第46話 ドラゴンステーキ
リゼットは自分が幸せ者だと思った。
地の底に取り残されても助けに来てくれる仲間がいる。一度死んでもそれでも駆けつけてくれる人がいる。
リゼットは扉の前に立つ。
この扉の奥で、部屋の片隅に結界を張って、隠れながら食事と睡眠を取ってひとりでドラゴンと戦ってきた。
だがいまはひとりではない。
扉を開く。ドラゴンを倒すために。
片首のツインヘッドドラゴンが吼える。
炎のブレスを吐く頭は既に潰した。白い首の横でだらりと垂れている。
残るは氷のブレスを吐く白い頭のみ。
充填されていた氷のブレスが吐き出される。
周囲の温度が瞬時に下がり、身体の芯まで凍てつかせる氷の嵐が襲いかかる。
【聖盾】
レオンハルトの強固な魔力防壁が氷のブレスを完璧に防ぎきる。
以前見た時よりも強固で厚い盾だった。
何物にも貫かれない最強の盾――
ブレスの余韻が消えゆく。リゼットは弱い火魔法を使い温度を上げると、ドラゴンと地面の間に白い霧が立ち込める。
ダグラスとギュンターが武器を手にして一気に距離を詰める。
霧に隠れながらの足元への物理攻撃。
前両足をやられてドラゴンが苦しげな声を上げる。
ドラゴンの巨大な尾が動く。
城壁をも破壊しそうな尾撃を、レオンハルトの【聖盾】が受ける。
盾は尾撃を跳ね返す。
それからは肉弾戦だった。
誰かが傷つけばヒルデの回復が飛んでくる。癒し手は瞬時に戦士たちの傷を癒す。
ディーの矢がドラゴンの右目を撃つ。
それでもドラゴンは倒れなかった。
氷の軋むような音と共に周囲の温度が下がり、空気が冷えていく。
(――氷のブレスが来る)
リゼットはイメージする。
すべてを貫く純粋な力を。
純然たる白い炎を。
【火魔法(上級)】【敵味方識別】【魔法座標補正】
「ブレイズランス!」
白い炎の槍がドラゴンの首を貫く。
それでもまだドラゴンは絶命しなかった。焼けただれた姿でも最後の力を振り絞りブレスを吐こうとする。
その瞬間、レオンハルトの黒い剣がドラゴンの喉を斬り裂いた。
血が吹き出し、ドラゴンの身体がゆっくりと傾いていく。
巨体が倒れ、部屋が揺れる。床も天井も地響きで揺れ、パラパラと石の欠片が降ってくる。
「勝った……?」
血をあびたレオンハルトが剣を構えたまま信じられなさそうに呟く。
ドラゴンはしばらくかすかに動いていたが、やがてその動きも止まった。
「勝った……? え、マジで……?」
ディーの呆けた声が響く。
「勝った? 勝ちましたわ! やったぁ! 皆さんすごい! すごいです!」
リゼットは飛び跳ねるようにレオンハルトの元へ駆ける。
勝利した。
ノルンダンジョン第六層――ツインヘッドドラゴンに。六人の力を合わせて。
「皆さんが来てくださって本当に良かったです」
倒れたドラゴンを見つめ、リゼットは喜びを噛みしめる。
竜は宝の山。牙も爪もウロコも骨も、全身の部位すべて捨てるところはない。六人もいれば戦利品をたくさん持ち帰ることができる。
だがそれよりまずはドラゴンステーキ。
念願のドラゴンステーキ。
「さあ、ステーキを焼きましょう!」
早速ドラゴンの肉を切り出す。腹の部分の、硬いウロコに覆われた皮をレオンハルトがアダマントの剣で切る。
氷のブレスを吐き出す直前に仕留めたおかげか、肉は冷えている。
「皮が厚いな……奥の方の肉を取ろう」
赤身肉の塊が取り出される。
リゼットはそれを受け取り、ステーキ用に切っていく。
「脂が少ねえな」
ディーが興味深そうに覗き込んでくる。
「脂の塊が取れた。これくらいでいいかな」
「ありがとうございます」
レオンハルトからドラゴン脂の白い塊を受け取る。
