第14話 靄

 高校二年の夏──廊下に大きな貼り紙が貼られ、人だかりができていた。

 貼り紙には夏季休暇前に行われる二泊三日の合宿について書かれている。二年生を対象とし、登山や外で食事を作ったりする。さらに射撃の訓練も行われる。

「俺、射撃はちょっと楽しみだったりする」

「俺もだぜ。銃なんて滅多に触れないからな」

 貼り紙を見た生徒たちは、俄然やる気に溢れている。

「授業が始まる。教室へ行こう」

 幸一に囁かれ、虎臣は頷いた。彼はあまり興味がなさそうに見えた。

「合宿が楽しみじゃないのか?」

「ただの合宿じゃないからな」

 幸一の視線の先は黒板だが、見ているのはもっと先だ。目の前にあるものではない。

「どういう意味だ?」

「近くなったら教える。合宿中はあまり目立とうとするなよ」

 数分後に担任が入ってきて、合宿の概要について話し始めた。

 この高校の伝統行事であり、想い出作りの一環であると説明を受けた。

 気持ちが高揚する生徒たちの中、幸一だけは口を閉ざしたままだった。




 ただの合宿じゃないと幸一は言ったが、異様な雰囲気を生徒たちはすぐに感じ取った。

 生徒や保護者ではない大人たちが合宿場にいて、あいつらは敵だ、と生徒の間で妙な団結力が生まれている。

 虎臣自身も、彼らが仲間ではないと認識していた。

「彼らはお前たちの合宿をより良いものにするために、こうしてわざわざ来て下さった。登山の間も見守っていて下さる。山の神様に感謝し、体力作りに励むように」

 結局、得体の知れない大人たちの説明は一切されなかった。

 鞄を背負い、数人のグループことに分かれて山へ足を踏み入れた。

 先頭から虎臣、松岡、柏尾、幸一の順である。

 先へ進んだところで、無言の空気を破ったのは柏尾だった。

「さっきの大人たち、何者なんだろう」

「さあ、教師とは違うみたいだけど」

 先陣切って、幸一は答える。

「答えは出ないさ。担任も何も言わないんだからな。それより松岡、大丈夫か?」

 虎臣が振り返ると、松岡は顔が赤くなり、目が虚ろだった。

「おい、しっかりしろ」

「ごめ……僕……体力なくて……」

「謝る必要なんかない。ちょっとそこに座れ」

 三人がかりで大きな身体を支えながら、地面に座らせる。

 身体に力が入ってはおらず、素人目にも登山は無理そうだと判断した。

「林田! ちょうどいいところに!」

 幸一は大声で手を振り、彼を呼んだ。

「どうしたんだい?」

「お前、確か医者の息子だよな。松岡の調子が悪そうなんだ」

 医者の息子であって医者ではないが、林田は松岡の様子を見ると駆け寄ってきた。

「水はまだ残っているか?」

「ある」

「それを飲ませて、身体を冷やすんだ。木陰に移動しよう。君たち、上へ先に登って、教師がいたら伝えてくれないか? 倒れた生徒がいると」

 林田は的確に、同じグループの人に指示を出した。

 試験前後にいつも何かと突っかかってくるイメージだったが、彼の印象が変わった。

 松岡の顔色が少し戻ったところで、山から大人の男が二人降りてきた。教師ではない。胡散臭いあの男たちだ。

「生徒のクラスと名前は?」

 幸一は松岡の名前とクラスを告げた。

「後はこちらに任せてもらおう。君たちは山頂へ登り、休憩を取ったのち、降りなさい」

 身体ががっしりとした男たちは、巨体の松岡をなんなく抱えて降りていく。

 踵を返そうとしたとき、耳を疑うような言葉が入ってきた。

「こいつはもう駄目だ」

「ちっ……失敗作か」

 柏尾は握り拳を作り、男たち目掛けて走り出そうとする。

 三人で柏尾を押さえ、引きずるようにして頂上を目指した。

「ったく……なんだよあいつら! 失敗作とか言ってたぞ!」

「判ったから落ち着け。米が飛ぶ」

 山頂でおにぎりを食べながら、柏尾はまだ怒っていた。

 口を開くたびに米やら何やら吐き出され、虎臣は嘆息を漏らす。

「むしろなんでお前らが冷静なんだよ」

「柏尾も目立つ行動は避けろ。あの男たちと学校の目的がはっきりしないんだ」

 虎臣は、幸一が十人ほどいる男たちが何のためにいるのか知っている気がした。

 虎臣も大概冷静だが、自分以上に感情をむき出しにする人が近くにいるとなぜか落ち着くのだ。

 柏尾ほどではないが、そわそわしているのは虎臣もその他の生徒も同じだ。

 松岡がいない中、三人で山頂から降りた。疲労が溜まっていて、柏尾も無言だった。


 二日目の合宿は、朝食を取る前に身体検査が実施された。

 わざわざ合宿で行うものでもないため、生徒たちは不信感が広がっていく。

「視力は良いか?」

「まあまあだ。小学生の頃に比べたら、あまり良くない」

「もっと悪いふりをしろ」

「なんだって?」

「いいから」

 誰にも聞こえないように、幸一はまたもやおかしなことを言った。顔をまじまじと見るが、いたって大真面目だ。

 虎臣も神妙に頷き、言われた通りに判らないふりをする。

「いつもこのくらいか?」

「はい。年々悪くなっています」

「……よし。次」

 ばれなかっただろうか、と心が妙な音を奏でる。

 幸一も同様に、何度も唸って「判りません」を連呼した。

 身長や体重、血圧検査などを行い、ようやく解放されて朝食にありついた。

「午前中は銃の訓練がある。的をおもいっきり外してくれ。当てようとしなくていい」

「本当にどうしたんだ? それで成績に影響が出ないのか?」

「学校の成績に影響はないから安心しろ。あちらさんが求める成績には影響するがな。まあ、それはどうでもいいんだ。今日の夜に話すよ」

 銃の訓練で、初めて銃に触れた。命の重みを感じられて、肩に担ぐのが恐怖で頭が真っ白になった。

 幸一に的を外せと言われたが、それは関係なく虎臣は銃を扱う才がないのだと理解する。

 一発くらいはまともに当てようとするが、的すらかすらない。屈強な男たちの憐れみの目がひしひしと感じる。

 午後にはマラソンの授業があり、日が傾き始めた頃にようやく終えた。今日の授業に、松岡は顔を出さなかった。

 夜は外でキャンプファイヤーがある。その頃になると、男たちは皆いなくなっていた。悪夢でも見ているかのようだった。

 虎臣は幸一たちと適当に参加して早々と戻ろうとしたとき、担任に会った。

 松岡の様子を伺うと、一足先に帰ったらしい。病院へ行ったと聞いた。

 大広間にはまだ誰もいない。キャンプファイヤーは始まったばかりだ。

「そろそろ教えてくれないか。なんで視力検査をわざと悪く見せろなんて言ったんだ?」

「本田は合宿があることを入学前に聞かされていたか?」

「そういえば……ないな」

「年間の行事が書かれた紙を入学前に渡されただろう? あれにも書いていなかった。おかしいと思わないか? まるで保護者にも内密に行っているみたいだ」

 どくん、と心臓が警鐘を鳴らし始める。額にはうっすら汗粒が滲んできた。

「徴兵できる学生なのか、調べているんだ」

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