第56話 小さな戦


 村の中心の広場――ゴブリンたちからよく見える場所に、リゼットとレオンハルトは立つ。

 辺りで唯一の篝火がその場所だけを明るく照らしていた。


 ゴブリンからしてみれば、相手は人間の男と女が一人ずつ。ただの蹂躙の対象だと思ったのだろう。


 暗い村の中でただ一つ激しく燃える光をめがけて、ひときわ大柄なゴブリンが小柄のゴブリンを引き連れてまっすぐに篝火の方へ勢いをつけて走ってくる。


 だんっ、だんっ、と力強く足を鳴らして群れから飛び出したゴブリンたちは、そのまま進路上の道に掘られた落とし穴に落ちていった。


 勢いがついていた小柄なゴブリンたちも吸い込まれるように穴に落ちていく。


 落とし穴の中には杭と毒。そして泥水。

 リゼットが土魔法で空けた穴に、ディーが村人たちとセッティングしたトラップだ。


「まさかトラップを仕掛ける側になるとはな――っと」


 屋根の上に待機していたディーが身を乗り出し、ゴブリンの集団に向けて弓を射る。

 同じく屋根の上に潜伏していた村人――女性と老人たちと共に、毒矢を撃つ。


 毒は森に生えている毒草から取ってきたもの。村では狩猟に使われる強い毒だ。


 ゴブリンたちは悲痛な叫び声を上げながら、落とし穴と飛んでくる矢を避けて逃げ惑う。


 だがもちろん落とし穴の横にも落とし穴を掘ってある。飛んでくる矢に誘導されてゴブリンたちが次々と落とし穴に落ちていく。


 這う這うの体でなんとか家の陰に隠れたゴブリンは、家の中で待ち構えていた男たちに槍で突かれ、あるいはクワを頭に振り下ろされて仕留められる。


 槍先の刃物は農具――カマやナタから取り外してできるだけ柄を長いものに交換した即席の槍だ。


 村を巻き込んだ作戦を考えたのはレオンハルト、罠を配置したのはディーだ。


 戦えない子どもや老人、病人は村長の家に固まってもらっている。この広場の奥の高台にある村長の家に。


(おふたりとも、本当に頼りになります)





 一方的な戦闘が続く中、ゴブリンの群れからひときわ大きい咆哮が上がった。

 一瞬、すべての戦闘が止まり、その間隙をついて大柄なゴブリンが一体、落とし穴を悠々と飛び越えてリゼットたちに向けて走ってくる。


 他のゴブリンとは比べ物にならないほどの大型の個体だった。

 筋骨隆々で鉄の鎧を身にまとい、手には無骨な鉄塊のような巨大なハンマーを携えたゴブリンが、屋根の上から飛んでくる毒矢や手槍をものともせずに走ってくる。


 布と土をかぶせてあるままの別の落とし穴も悠々と回避しながら、金色の目をぎらぎらと輝かせ、吼えた。



【鑑定】ゴブリンリーダー。ゴブリンの中でも屈強な個体。群れをまとめる。



(群れのリーダー?)


 レオンハルトは剣と盾を構え、ゴブリンリーダーを待ち構える。

 ゴブリンリーダーは獣のような咆哮と共に疾走し、天雷のような勢いで鉄塊をレオンハルトに振り下ろす。


 レオンハルトは寸前で躱しながら盾で鉄塊のわずかに軌道を逸らす。狙いが逸れた一撃はそのまま地面を叩き、大地に穴を空けた。

 動きが硬直した一瞬を狙い、リゼットはユニコーンの角杖を構える。


【火魔法(神級)】【敵味方識別】【魔法座標補正】


「フレイムバースト!」


 ゴブリンリーダーの頭が吹き飛ぶ。

 しかしゴブリンリーダーは身体だけになってもまだ動いた。

 鉄塊をリゼットへ投げ、その勢いと共に倒れる。


 鉄塊が高速回転して飛んでくる。

 リゼットが魔法で弾き飛ばそうと思う前に、レオンハルトの剣が鉄塊を両断した。


 ――なんて切れ味。そして膂力だろう。


 レオンハルト自身の力、そしてアダマントの剣の力で真っ二つになった鉄塊が空中でバランスを崩し、ぶつかって絡まりその場に落ちた。


 ――静寂。


 そこからは早かった。

 リーダー――指揮官が倒されたことで、生き残っていたゴブリンが撤退していく。


(逃さない)


