第六話 獣人薬膳の販売(一)
自宅謹慎を言いつけられ、自宅へ帰ると風呂に湯を張った。侑珠は風呂が気に入ったようで、食事をする時以外、寝るまで風呂場から離れなかった。桶に湯を張ると嬉しそうに浸かり、侑珠の幸せそうな笑顔は侑浬を癒したようだった。
嫌な気持ちを忘れられたのか、食事をして寝台へ横になるとすぐに眠った。
寝台は一つしかないので三人一緒に寝たが、侑珠は度々目を覚まして、侑浬の顔をぺろぺろと舐めていた。
頻繁に目を覚ますのは兎の習性か、侑浬を心配するあまりかは分からない。けれど兄弟仲睦まじい様子は、謹慎という仕打ちを受けた叡秀を癒してくれた。
侑珠を抱いて眠る侑浬の背をとんとんと軽く叩きながら寝顔を眺めた。皇帝を引き下がらせたとは思えない可愛い寝顔だ。
「辞めたら三人で生活しやすい仕事を探そう。自営業ができれば一番いいけど」
「……じえーぎょーってなに?」
つい癖で声に出して考え事をすると、眠っていた侑浬がもぞっと動いた。侑浬の腕の中にいる侑珠の鼻もぴくぴくと動いている。
「ごめん。起こしちゃったね」
「じえーぎょーってなに……?」
「自分でお店をやるってことだよ。好きな時に好きな場所で働ける」
「……叡秀のおみせ……おみせ……」
背をとんとんと叩いてやると、侑浬はすぐに目を閉じた。振動が伝わったのか、侑珠の鼻も動かなくなる。二人は再び眠りにつき、すうすうと寝息を立てた。
――ふいに両親を思い出した。眠れない時は同じようにしてくれていた。
翌朝。解雇確実だというのに、いつもより気持ちよく目が覚めた。無職になる不安がないと言えば嘘になるが、悪い気はしなかった。
侑浬と侑珠を起こそうと横を見る。すると、そこには不思議な光景があった。
眠っている侑浬の腕の中に兎の侑珠がいない。代わりに、五歳ほどの少年がいる。象牙色をした髪から兎の白い耳が飛び出ていて、お尻には兎の尻尾が生えている。
「この子はもしや」
少年をじっと見つめると、もぞもぞと動いて目を開けた。金色の黄色く丸い目をぱちぱちさせると、侑浬の胸に頬ずりをする。
「ほにゃぁ……」
少年が小さく声を漏らすと、侑浬もゆっくりと目を開く。少年の姿に気付くと、ぱっと笑顔になって抱きしめた。
「おはよう! 人間の侑珠ひさしぶりだね!」
「にんげんのゆず」
侑珠はふにゃりと溶けるように微笑んだ。柔らかい笑顔と、鼻をすんすんさせて侑浬に寄りそう姿は兎の時と同じだ。
じゃれあう愛らしい兄弟に、思わず手を伸ばして侑珠の頭を撫でた。
「凄いね。栄養を取り込みやすい体質なんだな、侑珠は」
「そうなの? 何で?」
「寝ながら無意識に人化できたからだよ。人化は、体内の栄養を獣細胞から人間細胞へ移動させるってことなんだ。無意識に人化したのは、移動させなくても栄養が行き渡ってる証拠。無意識人化は獣人が成長した証と言っていい。とても良い成長だよ」
「……分かんない。でもいつも耳と尻尾は出ちゃうんだ」
「それは末端まで栄養が届いてないからだね。『人化栄養不全』っていうんだ。栄養価の高い薬膳は人化栄養不全対策にぴったりだけど、昨日の今日で無意識人化ができるのは相当早い。だから栄養を取り込みやすい体質なのかなって」
侑浬と侑珠は理解できなかったようで、きょとんと首を傾げている。
獣化人化の栄養は人間が解明した情報だ。翠煌国以外では一般知識にはなったが、他国と野生では知らない獣人がほとんどだ。二人が知らなくても無理はない。
