花と天使とエクソシズム
真賀田デニム
ある日のエクソシズム
胸が締め付けられる。
屈託のない笑顔に浮かぶえくぼも、怒って膨らませる頬も、驚いて大きくなる円らな瞳も、もはやその顔からは想像もつかない。私の知っている
そこにいるのは、悪魔に憑依された
『ころす。このガキをぶっ殺したら次はお前をころす。絶対にな。逃れられない死だ。子供もできねぇ体にして絶望を与えながらころしてやる』
蒼汰君の声とは似ても似つかぬ太い濁声が私の内耳を震わす。恐怖は感じなくとも、肌が泡立つほどの不快感は健在だ。
両手を前に出して、私に掴みかかろうとする蒼汰君。でもその手はベッドの柵に繋がれた拘束具で動きを制限されていて、こちらには届かない。
見せつけるように掻きむしった顔には多数の切り傷。口からも血が垂れている。悪魔が無理やり話させているので、口内のどこかを噛んだのかもしれない。
「
手に持っているスマートフォンが振動し、液晶が光る。
待ち望んでいたメールだ。
私はメールをタップして内容を確認する。
『Permit Exorcise the Devil(許可する。悪魔を祓え)』
烏丸さんと目が合い、同時に頷く。
私は蒼汰君の両親に声を掛ける。
「バチカンからの許可がでました。それではエクソシズム――
悲痛と懇願が綯い交ぜになったような表情の二人。
自分の子供だというのに無力ゆえに他人に縋るしかない。そんな不甲斐なさも垣間見えた。でも恥じることはない。悪魔が相手で適切に対処できる人間など、ごく僅かしか存在しないのだから。
『なんだ何をする気だ? 女ぁ。俺を祓うつもりか。知ってるぞ。お前が聖職者じゃねぇことをな。神父の真似事なんてやめろ。効きゃしねぇ。娼婦のように股でも開いてりゃいいんだ。俺が突っこんでやる』
「このクソ悪魔。この子にそんなこと言わせんじゃねえよ……ッ」
怒りの表情の烏丸さんが、暴れる蒼汰君をがっちりとホールドする。
私はフローリングに書いてある〈
「ゴモリー」
蒼汰君の動きがぴたと止まる。
両眼を大きく見開き、狼狽を見せる悪魔。
『いつ知った? お前、俺の名をいつ知ったっ!?』
「答えるつもりはない。ゴモリー。お前の名前はゴモリー。私に名を知られた以上、お前は私に祓われる以外の選択肢はない。ゴモリー。それがお前の名前」
『呼ぶな、俺の名を呼ぶなっ。このあばズれがぁぁッ!』
より一層の力でもって、私に襲い掛かろうとする悪魔ゴモリー。蒼汰君が、子供とは思えない力で烏丸さんの手を振りほどこうとする。私は蒼汰君の血走って濁った目をしっかり捉えると、十字架のネックレスを向けた。
「ガブリエルよ。神の言葉と意思を携えしガブリエルよ。闇に脅かされる幼き魂をどうかお救いください。神の言葉を地上に響かせ、どうか堕天使たる悪魔ゴモリーを地上の深淵に投げ落としてください」
『ぐああああァァッ! やめろやめろやめろっ。お前をなぶり殺してやるッ!!』
苦しみ、もがく悪魔ゴモリー。
その言葉とは裏腹に唾を吐き散らすのみだ。
「ガブリエルよ。神の代弁者たる偉大な導者よ。苦痛を与えるゴモリーに聖槌となる言葉を。信仰の敵、神の敵であるサタンのしもべ悪魔ゴモリーを、どうか少年から追い出してください。神田蒼汰にどうか希望をお与えください。私はその浄化の御力を望みます」
「やめろやめろやめろやめろやめろやめ――」
部屋の壁を巨大なシルエットが過り、室内に羽根の音が響いた。
蒼汰君の頭上が、暗く淀んだ空気を裂くように光り輝いていく。煌めく空間からゆっくりと降臨するガブリエル。その姿は不確かで、ひどくあいまいだ。しかし有する力は明確にして強大で、大抵の悪魔は抗うことすらできない。
大天使ガブリエルの口が動き悪魔に囁く。恐怖に歪む悪魔の顔。ガブリエルの手が蒼汰君の顔をつかむ。少年の顔から、醜悪などす黒い別の顔が頭上に引っ張られていく。断末魔のような叫喚を響かせる悪魔ゴモリー。やがてその全てが蒼汰君から引きはがされると、ガブリエルと共にこの世界から消え去った。
「大天使ガブリエルよ。祝福を感謝します。アーメン」
~花と天使とエクソシズム~
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