ホールド・ハート

タルミア

第1話 クラック

 平和な一日を暮らしていた。

 朝起きれば妹が朝食を作り、食べ終わればいつものように畑仕事をし、足が不自由な母の織物の手伝いをして一日が終わる。


 椅子に座ったままお母さんは寝ていた。

 毛布を掛けようと立ち上がると、後ろから声が聞こえた。


「お母さん?」


 妹のルナが俺、ノアに言った。


「大丈夫、少し薬で眠っているようだよ」


 この村唯一の薬師が処方した薬は、足の痛みを和らげるための薬で、副作用は強い眠気が襲ってくるそうだ。


「そっか、よかった」


 と言いながら、ホッと胸を撫で下ろした。

 そんな妹がとてもかわいい。


 ダボダボな赤色のセーターを着た妹の頭をそっと撫でた。


「あまり心配はしなくていい。お前は結婚の儀のことだけ考えてな」


 黒髪、茶色交じりの頭を撫でながら言った。


「えへへ、今年は結婚する人が多いから、幸せを見せつけないとね」


 ほほ笑みながら言うルナの顔は、幸せに満ちていた。


「おっと、お母さんに毛布掛けたら薬草を取りに行かないと......」

「アイラさんは人使いが荒いもんね」


 そういいながら母、イヴリンに毛布を掛ける。


 俺がやるのに......。


「仕方ないよ、お母さんのために作ってもらうんだからね」


 籠を背負ってドアを開けて外に出ようとした。


「いってきます」

「いってらっしゃい」


 振り向いてそう言って帰ってきた言葉に満足して薬草を取りに行った。


 ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦ ♦


 籠を背負いながら森の中を歩いていた。


 薬草は湿っている土に生えていると、薬師のアイラが言ってたっけな。

 思えば、よく森の中を無理やり連れてこられては毒キノコを食べさせられてたか。

 何度死にかけたことか......。


 そう思い出に浸っていると良さそうな採取場所があった。

 雑草をめくり薬草を見つけ採取し、籠の中に放り込んでいった。


「なかなか集まんないなぁ」


 ため息交じりに独り言を呟きながら点々と場所を変え、気が付くと夕方になっている。


 湖の反対側まで来ていたので、急ぎで帰ることにした。

 つく頃には完全に日が暮れているだろうな、と思いながら。


 ドゴゴゴゴゴゴゴーン


 そんな音が村から聞こえた。

 走って村まで行くと、地面に大きな亀裂ができていた。

 どうやら村はその中に巻き込まれたらしい。


「ル......ルナ! お母さん! アイラ!」


 当然声など帰ってこない。

 頭が真っ白になり、亀裂に飛び込もうとした。その時、後ろから声を掛けられた。


「うるさい小僧じゃの」

「き、君は......?」


 そこには子供が立っていた。黒髪のくるくるなセミロングをいじりながら。

 勘だが分かる。この子供がやったのだと。


「ふふ、わしはこの世を終わらせに来たのだ! わーはっはっは」


 大声で笑うその子供を今すぐ殺したくなった。


「うおおああアア」


 いや、もう体が動いていた。手持ちの鎌で切りかかったが余裕でかわされ、鎌は空を切る。

 少し上を向くとその子供は宙へ浮いていた。


「わしに刃を向けたこと後悔させてやる」


 怒っている子供に俺は殺意を向けている。

 こんな殺意は初めてだ。


 ルナ......お母さん......ごめん、仇は取れなくて。


 子供は手をかざした。

「土闇魔法。クロッ――」


 月明かりがノアを照らした。


「お前......」


 今だと思い、猛ダッシュで走った。


「まて! 土闇魔法。レストレイン!」


 出来かけている土の壁を乗り越えながら走った。


「クソッ! 逃してしまった。あの方には黙っていよう......。ん? あれは......ふふ、面白いことになりそうじゃ」

 ―――――――――――――――――――――――――――――――――


 どうしてこうなった。

 なぜ、村のみんなが死んだ......のか。

 わからない。


 息を切らしながら走るノア。

 振り返ると追っては来ておらず、安堵し疲れが一気に襲い掛かり、途中で倒れてしまった。


「走り......すぎた。俺は......死ぬのか?」


 草むらでノアは気を失った。

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ホールド・ハート タルミア @puradesu

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