16 鴨鍋

 脱衣所にはワンコインで使える乾燥器ヘアドライヤーが設置されている。魔石を利用した魔導機器のお陰で自分の魔力を消費せずとも楽な暮らしが出来るのだ。

 その魔石はどこから来るのかと言えば魔物から取り出したり、鉱山へ掘りに行ったりと未だに手作業が多い。

 それをゾージルシやアリビオ、リコリスオーヤマなんて企業がギルドから魔石を買い取って加工しているのだ。冒険者が必要とされている訳である。

 と、そんな話は置いておいて。


 魔道具とは素晴らしいものだ。誰が使っても同じ結果になる。魔法で自分の髪を乾かそうとしたらどうしても出力が難しくて痛んでしまうのに。

 長いエプルさんの髪からドライヤーで水気を飛ばすと食堂へ向かう。


「ランさんはまだ来てないようですね」


 食堂は他の宿泊客冒険者が足を運んでおり、これは先に席をとっておいた方がよさそうだ。


「すごく見られてる」

「慣れるまでは大変ですが、気にしないでください。食べるのに邪魔そうなので髪を結びますね」


 止まり木が宿泊客を差別しない宿屋で本当に良かった。クランをよくない抜け方をした私に向けられる冒険者たちの目は限りなく冷たい。

 どちらかというとランさんには誑かされたのか、なんて同情的な目が向けられているほどだ。でもランさんが後々に冒険者として再活動する際には役立つだろう。


「慣れるの?」

「ええ、慣れました。痛くはありませんか?」

「だいじょうぶ」


 あれだけぼさぼさの毛玉だったのに今やさらさらと指通りがいい。見た目だけならふわふわとした感じなのだが。

 丸みを帯びた獣耳もぴょこりと一目でわかる。前髪も巻き込むように後ろでポニーテールにするとやっと瞳が見えた。

 赤毛と澄んだターコイズブルーの大きな瞳が愛らしい。不安そうに揺れていたのでとりあえず微笑んでおいた。


「お待たせ。ごめん、遅くなった」

「私たちも今来たところですから。今日は鴨鍋のようですよ」


 ここでは、冒険者が食材を持ち込むと宿泊料が値引きされるのだ。その持ち込まれた大量の鴨肉が今日の夕飯になったというわけである。

 宿屋止まり木は実はツェントルムの街でもそこそこ大きな宿屋だったりする。だから様々な食事が運ばれてくるのだ。全て東方の味になるが、逆に故郷の味を求めて宿泊客は東方系冒険者も多い。


「久しぶりにリーテスさんの料理が食べたい」

「大したものは作れませんよ。でも、今度厨房をお借り出来ないか聞いてみますね」


 鍋を3つの皿に取り分ける。今日はポン酢の気分だ。自分の更にポン酢を注ぐと、ランさんもポン酢を見ていた。

 同じ気分っぽいな、と手渡す。エプルさんは――食べ方がわからないようだ。無難に醤油でいいだろう。


「いただきます」


 ランさんと声を揃えて手を合わせる。

 魔導コンロに乗せられた鍋の火を緩める。次に火を付けるのは白ご飯を投下する時だ。東方の料理には詳しくないが、ランさんに美味しい食べ方を教えてもらえるので助かっている。

