原因
「祓うには悪魔の名前が必要です。その名前を探るのに、柚葉さんが悪魔憑きになった経緯が糸口になるかもしれません」
輝彦さんがはっとした表情を浮かべ、人差し指を揺らす。
「そうです。そこです。そもそも柚葉がなぜ、悪魔に憑りつかれたのか。これは私や琉翔の見解なのですが、もしかしたら私が購入した家具に原因があるのではないでしょうか」
「その根拠は?」
「購入した家具が家に届いた日と、柚葉から聞いた悪魔憑きとなった日が同じだからです。恥ずかしながらこの符合に気づいたのは二週間前のことでして、あの痣を見るまでは悪魔の存在などこれっぽっちも信じてはいませんでした」
柚葉さんが悪魔憑きなったのは先月の六日だと言っていた。
丁度その日に、イタリアから輸入した家具が大量に納品されたとも。
対話のときの悪魔の言葉が嘘だとしても、柚葉さんの態度から交霊術などによる過失で悪魔に憑りつかれたとは考えにくい。呪物を身に付けたり近くに置いた場合も、彼女なら〝それに原因があるのでは〟と疑い、家族には伝えるだろう。
黒魔術による誰かの悪意を疑ったが、家具が原因なのだろうか。だとしたら、私としても後者であってほしい。
「その購入した家具ですが、柚葉さんの部屋にもあるのですか?」
「いえ。個人の部屋には置いていません。そのほとんどが一階のリビングや洋室に設置してあります」
例えばあの安楽椅子が、バズビーズ・チェアのように呪われた家具だとする。自分の部屋でなくても柚葉さんが最初に座った場合、安楽椅子に呪いをかけた悪魔が彼女の元にやってくる可能性は十分にある。
「輝彦さん。家具に原因があると考えたということは、すでに全ての家具についてお調べになったのですか」
「そうですね。見たところ、おかしな箇所は特になかったと思います」輝彦さんが娘に見向く。「和奏。なかったよな? お前も一緒に調べただろう」
「え? ……うん」
「ただ、何をどう調べていいのかいまいち分かっていなかったので、果たしてあれで正しかったのかどうか。だからこそ、家具が原因という可能性はまだ残されているのではないか、と」
確信の欠如を露わにする輝彦さん。
見たところ――。輝彦さん達が調べたのは外観の異常のことだろう。例えば妙な染みや文言、怪しげなラクガキがないかなど。それも重要ではある。でも真に調べるべきポイントはそこではなくて、〝元々の持ち主がどういった人間で、どうして手放したか〟である。
それを聞くと輝彦さんは、購入を手伝ってくれた部下に電話で聞くといい、柚葉さんの部屋を出ていく。私もそれに続くことにした。
「あの、アルヴェーンさん」
和奏さんの声で、私は歩みを止める。
「はい?」
「あの……わ、私……」
下を向き目を右往左往させる和奏さん。
「和奏さん?」
「いえ……私は柚葉のそばに残りますね」
ぎこちない笑みを浮かべる彼女。
私は怪訝に思いつつ、柚葉さんの部屋から辞去した。
するとスマートフォンから着信音が聞こえる。画面を見れば〝烏丸廉二郎〟との表示。私は部屋から少し離れたところで、〝応答〟をタッチした。
「はい」
「おう、莉愛。俺だ、廉二郎だ」
声がでかい。
私はスマートフォンを耳元から一〇センチ離した。
「分かってますよ、そんなこと。どうかしましたか」
「いや、そっちは今、どうなってるかなって思ってよ。まさかさっそく悪魔と一戦交えてはいないと思うが、そうなりそうだったら言え。俺の〝武器〟だって必要になってくるだろうからな。走っていくぞ」
「悪魔とはもう戦いましたよ」
「そうか。悪魔とはもうたたか――」私は察してスマートフォンを更に五〇センチ遠ざける。「なにぃぃぃぃぃぃっ!? もう戦っただとっ! おい、大丈夫なのかっ? ケガはないのかっ? それと柚葉さんは無事なのかっ?」
予想通り、怒号のような声が耳の穴を穿つ。
「ええ、少々危なかったですが、怪我もなく大丈夫ですよ。今は聖檻の中に閉じ込めています。柚葉さんも無事で今はベッドで寝ています」
「そうか、なら良かった」ほっとしたように、烏丸さんの声音が通常に戻る。「聖檻にぶち込んだならしばらくは安心か。一旦、こっちには戻ってくるのか」
「そのつもりですが、少し調べたいことがあるので、それからですね」
「分かった。じゃあ、俺は今からサウナに行ってくる」
は?
「サウナですか? なんですか急に」
「いやほら、アルコールを抜くために汗を掻くのがいいって言うだろ。だからサウナってわけだ」
はぁ、とため息が出る。
烏丸さんはオカルト系の知識は豊富なのに、自分の興味のないことにはめっぽう情弱のようだ。今に始まったことではないけれど、もっと視野を広く持ったほうがいいと思った。
「烏丸さん。サウナですけど――」
「アルコール抜くぞーっ。じゃ、またあとでな」
通話が終わる。
抜けるのはアルコールじゃなくて水分ですよ。と伝えたかったけど、できなかった。
まあいっか。
無駄な努力が無駄なままで終わっても、悪魔が聖檻に閉じ込められている間にアルコールは勝手に抜けるだろう。
私はスマートフォンを仕舞う。
すると螺旋階段をのぼってくる輝彦さんと出くわした。
「アルヴェーンさん。部下からあなたが知りたがっていたことを聞きました」
輝彦さんは続ける。
購入した家具の前の持ち主は、天然ガスの輸送や貯蔵を行う上場企業のオーナー。
誠実な人柄の老年の男性であり、これといって気になる点や噂もない。
家具を売却した理由は、同じく邸宅を売却した際、購入した人物が家具は不要だと言ったため。不要の理由は単に、愛着のある家具を元々所有しているから。
邸宅を売却した理由は、その邸宅が所有する物件の一つであり、住んでいた息子夫婦と子供たちが出ていき不必要となったため。
情報はこれだけだった。
残念ながら悪魔との関連性を見出せなかったけれど、一つ気になることがある。住んでいた息子夫婦と子供たちは、どうして出ていったのだろうか。
私は輝彦さんに、その理由を知ることができないかと尋ねる。すると彼は、もう一度部下に訊いてくれた。
「――残念ながら、そこまでは知らないようです。もしよろしければ、部下に売主に訊くように伝えましょうか? なぜそんなことをと、売主は怪訝に思われるでしょうが。それとメールなので即時の返答は期待できません」
「そうですね。お手数でなければ」
それこそ即時で三度も上司から電話が掛かってくる部下の方が気の毒だけど、天秤の皿は情報のほうに傾く。
住んでいた息子夫婦と子供たちが悪魔と思しき超自然的存在に恐れをなし、出ていった可能性も無きにしも非ず。そこはクリアにしたい。そのとき――
ギィ、と柚葉さんの部屋のドアが開く。
立っていたのは柚葉さん、ではなく和奏さんだった。
私と輝彦さんに向ける視線が弾かれたように揺動する。まるで、やましい心を見透かされまいとするかのように。
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