「うわっ?」
「ギュンター? どうした」
「ドラゴンの中から炎の塊が出てきた」
ドラゴンの方へ戻ってみると、床の上で鮮やかに燃え上がる炎があった。
「ドラゴンの炎でしょうか。――そうだ! これでステーキを焼きましょう。ドラゴンの炎でドラゴンの肉を焼く。なんてロマンでしょうか」
リゼットは躊躇わずに火の上にフライパンを置き、レオンハルトからかりた両手鍋も置く。
『うぐっ? な、なんだこれは』
変な声が聞こえた気がして辺りを見回すが、それらしき人物はいない。リゼットは気にせず調理を進めた。
切り分けた肉の筋を切り、包丁の背で叩いて柔らかくする。塩と香辛料を振って、十分に熱した鉄板の上にドラゴンの脂を溶かし、焼く。
『ちょっ……おい……』
火を通し過ぎないように注意して焼き――
「出来ました! ドラゴンステーキです!」
赤いドラゴン肉のステーキ。
やはりまだ固そうなので包丁で切ってから、器に入れていく。
「さあ、どんどん焼いていきますので冷めないうちにどうぞ」
「ほらレオン、お前から食え」
「いいのか」
「成人祝いだ」
「あはは……ありがとう。いただきます」
リゼットは盛り付けを続けながらレオンハルトを見る。
彼が本当に助けに来てくれるなんて思ってもいなかった。しかも仲間を連れて、こんなにも早く。
いったいどうやってこの恩を返せばいいのか思いもつかない。
そして、レオンハルトの成人の儀が果たせて本当によかったと思う。
「うん、ミノタウロスの肉に似てるかな。もっと硬質な感じだけど」
「ミノタウロス?」
「牛系のモンスターだ。うまかったなぁ」
「オレは二度と食いたくないね」
ふたりの表情は対照的だ。一体どんな味なのか。
「ミノタウロス……わ、私も食べたかった……」
「さっきの鍋にも少しだけ入っていたと思う」
「勝手に入れるな」
「もっと味わって食べればよかったです……」
いつかミノタウロスを食べることを、リゼットは心に誓う。
「ああもちろんドラゴンも最高だ。なんというか……血肉が湧き躍る」
「なかなか歯ごたえあるな……オレはまあ好き」
そう言うディーの表情は気が抜けていた。いままで張りつめていたものが解けたように。
ディーは一度きりの付き合いだと何度も言っていたのにここまで来てくれた。感謝せずにはいられない。
「ヒルデさんはどうですか」
「ご、ごめんなさい。固くて、なかなか」
ヒルデは口元を押さえて一生懸命噛んでいる。飲み込むのに苦労しているようだ。
「いえ、無理なさらないでくださいね」
その隣でギュンターは力強くもぐもぐと食べている。
「これはうまい。滴り落ちる血が最高だ!」
レオンハルトの元仲間の二人が、再びレオンハルトと冒険をしていることを、リゼットは嬉しく思った。
「これがドラゴン……粗野でありながら気品のある――鉄の味がしますね」
教会騎士ダグラスは、興味深そうにドラゴンを味わっていた。
教会の騎士である彼が罪人であるリゼットを助けに来てくれたことを、嬉しく思いながらも心配に思う。
「ほら、リゼットもドラゴン食べろ。食べたかったんだろ」
ディーに促され、リゼットもドラゴンステーキを一口食べる。
じわりと広がる肉汁と、強い歯ごたえ。
ひとりでは決して得られなかった味。
しっかりと味わって、飲み込んで、リゼットは笑う。
「勝利の味がします」
そのとき、肉を焼いていた炎が突然爆発したように燃え上がり、フライパンと両手鍋を吹き飛ばした。
『女神の遺物で肉を焼くなああぁぁ!!』
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