リリースポイント
左原伊純
リリースポイント
地区大会の決勝戦。
一点リードの九回裏。
二死。走者無し。
二回カットされて、ツーストライク。
背筋を汗がいく筋も伝い落ちていく。
相手は四番の金井で、三回にホームランを打っている。もう一本を狙う強気なスイングだ。
あいつにはもう、直球はおろかカーブもスライダーもフォークもシンカーも攻略されている。
あれをやるしかないのか。
キャッチャーの佐々木がマウンドに走って来た。
「大丈夫。今までどおりにやるんだ」
「いや、実は、試したい事があるんだ」
「何か練習をしてたのか?」
頷いた俺に、佐々木は眉を上げて驚いている。
「なんで何も話してくれなかったんだよ」
「まだまだ自信がなかったから」
佐々木は悩むように目を細めた。
「やりたいんだな」
「うん」
さすが佐々木だ。話が早いし、分かってくれる。仕方ないなと言いたそうだが、佐々木は何も言わずホームへと戻って行った。
佐々木がミットを真ん中に構えた。金井はそれをちらりと横目で見て、「舐めてんのか」といいたそうな視線を俺に向けた。
ばくばくする心臓。大量の手汗をロジンを握り込んでどうにかする。うまく呼吸ができているか自信がない。それでも、やるんだ。昨年の冬からずっと練習し続けていた。
俺の球速は130キロしかない。だからコントロールを磨き、たくさんの変化球を身に着けた。
だけどそれらは全て、格上の金井には通用しなかった。なら、新しい事をするしかない。
僅かにタイミングをずらすのだ。
俺は、真冬の日から雪が溶けて春になるまで、毎日同じことをし続けた。
セットポジション。
左足を上げて曲げる。グラブを引くように体を右に捻る。サイドスローだ。
左足を着くと同時に右に捻った体を左に回転させ、反動を使い腕を振る。
ボールを離さない、離さない、まだ。指先をぎりぎりまでボールにかける。
今だ。
全ての力を解き放ち、跳ね上がっていた右足を着いたと同時に見たものは、空を切る金井のバットだった。
「リリースポイントを遅らせたのか」
マウンドで抱き合ったまま、佐々木がそう言って笑った。
「大変だったんだよ」
「今度からは話してくれよ」
俺と佐々木はすぐに離れず、話す代わりに背中をばしばし叩き合った。
リリースポイント 左原伊純 @sahara-izumi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます