03 金銭管理はしっかりと
早朝6時。
髪を纏め上げて手早く黒を基調としたメイド服に着替える。メイド服と言っても長いスカートに長いエプロン。ごく一般的なものだ。
冒険者装備みたく特別な繊維も使われていない。この服は制服として支給されたもので、普段着としても使っている。
「はぁ、嫌だなぁ」
そろそろ月末。領収書の整理や備品の管理を行わなくてはならないのだ。
ここ最近のピリついた雰囲気の中、いつも身体を張って頑張ってくださっている冒険者様にオハナシする重圧は胃を更に締め上げる。
「うぅ……これも仕事。仕事」
ここ最近、自分に言い聞かせている回数が跳ね上がっている気がする。絶対に気のせいではない。
この仕事さえ終わらせてしまえば待ちに待ったお給料日。きっと気も晴れるだろう。
「よし! 今日も頑張ろう」
鏡の前でパチンと自分の頬を叩いて気合を入れる。
微笑みを絶やさずにっこりと。クランのハウスメイドが無愛想ではいけない。
やつれた様子もなく、綺麗な顔が作られているのを確認すると私は部屋の扉を開ける。
――午前7時
新聞の記事を確認するとまずは朝食作りだ。
ハウスメイドたるもの世間様の情報には目を通しておかねばならない。あとはさりげない話題作りの為にも。
そして今日の朝食はハチミツたっぷりのパンケーキである。甘いものでまずは脳を活性化させるのだ。
とはいえ朝からクランハウスに居る冒険者など、泊りの者ぐらいしかいないので作る量は少ない。
「リーテスさん、おはよう」
「おはようございます。今日の朝食はパンケーキです」
最初にクランハウスのドアを開けたのはランさんだ。彼は宿屋に寝泊まりしているのだが、朝食を食べによくハウスを訪れている。
夕食もハウスでとることが多い。他の冒険者同様、食事代を節約しているのだろう。
「ハチミツ多めにしておきますね」
「ありがとう」
確かランさんは朝から討伐依頼に出るはずだ。これぐらいのサービスはしてもいいだろう。
今日の朝食を希望している者はランさんひとりのようだ。人が多ければキッチンで朝食を済ませるのだが、今日はランさんのテーブルの前に私も座る。
普段から休みという休みがないのだから食べる時ぐらいはゆっくりしたい。パンケーキと紅茶。これを燃料に私も今日の仕事を始めるのだ。
──午前9時
ハウスの掃除も終わって、今度は預けられた装備の管理だ。
よほど汚れやメンテナンスが大変なものは専用の職人に渡すのだが、資金の節約も兼ねて私が出来るものは私がメンテナンスをしている。
昔取った杵柄というやつで、剣に油を差したり魔道具の術式確認などは私でも出来る。簡単なものだけであるが。
それでも今まで一度も文句を言われていないのだから大丈夫だろう。
「あ……ルーナさんの杖が痛んでるみたいだったけど大丈夫かな」
あの人はスノウさんと同じく贔屓にしている職人にメンテナンスを任せていたはず。
流石に本人が気づいていないとは思わないが見かけたら言っておこう。
――午後6時
あれから装備のメンテナンスや夕食の準備が終わり。いよいよ胃が痛む事務仕事の時間だ。
今回領収書が提出されていないのはスノウさんの触媒代。回復魔法に彼女は使い捨ての魔石を使用していた。
その領収書を提出してもらわねば経費で落とせないのだ。
クランは所属する冒険者が依頼料の50%を収めなければならないのだが、その代わり様々な福利厚生が付いてくる。魔法触媒や基本装備の支給もその一つだ。
田舎から冒険者として大成すべく出てきたものは自が読めないことも多い。だからこそ、所属するクランが間に入ってサポートを行うのである。
依頼料の50%と聞くと最初は皆顔を顰めるのだが、実際には個人で活動するよりも稼げる。なんたって所属するクランによって依頼主からの信頼も変わってくるのだ。
備品にしたってクランで大量購入をしているので安く仕入れられる。あとは負傷した際の治療費や入院中の報酬もそこから支払われる。
冒険者ギルドはそこまでしてくれない。クランへの所属はパーティメンバーの編成にしろ利点が多いのである。要は相互扶助だ。
そろそろ依頼から帰ってくるだろうと、他の雑費計算をしながらスノウさんを待つ。
程なくして。
「戻りましたっ!」
朝から討伐依頼に出掛けていたパーティが戻ってきた。その中にスノウさんの姿を見つける。
他のメンバーがわいわいとしている間を縫ってスノウさんの元へ向かった。
「お疲れ様です。すいません、セージの魔石を購入したとのことですが領収書はありませんか?」
「えーと、そのぉ」
何やら歯切れが悪い。
嫌な予感がする。
「領収書、貰ってないんです」
「貰って……ない?」
彼女の眉間にしている魔石店は必ず領収書を渡していたはずだ。
というより、領収書貰い忘れが多発したのでうちのクランメンバーには問答無用で発行してもらうように交渉したのだ。
「本当に貰ってないんですか」
「よくわからないんですけど、くれなかったんです。リテイナさん、領収書ぐらいでそんなに怒らないでくださいよっ!」
「怒ってはいませんが」
領収書ぐらいというが、されど領収書。他のメンバーから集金をしている手前、金の管理はしっかりとしなければならないのだ。
それに近年増加する魔獣問題も含めてクランは税金の優遇だってあるのだ。領収書を精査して提出しなければ負担金額が変わってくる。
しかも魔石はそれなりに良いお値段がするというのに。
「おいおい、リテイナ! 領収書ぐらいで目くじら立てんなって」
「そうだぜ。いつも思ってたんだけどよ、お前は細かすぎるんだ」
「皆さん! リテイナさんを悪く言わないで。怒られたのも、貰わなかった私が悪いんです!」
「いやいや、スノウは悪くないって。こんなに頑張ってるんだから」
駄目だ。頭が痛くなってきた。だから怒ってないって言ってんだろ! いいから領収書持ってこい! なんて叫びたい。叫んだ瞬間に詰みなので言わないが。
ここに私の味方はいない。いつもちょっとした癒しをくれるランさんは夕食を食べるとさっさと帰ってしまった。
「こんなちっちぇこと気にする奴なんかいねぇよ」
「皆さん……!」
「今度から気を付けたらいいだけの話だしな」
今も変わらずスノウさんを擁護する声が響いている。
心臓を落ち着かせるように息を吐く。そしてにっこりと笑う。大丈夫? 顔ひきつってないよね。
「わかりました。魔石店には私が再発行をお願いしておきますね」
たぶんこれが一番早い。
これも仕事、仕事なのだと言い聞かせる。
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