第42話 ダンジョン帰還所【Side:レオンハルト】


 レオンハルトが意識を取り戻すと、そこは暗い石室だった。乾いた石の匂いと、床の冷たさ。丸い天井に響く神官たちの祈りの声。

 そして、顔を覗き込んでくる誰か。


「おい、レオン」


 ディーの焦ったような声で正気を取り戻す。

 身体を起こし、周囲を見る。

 奥の祭壇では神官たちが祈りの詩を唱え続け、床には倒れた人間が何人もいる。先ほどまで誰もいなかった場所にも、次々と冒険者が出現する。


 レオンハルトは知っていた。

 ここはダンジョンの一部でありながら地上であり、ダンジョンから脱出した人間が現れる帰還所だということを。


「俺は死んだのか……」

「ああ、そうみたいだぜ」


 回らない頭を必死に働かせる。

 身体と頭を占有する、死後特有の倦怠感に抗いながら。


(そうだ……ドラゴンのブレスで俺は……)


 死の間際に見た光景を思い出す。【聖盾】が割れ、炎のブレスで焼かれる感覚がまざまざと蘇ってきた。


(リゼット……?)


 レオンハルトは気づいた。

 ディーはいるのにリゼットがいないことに。

 いくら見回しても、部屋の中のどこにもいない。

 ぞっと全身から血の気が引く。


 ディーの顔を見ると、ディーは無言で首を横に振る。レオンハルトは足元が崩れ落ちるような感覚に襲われながらも、なんとか立ち上がった。


「……すまなかった……早く出よう」


 帰還所から外に出る。

 光に目がくらみ、空の高さと世界の広さに足元が揺れる。久しぶりの地上だった。

 ダンジョンにいた時には恋しかった地上。だがいまは何もかもが霞んで、色褪せて見える。


 帰還所の周辺にはたくさんの冒険者がいて、中から出てきたレオンハルトの顔を見てくる。


(賞金稼ぎか……? まさか、リゼットは先に連れていかれた? いや、そんな感じじゃない)


 冒険者たちの目はギラギラとしている。獲物を待ち構える獣の目だ。既に獲物が捕まっていたとしたらとっくにこの場にはいないだろう。


 ――ではどこにいるのか。


 リゼットはいまどこにいるのか。

 まさかまだダンジョンの中にいるのか。もしかして一人でドラゴンと戦っているのか。

 それとも脱出アイテムを持っていないため、あの場所で死んだままでいるのか。


「おい、レオン」


 帰還所の人混みからようやく離れたところで、下半身がふらついて地面に倒れる。

 死からの復活後は体力と魔力が大幅に削られている。身体がまったく言うことを聞かない。


(リゼットは……)


 リゼットはレオンハルトとディーにそれぞれ『身代わりの心臓』を渡した。だがリゼットが自分の分を持っていたところは見ていない。


「……くそっ!」


 行き場のない感情を乗せた拳を地面に叩きつける。

 自分が情けない。

 大口を叩いて守れなかったことも。

 呆気なく死んでしまったことも。

 リゼットひとりを取り残してしまったことも。

 何もかもが腹立たしい。悔しい。不甲斐ない。情けない。


 レオンハルトは立ち上がり、ダンジョンの入口を見つめた。

 白銀の岩山。そこに開いた暗い穴を。


「助けに行かないと」

「待て待て――ってなんで目が金色?!」

「体質だ」


 感情が昂ると瞳が金色に変わるらしい。レオンハルト自身は見たことがなかったが。


「体質かよ――って待てったら! 俺たち二人だけじゃどうにもなんないだろ!」


 強く腕を引っ張られる。

 レオンハルトにとっては制止にならない力だったが、振り払うことはできなかった。


「このまま行ってもまーた同じオチだ。そもそもオレたちだけであそこまでたどり着けるかだって怪しい。仲間を雇おうぜ」

「……無理だ。地下で賞金稼ぎに顔を見られている。まともな仲間は期待できない」


 賞金首であるリゼットの仲間だということは既に気づかれているだろう。仲間を集めても賞金狙いの冒険者が引っかかるに違いない。そんな相手と深層には向かえない。


「あ……くそ、そうか……」

「無理しなくていい。俺ひとりでも……」


 ディーは最初から一回だけ付き合うと言っていた。地上への帰還を果たしたいま、レオンハルトはディーをこれ以上巻き込むつもりはなかった。

 次の瞬間、レオンハルトの頬に鈍い衝撃が走る。


「バッカやろう!」


 怒声が痛む頭に響く。


「オレの拳ですらよろけてるくせに、いま潜っても間違いなく死ぬぞ!」


 言われてやっとレオンハルトは殴られたことに気づいた。

 呆然とするレオンハルトの胸ぐらをディーが乱暴につかんだ。


「あいつが大事なのはわかる。でもオレは、お前だって大事だよ。どっちも死なせたくねぇよ! 助けたいなら、ちゃんと考えろ!!」

「ディー……」


 言うとおりだった。このままではドラゴンの元にたどり着く前に死ぬだろう。死ねば、リゼットを助けることができない。


 危険を冒して仲間を雇うべきか。


 金はなんとかなる。

 ダンジョン内で手に入れた魔石をレオンハルトもいくつか持っている。荷物整理のときにリゼットに渡されて。これを換金すればそれなりの額になる。


 だが、信頼に足る仲間を雇えるかどうか――……


「…………」


 考え込むレオンハルトの元に、一人の騎士が近づいてきた。


「お久しぶりです」

「誰あんた」


 ディーが警戒心をあらわにしながら聞く。


「これは失礼しました。私はダグラス。教会騎士です」

「教会騎士?」

「はい。以前ダンジョン内でレオンハルトさんとリゼットさんに助けられたものです」


 ――教会騎士ダグラス。

 リゼットを探してダンジョンにやってきて、第三層でミミックに殺され食べられかけていた教会騎士。


「それで、リゼットさんはどちらに?……もしかして、まだダンジョン内にいらっしゃるのですか?」

「…………」


 レオンハルトは答えなかった。

 だが教会騎士は随分と勘がいいようだった。


「これから迎えに行かれるのですね。私も同行させてください。少しはお役に立てるはずです」

「いやあんた、教会の騎士なんだろ……?」

「信用できないのは当然です。ですが私はもう聖女を妄信はしておりません」

「でもあいつに賞金かけたのは教会なんだろ?」


 ダグラスは首を横に振る。


「いえ、リゼットさんに賞金をかけたのが誰かはわかっていません。教会が表立ってしていることではないのは確かです」


 ダグラスの言葉に嘘は見えない。

 ダグラスはダグラスなりに思うところがあるようだった。


「賞金がかけられる直前に、ノルンに高位貴族がやってきました。私は、その貴族が怪しいと思っています」

「貴族……」

「素性を隠しているので確証はありませんが、クラウディス侯爵の縁者と見ています。聖女とリゼットさんの実家です」


 それが本当ならば、やはり聖女がリゼットに賞金をかけたのだろう。

 聖女の権力は絶対だ。自国内だけではなく、他国にすら影響を与えるほどその力は強い。

 聖女がリゼットの抹殺を目論んでいるのなら、事態は相当に悪い。


「お願いします。私は、あの時の恩を返したいのです。私の進むべき道を思い出させてくれた彼女に!」


 ダグラスの意志は強かった。表情も声も燃え上がるほどに熱意にあふれていた。

 だがレオンハルトは頷けない。

 ダグラスには熱意も実力もある。しかしやはり教会騎士であることが――


「前回の失敗を踏まえ、大量の復活アイテムをかき集めていますから!」

「採用!!」


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