「侑珠は元気ってことだよ。長時間の人化はまだ疲れるだろうけど、朝だけは人化してお肉を食べようね」
「朝だけでいいの? それも何か理由があるの?」
「あるよ。これは消化の問題だ。人間態で消化し終わる前に獣へ戻ると、獣態じゃ消化しにくい材料がお腹に残っちゃうんだ。胃痛腹痛を起こしちゃう。侑浬はその逆。侑珠。どのくらいの時間を人化してられる?」
「つかれちゃった」
侑珠はきゅっと身体を丸めると、兎へと姿を変えた。いつもの兎の侑珠だ。
「そっかそっか。じゃあ一日五食にして少しずつ食べよう。それなら消化が早いから、ちょこちょこ獣化しても大丈夫だ。無理のない範囲でやっていこうね」
侑珠の頭を撫でてやると、嬉しそうに耳をぴるぴるっと動かしてくれる。こくこくと何度も頷くと、ぴょんと侑浬の肩に飛び乗った。
「食事の支度をするよ。少しだけどお湯を沸かすから、風呂場で遊んで待ってて。侑珠が人化したらこれを羽織らせてあげて」
叡秀は、陽紗の店へいくまで侑浬に着せていた羽織を渡した。お湯を使った後に裸だと、人間の身体は冷えて風邪を引く。
「有難う! 侑珠。お湯であったかいあったかいできるよ。よかったね」
待ちきれないのか、侑珠はぴょんぴょんと飛び跳ねて一目散に風呂場へ向かった。はしゃぐ侑珠と、侑珠を追う侑浬の姿は見ていて飽きない。
叡秀は桶に湯を入れてやり、台所へ入って食事の支度を始める。
二人は保護した時よりも元気になっているが、それでもまだ二日だ。行き倒れるほど弱っていた身体が回復しきったとは言い難い。
「今日はまだ様子見だな。食材もあんまりないし、八宝粥と白菜湯、蒸し鶏にするか。明日から少しずつ普通の献立にしていこう」
叡秀は昨日と同じ材料を取り出した。自分一人では朝を食べないことが多いが、今日は違う。育ち盛りに二人が食べてくれると思うと、食材を買いためておかなかったことを後悔した。
お情けばかりに、鶏肉だけは少し多めに用意した。さっと手早く作り食卓に運ぶ。
「でーきたっと。侑浬! 侑珠! お食事できたよー!」
「はーい!」
一人暮らしの家は広くない。少し声を張れば風呂場まで声が届き、侑浬と侑珠は駆け足で戻ってきた。侑珠は机に飛び乗るかと思ったが、椅子の前で足を止めてきゅっと丸まった。少しすると次第に姿が人に代わっていく。
「おにくたべる」
「ちゃんと覚えてたんだ。偉いね。でも無理しなくていいからね。最初は一口、二口だけでも十分だよ」
「ちょっとだけたべる」
「うん。侑浬、食べさせてあげてくれる? 獣人の子供は、慣れた相手と慣れた態勢で食事をするのがいい。外がいいなら庭へ行こう。どっちがいい?」
「庭がいいと思う。いつも外で抱っこしながら食べてたから。侑珠、おてて」
「おててて」
「おてて、だよ」
「おてて」
侑珠はさっと手を出し侑浬と手を繋いだ。人間態になっている時は、抱くための「おいで」ではなく、一緒に歩くための「おてて」になるようだ。
二人は小さな手を握りしめ庭へ走り、叡秀は盆に料理を乗せて後を追った。
二人は地面に座ったので、その前に盆を置く。人間なら行儀が悪いと言うだろうが、ここでは二人の好む生活が正解だ。
「今日はまだ八宝粥と白菜湯。身体が慣れたらちゃんとした料理にしよう。飽きちゃったかもしれないけど、今日はこれで我慢してね」
「飽きないよ! 叡秀の薬膳は美味しいもん! 侑珠は鶏肉に挑戦だよ」
「とりにく」
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