その16 文化祭前のエトセトラ

「ねぇ、これって何処の装飾だっけ?」

「あー、あそこ!前の扉!」


夏休みもとっくに終わってしまって季節が秋に変わり、今は文化祭の準備中。

"現役時代"は余り良い思い出が無かったのだけども、"今回"の文化祭は楽しめそうだ。

準備の段階からクラス中が団結して、首尾よく問題なく準備が進んでいる…

こういうクラスは珍しいんじゃないだろうか。


「よしっと…」


作った装飾を扉に飾り付けて汗を拭う。

気付けば文化祭の本番は明日…一仕事終えてふーっと溜息をついていると、私の下に四橋さんがやって来た。


「"ハル君"そろそろ印刷上がった頃じゃない…かな?」

「あー、そうだね。そろそろか…って、ナミは?」

「ナミは先に行ってると思う…さっき、持ち場の装飾終わらせてたから」

「そっかそっか。ごめん!ちょっと部活の方の用事で一旦抜けるね~!」


クラスの準備も大切だけど、部活の出し物も大事。

四橋さんと共にクラスから抜け出すと、階段を登ってPCルームへ。

私達"漫画研究部"は、出し物の一環として、いつか私達でやったTRPGのセッションを漫画にした物を頒布する事になっていた。


「ちゃんと…印刷、出来てるかな?」

「出来てるでしょ。テストしたんだし。それに、ここからが大変なんだよ?」

「うん…そうだね。コピ本、あんなに大変だと思わなかった」

「やってみてわかる苦労ってね」


PCルームまでの道中を、適当に雑談しながら歩く私達。

夏、四橋さんにも"元女"とバレて一時期は(色んな意味で)どうなるかと思ったが…

なんだかんだで"元々の間柄"に戻れた気がする。

思い返すと色々とあって…大変だったんだけども。


「こういうの…現地でやってたの?」

「んー、うん。コンビニとかで刷って、ホテルとかでね」

「へぇ…大変そう」

「案外楽しいんだよ、慣れれば…だけど」


そう言っている間に、PCルームはすぐ目の前。

ガラガラと扉を開けて中に入ると、プリンターから印刷物を取り出しているナミの姿が目に入る。


「遅れたかな?」

「全然!私も今来た所!それより見て!」


入ってすぐ、ナミは満面の笑みを浮かべて"出来上がった漫画"を掲げて見せてきた。

ナミや四橋さんにとっては、初めて作った漫画…喜びも達成感もひとしおだろう。

私はナミから出来上がった1冊を渡されて、中をパラパラ捲ると、2人の方を向いてニコッと笑みを作って見せた。


「いい出来だね。頑張った甲斐があったよ」


♂♀♂♀♂♀


「明日から2日間、楽しみまくるぞ~!」

「おぉー!」「お、おぉ~…」

「というわけで!ハル!秋穂!明日は3人で回ろうね!」

「うん、そうだね。3人で回ろう」「え?…2人共…いいの?」

「良いに決まってるでしょ!決まり!明日は一杯回って楽しむよ!」


文化祭の準備も終わり…いよいよ明日から文化祭本番。

下校時刻が迫る中、私達は漫画研究部の部室で駄弁る"前夜祭"をやっていた。

3人だけの寂しい前夜祭…本当は10人居るのだけども、7人は四橋さんが頼んだ"書類上の部員"だから、こうなるのも仕方がないだろう。


「結局、全部で何冊出来たんだっけ?」

「50冊+図書館に入れる1冊…かな」

「そんなもんなんだ。思ったよりも少ないや」

「いやぁ、多いよこの数。売る時なんて半分以下でも捌けない数だし」

「そうなの?」

「そうそう。そういう時はねぇ…って、今はそういう話はナシ!」


私は思わず出かけた"同人イベント"でのよもやま話を止めて苦笑いを浮かべる。

ナミも四橋さんも興味津々な様子だったけど、この学校で"ボロを出す"訳にはいかない。


「それよりも!ナミも四橋さんも大分上達したよね、絵。やっぱ若さかなぁ…」

「若さって。"ハル君"だって"元のままでも"若いでしょ」

「そうそう…教えてくれたお陰…」

「いやいや、やっぱ好きに書きまくってるウチが一番上達するんだなぁって…」


私はしみじみというと、頒布するコピ本を取って中を適当に眺めはじめる。


「ここぞとばかりに先輩風吹かせるんだから~」

「普段は結構ポンコツだから…こういう時位ね?」

「ぐっ……」


呆れた様子の2人に、ストレートに抉られて口元を引きつらせる私。


「ストレートにいうね…2人共」

「まぁ、正体を知ってれば…ねぇ?秋穂」

「うん。可愛い男の子だと思ってたのに」

「ソウデスネ、ソノセツハ、スイマセン…」

「まぁ、でも、イザって時には頼りにしてるんだから。勉強面とか、絵とか!」

「うんうん。優しいし、なんだかんだ、ハル君の前なら自然で居られるし……」

「ねぇ~…なんか一緒に居ると安心感があるというか…」


私の正体を知っても尚、"中学生の二宮ハル"として接してくれる2人。

私は2人の言葉に、顔を僅かに赤くしながらも、"この体の残り時間"の事を頭に過らせて、どこか煮え切らない気持ちが芽生えていた。


「ありがと…でも、ちょっと恥ずかしい…かな?」


♂♀♂♀♂♀


「ただいま~」「おかえり!」


学校から帰った頃には、時計の針は既に18時近くを指していた。


「文化祭準備、終わった?」

「うん。問題なくね。怖い位順調だったんだけど」

「みたいね。いいクラスに巡り合えたじゃない」

「ほんと、ラッキーだよ」


真琴と適当に言葉を交わしながら、手洗いやら着替えやらを済ませて居間に戻る。

居間のテーブルには、既に夕食が並べられていた。


「今日はハンバーグ!ひき肉、安かったんだ~」

「やった。なんか良い事って続くよね」

「良い事?なんか学校であったの?」

「秘密」


私は悪戯っぽい笑みを浮かべて箸を手に取り、手を合わせる。

真琴はそんな私の様子を、何か幽霊でも見たかのような目で眺めてくると、やがて何かに気付いたようなニヤケ顔を浮かべた。


「分かった。ナミちゃんか四橋さんと文化祭デートね?」

「デートって、あの2人は私の正体知ってるでしょ。明日は3人で回るの」

「ハーレムだったか…やるじゃない、ハル…」

「やるじゃないって…正体知ってりゃ女3人だろうに」

「そうじゃないのよ。そうだけど、そうじゃない…文化祭に回る人がどれだけ"大切"か…ハルも何時か気付く日が来るわ」


文化祭の事を知った真琴は、どこか達観した様子というか、しみじみとした様子で何かブツブツと呟き出す。

私は気味の悪い真琴の様子にジトっとした目を向けつつ、夕食に手を付けていった。


「そうだ。明後日は一般公開でしょ?」

「そうだね。明日は生徒だけで、明後日は一般公開。来るんだっけ?」

「行く行く、どんな感じか興味あるし…2人にも会いたいしさ」

「喜ぶよ、きっと」


ひとしきりふざけた後、元通りの空気に戻って言葉を交わす私達。

私は心に出来た影を気にしつつも、祭りの前特有の浮ついた空気に身を委ねるのだった。

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