」


 この断罪を心底くだらないものだという表情で静観していた王太子夫妻はエリーゼを一瞥し、エリーゼもその意図を汲んだ。


「アン、そういうことよ」


「エリー……わかった、ここは引こう。婚約破棄自体には同意する、あとで不履行として書類を書け」


 決闘自体は否定されなかったアドマインは真っ青になったがそれは誰も興味がなく続いた。


「ノーマン・モンタギューが証言します。公爵家には違法な国境軍の移動、規定量以上の物資の買付記録があります、女官ハイジの協力により入手できました。この買付に協力していたとしてジョージアナ・スペンサー男爵令嬢との婚約を破棄します」


「提出した報告は適切ですわー、だからこそあなた程度にもわかるのですわー。そもそもジーナ個人ではそれに協力できませんわよ?司法大臣に提出した書類そのままで追求した気になっているのなら、とうの昔に司法大臣に裁かれてますわー。ジーナ?」


「……」


「ジーナは婚約破棄に同意しましたわー、後は司法大臣と話すのであなたは余計な口を挟まず黙っていればいいのですわー」


「何も喋ってはいないではないか!」


「しゃべってますわー、ねぇ王太子妃殿下?」


「わらわはこの高座からでもジーナの口から婚約破棄の同意を聞いたぞ、そのまま言ってやろうか?」


「王太子妃殿下!」


「よさんか!!」


 大きな声で割って入ったのはイアン・モンタギュー司法大臣、ノーマンの父その人だった。


「その資料の持ち出しのことは置いといてやる、婚約破棄もいいだろう。ジーナ嬢が喋っていないと思うお前には呆れる他ない、言うことがないならもう下がれ。中断せずに続けるのが王太子ご夫妻の意思だ」


「はい……」


 それはララ達にとっては福音と追い風だった。資料自体のことは追求されていないということはこれが真実であるということ。ただララにはジーナの声が聞こえておりとても口に出せないような罵声を浴びせていた。


「それで?もう終わりかしら?呆れてものがいえませんわー」


「その余裕が何処まで続くか見ものだよ、エリーゼ嬢……キャスリーン・イデリー伯爵令嬢!」


 それは沈黙。キャスリーンはエリーゼの側近中の側近、参謀にしてまとめ役だと認識されていた。その彼女がヴィルヘルム側に寝返ったことは大きな驚きを持って迎えられた。だからこその沈黙だったのだ。


「キャスリーン・イデリーが証言いたします……エリーゼ様は……王国独立を考えています」


「今更ですわー、ワタクシは、ワタクシこそがトップに立つのですわー!ワタクシは公言し続けましたわー。それを今更……妾を正妻にしたいか、全員で共有するためか知ったことではありませんが、それを罰する理由とするとは……愚かですわねー」


 流石にキャスは言い返すことが出来ず沈黙し、ララは今までの取り巻きのボスだったエリーゼに強く出る事ができないキャスに同情した。だが、流れが変わったことはなんとなく察した。あの最側近であるキャスですら寝返るという自体に、エリーゼはよほど重大な問題があるのだと、証拠はないが本当に何かをしでかすんだと。


「これで終わりですのー?案外あっけなかったですわねー」


「いいや、まだだ!……リーゼロッテ嬢、最近姿を見ないがどういうことだ?」


「知りませんわー」


「5年の付き合いもあるのにか?」


「知らないものは知りませんわー」


「我々はリーゼロッテ嬢と連絡を取りたくて家に行ったのだがな、もぬけの殻だったよ……」


「何故取りたかったのか気になりますわー?」


「関係あるまい?」


「まぁ、そうですわねー、どうせ権力を使って脅しをかけたかったんでしょうけど」


「君とは違うのだよ」


「卒業式でこんなくだらないことをしでかしてですの?」


「口数が多くなってきたじゃないか」


「馬鹿げてきたんですわー」


「改めて聞こう。リーゼロッテ嬢は何処にいる?知らないのならなぜ知らない?5年の付き合いだぞ、平民とはいえ……マッセマー商会のご令嬢と違って利用価値がないからなにかしたのではないか?秘密を知られたとか」


「流石に言いがかりですわねー……」


「ならばリーゼロッテ嬢をここに呼んでくれたまえ、元気にしてるか気になっていてね」


「知りませんわー……悪魔の証明ですわー……そもそも話かけたことすらないでありませんの」


「いいや、あるが?」


「嘘ですわね、聞いたこともありませんわ」


「それほど親しいのに何処にいったかもわからんわけか」


「まぁ、そうですわね……」


 言葉尻が弱くなったエリーゼに追撃をかける中、王太子妃がついに終わりの一言を出した。


「もうよい、これで終わりで良い」


「いいのかい?」


「これは全てわらわの責任、止められなかったわらわの……」


 尋ねる王太子をよそに、なにかの覚悟を決めた王太子妃は自らの権限で一言を絞り出した


「エリー……婚約破棄の意志は?」


「エリーゼですわ、アーデルハイド王太子妃殿下」


「…………エリーゼ・ライヒベルク公爵令嬢、婚約破棄の意志はあるか?」


「ございます」


「そうか……」


 とたんに周囲はざわつき、公爵令嬢は敗北を認めたのだと、平民を何らかの手段で学校から追い出したのだと騒ぎだした。そしてこの宣言はララの、ララたちの勝利を意味していた


「では、ごきげんよう」


 敗北した公爵令嬢は勝者のごとく振る舞い、そしてとびきりの笑顔で勝利宣言をした。


「ワタクシの勝ちですわー!」


 それは精一杯の強がりだったのかもしれない、リーゼロッテがどうなったのか聞きたいことはあるが話しかけることが誰一人としてできなかった、糾弾していたヴィルヘルムも、致命的な一言を訪ねた王太子妃も。


「ああ、そうでしたわ……ララさん?」


「は、はい」


「ワタクシ敵対した相手は最初の一発は殴られてやるタチですの、ほら、ワタクシが本気を出したら一撃で勝ってしまうでしょう?でも、ここまでいい一撃を食らわせたのはいませんでしたわ、またお会いしましょう?」


「…………」


 答えを求めていなかったのか悠然と帰っていく公爵令嬢、それに着いていく婚約を破棄された令嬢たち、アンだけはアドマインを一度睨みつけたがそれだけだった。

 最後にエリーゼは王太子妃に一瞥を向け何かをつぶやいて去っていった


 しばらく後にエリーゼ・ライヒベルク公爵令嬢は幽閉されたとの噂が流れた

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