 油が乗った鴨はさっと茹でるだけで美味しい。これ、血抜きしてすぐに持ってきたのかな。鮮度が桁違いだ。

 染み出た肉汁と白菜や茸がとてもよく合っている。


「もう少し食べられそうですか?」


 具をお玉によそって聞くとエプルさんはコクコクと頷いた。白菜や鴨をよそう度に食べている。気に入ったみたいでなんとなく嬉しい。

 そして間もなく鍋の中は空っぽに。シメは雑炊である。ランさん曰く、鍋の最期は米やうどんが定番なのだとか。

 女将さんから貰って来た米をひと煮立ち。


「やっぱり、おかしいよ」


 鍋の中身を今度こそ空っぽにするとエプルさんが呟いた。

 お腹も膨れて正常な思考が戻って来たのだろう。不安げに揺れていた瞳は今やしっかりと意思を持っている。


「おかしいとは」

「私、なんで一緒にご飯食べてるの?」

「今更言うのか」


 ごもっとも。流れるままに連れてきてしまったが、そもそも浮浪児だと確定したわけじゃない。


「すみません、ご両親の許可をとっていませんでした」

「二人とも居ないからだいじょうぶ……そうじゃなくて、私、あの白い人を刺そうとしたのになんで」


 最悪誘拐罪やらなんやらを危惧していたがその心配はないらしい。冒険者連中から白い目で見られるのは構わないが、前科持ちだけは避けたいのだ。

 そしてエプルさんの動揺はごもっとも。理由のない厚意は恐ろしいし、恐れなければならない。


「まず、どうして刺そうとしたのかお聞きしてもいいですか」

「……いつもごはんくれる人が、刺して来ないと二度とあげないっていったから」


 ほら。こうなる。

 あくまでも噂程度だったのだが、反社会組織には浮浪児に飯を与えて養っているものたちがいるそうだ。ここだけ聞けばいい話、その先は構成員の確保である。

 育った浮浪児が全員まっとうに成長するわけじゃない。そのまま見込みのある奴を構成員として雇っているなんて噂があったのだ。

 エプルさん話を聞くとそのパターンで鉄砲玉にされたんだろう。


 話を聞くと家無し子で鉄砲玉にされて、なんていうか。世間一般の可哀想のイメージを体現したような子だ。

 たぶん、選ばれたのがたまたまエプルさんだっただけでこんな子は他にも大勢いるのだろう。が、私が出会ったのはエプルさんだけだ。とりあえずこのまま放り出しては寝覚めが悪い。


「これは提案なのですが、私たちの元で働きませんか」

「はたらく……?」

「字や生きていく為の術は私が出来る範囲で教えます」

「勉強はイヤかも」


 ……この子、わりとはっきりと言う子だな。とはいえここで別れてしまえばギャングの鉄砲玉コースか、登龍一家に突き出されるか。

 となると難しい話はやめだ。


「私たちのお手伝いをして頂けるのなら、ご飯やおやつが食べられます」

「やる!」


 このぐらい単純な方がわかりやすいだろう。本当なら学校やら通わせた方がいいのだろうが、今のままではどうにもならない。

 悲しいかな、私の経済状況的にも。


「リーテスさんとランさんは冒険者なの?」

「呼ぶならリャオにして」

「えっとリャオさんたちは冒険者なの?」


 気にしてはいなかったが久しぶりにランさんの訂正を聞いた。最近になって知ったのだが、東方は南部大陸こちらとは命名規則や呼び方が違うらしい。

 彼なりに拘りがあるのだろう。

 あとはエプルさんの質問。どういったものかとランさんと顔を見合わせる。

 冒険者ギルドが発行する証明書カードを持っているという意味では一応は冒険者である。だが、冒険者としては活動していない。


「元冒険者で今は掃除屋をしています」

「おれはその助手」


 これが一番妥当な答えだ。

 冒険者証明書カードは返却していないし、その気になればいつでも活動出来る。仕事があるかはさておき。

 実は依頼仕事を受注できるような冒険者に戻りたくなったら、本当の本当に奥の手としてあまり使いたくない方法だってある。


「よかった。私、冒険者キライいだから」

「珍しいですね。親がなってほしくない職業&子どものなりたい職業トップが冒険者なのに」

「私のお母さんとお父さん“冒険は楽しい”っていってずっとかえってこなかったもん。それで死んじゃったし」


 うわ……重。ランさんも困ったような顔をしている。

 でもそれも冒険者にはよくあることで。冒険者になる人間はその、まぁ浪漫を追いかけている人間が多い。最初から家庭でのんびり、みたいな人間はまず選ばない職業だ。

 だから冒険者同士で結婚をして上手くいったとしても、それはあくまでもパートナーとだけ上手くいっているだけで――

 二人揃って家庭を顧みないタイプがそれなりにいる。だから親が冒険者だったなんて孤児は多いのだ。


「あなたを迎えた以上、しっかりと独り立ち出来るまでは面倒を見ます」

「一緒にいてくれるってこと?」

「そうですね。よほどのことがない限りは」


 一度拾ってから捨てるほど非情になったつもりはない。

 それこそ私が死なない限りは何とかしようと思う。

 

「リーテスさん、おれも一緒が良い」

「ええ、ランさんを路頭に迷わせるような真似はしません」


 ちなみにエプルさんの年齢を聞くと、たぶん9歳とのことで。孤児である以前から育児放棄された子だった。

 それでも優先度は低かったものの両親からの愛情は向けられていたようで、性根はまっすぐと育っているようだった。

 ほんとこの世の中、やるせないものである。

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