妖怪ボックズキと悲しい炎(全2回)

藻ノかたり

第1話 政治家殺人事件

ある年。その国では次々と政治家が悲惨な最期を遂げる事件が続いていた。目撃者によれば、傍らには頭巾をかぶった子供がいたという話だが、子供には無理な犯行だった事から偶然や見間違いと判断された。


「先生、とりあえずでも、身を隠してはいかがでしょうか……」


与党有力議員の私設秘書を務める青年が、恐る恐る主人に尋ねる。


「バカモノ! 政治家たる者、犯罪者に後ろを見せてどうする」


居間のソファでくつろぐ昔気質の議員が、年若い新米秘書をどやしつけた。


「しかし……」


青年には大きな心配があった。それは被害に遭った政治家たちに、ある共通点が存在していると思ったからだ。それはとある政治決定に関する事。彼の主人は、その旗振り役とも言える存在だった。


「だから、お前はダメなんだ。そんな事じゃ、ワシの秘書はとてもじゃないが務まらんぞ」


政治家が言い終わるか否かのタイミングで、部屋の電気がパッと消えた。騒然となるその場にいる面々。一番うろたえたのは、当の政治家本人だった。


「何だ? 停電か? おい、早く何とかしろ、早く!」


真っ暗闇の中、青年は急いで照明のスイッチのある場所へと急ぐが、突然部屋の真ん中にボッーとした光が現れる。そこには、頭巾をかぶった子供の姿があった。


「子供? お前は何だ。何処から入った?」


目の前に現れたのが非力な子供と分かり、急に横柄な態度に戻る有力政治家。


「おじちゃん。人殺しに賛成した人だよね」


子供が、ボソッと言う。


「人殺し?何の話だ。ワシは平和国家の議員だぞ。そんな事するわけがない」


ますます増長した政治家が、つっけんどんに答えた。


「誤魔化してもダメだよ。ちゃんと知ってるんだから」


光に包まれた子供は、一歩二歩と政治家の方へ近づいていく。


思い当たるフシがあった青年は「ま、待ってくれ。誤解だ。先生がした事は……」と、子供の方へ手を伸ばす。


青年の顔をチラリとみた子供の目が光ると、彼は三メートルは吹っ飛ばされて、その身は床に打ち付けられた。不思議で恐ろしい技に、一同は悲鳴をあげる。


「ボクたちの苦しみを知って……」


余りの出来事に、金縛りの如く身動き一つとれない政治家の腕に子供が手を触れる。


「うぎゃぁぁ!あ、熱い、熱い!!」


政治家が叫び声をあげたかと思うと、彼の体は炎に包まれた。青年をはじめ、他の者たちはただ茫然とそれを見ているしか術がない。だが不思議な事に火が燃え広がる様子はなく、やがてプスプスという音と共に炎は収まった。


「……き、君は一体誰なんだ?」


青年が絞り出すような声で聞いた。


「ボックズキ……」


子供はそう言うと、その姿はフッと皆の前から消えてしまう。途端に部屋の明かりが復旧した。


「ひっ!?」


一緒にいた後援会会長が嗚咽をもらす。床には傍若無人を極めた為政者の”消し炭”が転がっていたからだ。


当然の如くその場にいた者たちは警察に留め置かれるが、支離滅裂な説明を繰り返すばかりで要領を得ないし、彼らが政治家を殺害した証拠も出ない。ただ「子供が、子供が……」と言うばかり。困り果てた警察は、彼らを嫌疑不十分で釈放せざるを得なかった。


そして、事件から一年後。


田舎に戻り、家業を手伝う青年秘書は一仕事を終え、事務所の窓から夜の闇を眺め茶をすする。


「あれは、何だったんだろう……」


ようやっと色々な事を冷静に考えられるようになった彼は、ふと思索を巡らせる。ただあの晩の事は朦朧としていて、はっきりとは思い出せなかった。そんな彼の目に、事務所の壁に貼られたポスターが映り込む。


そこには「慰霊祭」の文字が刻まれていた。


まだ、夢に心を覆われていた頃、彼は地元の文化になど興味はなかったが、帰郷して老舗の家業に従事するようになってからは、そういったものとも、嫌でも付き合わねばならなくなっていた。


ポスターに描かれている行事。それは先の大戦で犠牲になった子供たちを弔う慰霊祭。この街でも大勢の児童が空襲の餌食となった。この祭りは彼らの御霊を慰める行事である。そしてそこには、あるキャラクターのイラストが描かれていた。


「まさかな……」


青年は、昨年のあの夜を思い出す。


異常な状況だった故、はっきりと全てを覚えているわけではない。だが彼が見た”あの子供”と、イラストには多くの共通点があった。


それは防空頭巾を被っているような子供の妖怪。


言い伝えによれば、空襲で命を落とした子供たちの魂が集まって、新たな妖怪が生まれたという。妖怪の名は「ボックズキ」。どうやら”防空頭巾”がなまって、その名が付いたらしい。


「さもありなん、と言ったネーミングだよなぁ」


青年は苦笑したが、固く閉ざされていた記憶の引き出しが少しだけ開いた気がした。


「ボックズキ……。その名前は前に何処かで……」


全身に冷や汗をかき始めた青年の心へ追い打ちをかけるように、突然、凄まじいサイレンの音が鳴り響いた。


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