南のリゾート地で、僕が変わった話
はりか
第1話
羽田空港から離陸して何時間たっただろう。とりあえず、南のリゾート地の空港に着いた。あの赤くしだれる花は何だろう、と思ったら、ブーゲンビリアの花だと同行人が言う。
ブーゲンビリア。僕は少し前、動画配信サイトで見た美しいアニメを思い出し、くすりと笑った。彼はこんな花だったんだ。
遅い時間だから、観光地に行くのは明日にして、ホテルに向かうことにした。僕は同行人に「いいよね?」というと、彼は「いいよ」と答えた。
――同行人?
僕は一人でこのリゾートに来たはずだ。
恋人との関係や、仕事やらで行き詰まって、有休消化の為にも何日か休みを取り、この南国のリゾート地でのんびりしようと思った。
僕はずっとトップを走ってきた。中学も高校でテニス部で、生徒会長をやり、難関私立大学に現役で合格した。大学で経営学部に入って、適度にみんなと遊びながら勉強に邁進した。
常にスマートでい続けた。コミュニケーション能力を高め、ハイセンスであり続けた。
仕事でも優秀であるために努力を惜しまなかった。
SNSで、友人が下手くそなお好み焼きを練習している動画を披露している頃、僕はフランスのオペラ・ガルニエに行った様子を、編集を丁寧にした動画で投稿した。もちろん僕の動画のほうにいいねがたくさんついた。
人付き合いが下手くそで明らかに冴えない上、仕事も福祉系とかいう地味なことをしている元木という大学時代の知り合いのヤツ——向こうは僕のことを友人だと思っているらしい——と、数年ぶりに飲んだ時、SNSの使い方を教えてやった。元木は「ありがとう、頑張って更新してみる」と何度も繰り返して、そのもっさりした頭をガクガクと揺らした。
飲みまくって、僕は元木に、結婚することや、一食十万円もする高級フランス料理店にその恋人を連れて行った話をした。
スマートではない元木は、酔ったついでに「俺の給料では無理だな。カノジョって金かかるんだな〜」とポロリと漏らした。——惚れた女にそんなこともできないなんて、こいつは社会の底辺に違いない。
だから、僕は思いっきり元木に優しくしてやることにしたのだが、元木は最近SNSすら更新しなくなっている。飲みに誘う為に連絡したら、専門資格を取るので忙しいから、と断られた。
ま、元木はいいだろう。大して僕の人生に重要じゃない。最近、僕は仕事で行き詰まっている。もちろん、仕事上の専門資格はいくつか持っていた。ただ、なんとなく、——必要とされていない気がする。
僕は大手のある企業のなかで、コンサルタント職のようなものをしているが、僕の部署に、五歳下の後輩として恐ろしくパソコンのできるやつが入ってきた。パソコンのできるやつ。そういうものじゃない。
後輩は、複数の「プログラミング言語」とかいうのを操れて、すごくプログラミングができる。寡黙な彼女、……佐伯ちゃんは、小さい頃、父母がかけたゲーム機のチャイルドロックを解除して、しかも大学では自前でゲームを作った。美術が好きなお兄さんがいて、その誕生日プレゼントとかいうので、何かの美術関連のソフトを開発していた。
佐伯ちゃんはコミュニケーション能力もなく、スマートでもなく、私服も地味で、化粧もしてない。胸が大きくて、ちょっと好きなセクシー女優に似ていて、ちゃん付けしたくなる。なのに、仕事が佐伯ちゃんに回っていく。佐伯ちゃんは僕を表面上は先輩として扱っていたが、どこか僕を避けている節があった。
その末、結婚を約束した彼女、沙都子に仕事の愚痴をこぼしたら、彼女から——別れよう、と言われた。
は、と僕は彼女に返した。彼女いわく、「化粧っ気のない女の子がいてもいいと思う」「そういう優秀な子が後輩なのが、なんで喜べないの」「そんな人と一緒にはなれない」とのことだった。彼女はミッション系の私立女子大学を出たお嬢様だったが、最近、何かに「目覚めた」らしく、女性の活躍とか女性の人権とかいうようになっている。意味がわからない。
僕の大学では男女平等が徹底されてたはずだ。もちろん、男子の数のほうが多かったけれど。
もう何もかもわからなくなって、このリゾート地にきた。
僕はホテルのロビーにチェックインのために赴いた。
ロビーは吹き抜けになっていた。中央に、オンシジュームが咲き乱れている大理石の鉢のようなものがあった。
どっかりとロビーのエキゾチックなソファに座り、待っている最中、スタッフが、オンシジュームの花をくれた。同行人も、「よかったね」と微笑む。彼は、アサイーティーをスタッフに頼んでいた。
「きれいな花だよね」
僕と同じ声だった。僕は
僕と同じ顔をしていた。
「あの……」
「ねえ、ユウイチ? オンシジュームだけじゃなくて、プルメリアもくれたよ」
白い五つの花弁を持つあの花が、僕の膝に置かれた。
「そ、そうだな、ソウイチ」
僕はなぜ目の前の男の名前を知っているのだろう。
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