学生トーク「はなさないで編」

山田 武

学生トーク「はなさないで編」



「──はなさないで、についてどう思う?」


「……逆にどう思えばいいんだよ」


 休み時間、いつものように投げかけられた謎の問いに思わずこう返してしまう。

 しかしまあ、そうしているだけでは話が進まないので自分の考えを伝えていく。


「まず、その『はなさないで』ってのはどういう字で書くんだ?」


「……いや、ひらがなだな」


「となると、字によって内容に変化が生じるわけだな。たとえば『話』、会話を意味するこの字なら、喋らないでくれっていうことになるよな」


「なら『放』、解放とかの字なら逃がさないでってことになるのか?」


「まあ、そうなんじゃないか? それとあと一つ、『離』。分離を意味するこの字なら、手を掴んだままでいてくれ、みたいな感じになると思うぞ」


 そうしてお互い、覚えている漢字で挙げられたテーマを語り合うのだが……ここで問題が発生する。


「「…………」」


「なあ、他に何かあるか?」


「むしろこっちが訊きたい。あるか?」


「「…………いや、無いな」」


 そう、少なくとも学生が一般教養として習う範囲ですぐに思い浮かぶのは、精々がこの三つだという点。


 つまり、『話』と『放』と『離』が出てしまうと、これ以上会話を広げることができなくなってしまうのだ。


「マジでどうするかな……もうお開きで良くないか?」


「は、放さないでくれ!」


「いや、だから話さないでやるって。ある意味望んでただろう?」


「じゃ、じゃあ離さないでくれ!」


「距離的な意味か? 音声だけ聞いてたら、絶対混乱するぞこの一連の会話」


 仕方がないので、いつもの方法──スマホで『はなす』、と打って何かそれっぽい言葉が無いか調べてみることに。


「いちおう『咄』、とっさみたいな字に使うそれも話すって意味じゃ該当しているみたいだな。あとは…………『竄』、穴冠に鼠で書くこっちの字もそうらしい」


「それ、なんて読むんだ?」


「改ざん、とかで使う字だな。それの場合は書き換えるって意味で使うけど、『はなす』として使うなら追放とかそういう感じだ……で、もういいか?」


「んー、ああ、もう『はなさないで』いいみたいだ」


「だから、それどの意味だよ」


 どうやら味を占めたようだが、もう面倒になってきたので話はここまで。

 ……しばらくしても突っ込んでこなかったので、それが正解だったようだ。


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