 ここで逃がせば今度は大群で押し寄せてくるだろう。


 逃げるゴブリンを追いかけようとしたリゼットの前に、屋根から降りてきたディー割り込んでくる。


「ここは任せろ」


 言ってすぐに森の闇の中に消えていく。

 リゼットはその場に留まり、その影を見送った。





 怪我した村人をレオンハルトが治療する。ダンジョン領域内ではないため回復魔法の効力はダンジョン内よりもずっと弱かったが、幸い重傷者はいなかった。

 ゴブリンが戻ってこないか見張りを立てて、落とし穴に落ちたゴブリンたちは村の男たちがとどめを刺した。


 他のゴブリンの死体も共に落とし穴に入れて、リゼットがユニコーンの角で毒を無毒化してから、火魔法で死体を燃やす。灰になったのを確認して、ゴブリンたちの武器も穴に入れて、土魔法で埋める。


 死体の腐敗や毒の蔓延を防ぐとともに、隠蔽工作も兼ねた処置だった。


「ディーは大丈夫でしょうか……」


 完全に元通りになった村の姿を見つめ、ディーが消えていった方角を見つめ、リゼットは呟く。


「ディーなら本拠地まで見つからずに尾行できるはずだ。もし何かあっても逃げ切れる。信じよう」

「はい」


 その夜は村長の家に泊まらせてもらったが、そんな状況で眠れるはずもない。リゼットはいつでも外に出られる格好のまま、ほとんど夜通し窓の外を見ていた。

 空が白くなり、夜が明けるまで、ずっと。


 ――朝が来て、早朝の淡い光の中に、影が見えた。急いで外に飛び出す。転びそうになりながらも駆けていくと、ディーが苦笑しながら片手を上げる。


「よぉ、巣の位置を特定したぜ」


 疲れた顔をしていたがディーに怪我はなかった。


「ディー、無事で良かったです。お疲れさまでした」

「おー……って、お前ら寝てねーな」


 ディーは呆れたように、そしてどこか嬉しそうに口元で笑う。そこでリゼットはようやくレオンハルトが後ろに来ていたことに気づく。


「ディー、無事でよかった」

「これくらい軽い軽い。んじゃ軽く作戦会議して、少し寝よーぜ」


 早速村長の家の広間を借りて、ディーが持ち帰ってきた地図を広げる。


「うん、この地図さえあればこちらから攻勢に出られる」


 レオンハルトが称賛する。

 紙には村からのゴブリンの本拠地までの距離とルート、本拠地の構造と建物の位置がざっくりと描かれていた。一晩のうちに、ゴブリンに見つからないようにしてここまでの情報を集めたのだ。


「まあこれくらいはな。案内役は到着前にさくっと始末したから、まだ向こうは全滅したことを知らないはずだぜ」

「さすがディーです」

「戻りが遅いから怪しんでいるかもしれねーけどな。行くなら早いうちがいいぜ」


「――っと、大事なこと言い忘れそうだった。この巣の付近、ダンジョンがあるぜ。スキルが使えたしな」

「ダンジョンがですか?!」


 スキルが使えれば、戦いの幅は広がる。もちろんモンスター側にとってもだが。


「――よし、行こう。ゴブリンの巣へ」

「ん。だからその前にちょっと寝かせてくれって。お前らもちょっとは寝とけよ」


 言って毛布を被って床で眠り始める。あっという間に寝息になった。


「レオン、私たちも少し休みましょう」

「いや、俺はもう少し起きているよ。身体は休めているから心配しないでくれ」

「じゃあ交代で休みましょう。これから戦いなんですから、少しでも眠っておいた方がいいです」

「……そうだな。君の言うとおりだ」


 ――そうして、ダンジョン内や野営で休むときと同じように、交代して休息を取った。安心して取る睡眠は、わずかな時間でも大幅に疲れが回復した。



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