第2話 高条失輝の事情(仮)

「……ん、昂さん。起きてください。」

 重たい目蓋を開けると焦った様子の男が一人。それだけではなく叫び声が聞こえ、只事ではないことを悟り飛び起きる。

「何があった。」

高塚たかつか組の連中が侵入してきました。」

 ここまでくれば大方おおかた、私の正体には予想が付くであろう。紆余曲折うよきょくせつあり必然的に私は指定暴力団と呼ばれている組、戦堂組の長になったのだ。今はそんなこと問題じゃないが。

「大半の奴らは入り口付近で食い止めていますが、相手の始末屋がこちらに向かっているとのことです。」

「……若月わづき、お前は部下を連れて逃げろ。これは命令だ。」

 若月と呼ばれた昂と同じくらいの歳の青年は昂の言葉に反抗しようとしたが自分では足手まといになることを察したようで、昂の命令に「是」と返した。

「次の長は若月、お前だ。必ず逃げ切れ。」

 若月は目を潤ませながら頷き、その場を立ち去った。

 呼吸を整え、敷き布団の左隣に置いてある短刀を手に取る。手に馴染むその短刀は銃やミサイルの前では無力だろうが、私にとっては亡き両親の形見……私の家に伝わる短刀なのだ。短刀には八百万やおよろずの神が宿っているとされ、その神様はとても恋愛話が大好きなのだとか。いずれも幼い頃に亡き両親から聴いたはなしであるゆえ定かではないがな。

 昔は色んなものにビクビクしていたが、今の私は昔とは違う。

「この戦堂組の長になってから死ぬ覚悟なんざ、とうの昔に決まってら。」

「それは困るなぁ。」

 声の方向に素早く体を向け、短刀を向ける。その声に聞き覚えがあり、嫌な予感が脳裏をよぎる。

「……誰だ、高塚組の始末屋か?」

「半分合ってて半分違ーう。……久し振りだね、昂。」

 あぁ、やっぱり。もう会いたくなんてなかった人物。影から出てきた声の主は、私が失恋した高条失輝であった。

「容赦はしない。」

「嫌だなぁ、僕は昂を迎えに来ただけなのに。そんな反応されちゃうなんて悲しいなぁ、しくしく。」

「人間でもやめて死神にでもなったか?」

「まっさかぁー!嫌そうじゃなくて、えーっとね……。」

 失輝は声が小さくなっていくと共に急にモジモジしだした。失輝が視界から消えたと思ったら突然目の前に現れて、私の右手を掴む。

「?!離せ……!!」

「……嫌だ。」

失輝のその声は昔の彼とは思えないほどの、か細く弱々しい声だった。

「もう、はなさないから。」

「……は?」

「昂のこと、もう絶対に逃げられないように離さないから。中学の卒業式でやっと告白してくれたと思ったら逃げちゃうし、高校では僕のことずぅーっと無視するし。僕、傷付いたんだよ?」

「え?」

「僕は昂のことがずぅーっと好きだったのに、告白されて逃げられた時なんさ裏切られた気分だったよ。本当に蛇の半殺しだっけ?正にその通りだと思ったよ。」

「え、あ、ちょっと待って待って。」

「何言っても待たない。昂は僕のお嫁さんになるんだから、ね?震えてるの?可愛いねぇ、でも赦してあげない。だって……」

私が震えてたのは、そういう理由じゃない。

「待てって言ってんでしょうが!!」

 そう言って私は失輝を殴った、そして失輝は襖を壊し庭へと飛んでいった。我ながら自分凄くね?と自分を誤魔化しているが、私は羞恥心しゅうちしんでいっぱいだった。失輝を殴った理由なんて簡単で、ただ単に恥ずかしかったからだ。鏡を見ればきっと赤面していることが自分でもすぐ分かるだろう。それくらい耳と顔が熱い。

「あーもう!!さっきからよく分からんことをぐだぐだと!私が逃げたのは失輝がこれ以上話すな、とか言ったから断られると思ったからだし!!惨めな思いしたくなかったからだし!!」

「はぇ?」

「失輝は!私のこと嫌いなんでしょ!!」

「いや好きだけど?」

「……はぇ?」

 あれ、ちょっと待て。今、失輝が私のこと好きって……いや気のせいだ気のせい。自意識過剰。うん、きっとそうだ。

「昂のこと昔も今もずっと好きだけど。」

「幻聴じゃなかった!!」

 そりゃあ地獄耳と呼ばれるほどの私が幻聴なんてあるわけないのにねぇ~、なんて呑気なことを考えてから一言。

「それじゃあ私の苦労はなんだったんだ!!必死に失輝のこと見返そうと努力して!徹底的に避けて!」

 少し私の声は涙声だったと思う、というか泣いてたと思う。

「それでも心にぽっかり穴が空いたみたいで!満たされなぐで!!ずっと片思いのままでぇ!」

「え、あの昂。落ち着いて?」

「落ぢ着いでいられっがよ!!」

「……ぁ、はぃ。」

「今でも私は失輝のこと好きなの!!情けないけど!!!!」

 沈黙が辺りを包む。その静寂せいじゃくを破ったのは失輝であった。

「じゃあ別に僕を裏切ったわけじゃ、ない?」

「そう言ってんの!!失輝の馬鹿!!ど阿呆!!鈍感!!マヌケ!!イケメン!!一瞬ヤンデレっぽくなってたけど格好いいじゃねぇか、こんちくしょう!!」

「あぁ、ありがとう?」

「どういだじまじで!!」

「……っはは、なんだ。僕のこと好きなのか……、そっかぁ。」

 失輝は近づいてくると、私に跪いた。

「まずは誤解させたことに謝罪を、……すまなかった。僕は高塚組の組長になることが決まってたから然るべき時が来たら、迎えに行こうと思ってたんだ。」

「……つまり、お互いの勘違い?」

「恥ずかしながら、そうなるね。」

失輝はそう言って、はにかんだ。その笑顔に 昔を思い出して一瞬ドキッとする。

「改めて、昂。僕は君のことが好きだ、一生……来世も捧げるぐらいに。そんな重たいかもしれない僕を、愛してくれる?」

私の中での返事はとうに決まりきっていた。

「勿論、喜んで。もう私のこと、絶対に離さないでね。」

 そう言った瞬間、周りから歓声が飛ぶ。そこには若月含む戦堂組や高塚組も混ざっていた。なんなら若月は「一生推す!!」というプレートらしき物を持ってたりした。

「え?え?」

「あはは、ごめんね昂。戦堂組の皆にも二人きりになれるように協力して貰ったんだ。」

つまり……。

「うちの組も高塚組もグルだった……?」

「まぁ、そういうことだね。」

「こんなことあるかよ、畜生!!皆のこと大好き!!」

「僕は?」

「めちゃくちゃ大好き!!」

 昂の誤解という名の思い込みから始まり、すぐに話せなかったヘタレの失輝こともあり、こんなに拗れたわけだが……。これはこれでアリ、かな?



















































「というか失輝はあの時、話すな、なんて言ったの?」

「あぁー、それは僕の覚悟の問題でもあったし組の問題もあったからかなぁ。あと単に、高条失輝の事情(仮)、かな?」


 覚悟が決まってなかったという僕の、ね。


「失輝、何の事情があろうと、もう私のこと離さないでね?」

「あぁ、勿論。」


 HAPPY END.

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