02 崩壊の足音
最近、クランの空気が悪い。ピリついているのだ。
タチが悪いことにそれも一部の人間しか感じとっていないし、直接仕事に影響が出るようなものでない。けれども少しづつ亀裂が走っている。嫌な予感だけがする。そんな掴めない感じ。
ピリついた空気を感じているのだって、私は常にクランハウスに居るから余計に辛い。
胃が痛いなぁと思いながら皿を吹いているとちょいちょい、と肩をつつかれた。
「リーテスさん、これイエローフロッグの肉」
「ありがとうございます、ランさん。では今日の夕食のカレーに使いますね」
「ウン」
包みを渡してきた青年。沼地の魔獣討伐依頼からの帰りだから、恐らくは依頼で分けてもらったのだろう。
彼はリャオ・ランさん。彼は唯一私の名前を呼んでくれる人である。
ネイビーアッシュの髪にオリーブの瞳を持つ寡黙な好青年である。
私は基本的に相手の名を呼ぶようにしているのだが、彼からは「ラン」と呼んで欲しいと言われてしまった。流石に初手で名前呼びは馴れ馴れしかったかと反省したものだ。
ほかのメンバーはリャオと読んでいるので当時は少しばかり溝を感じたのを覚えている。
歳は私の5つ下。
東方大陸の出身で、元々は格闘士だったのだがいつのまにか付与魔道士へと転身。
今やパーティを支える縁の下の力持ち。若輩ながらみんなから頼られている将来有望な青年だ。
「疲れた」
「珍しいですね」
食器棚に寄りかかりつつランさんはぼそりと呟いた。魔道士ではあるものの元の
なんたって最終的に殴り倒せば良い、なんて武闘派魔道士なほどに。
「アレ」
そっとランさんはダイニングへ視線を向ける。私も彼の視線の先を追いかけた。
カウンターキッチン越しのダイニングに集まっているのは今回討伐依頼をこなしてきたパーティだ。
確かクランの中堅どころで固められていたはず。前衛4名と後衛が3名のバランスの良い構成だ。
「ごめんなさい! 私、ちょっと頭を冷やして来ます」
クランハウスの二階へと走り去っていく彼女の名は“
それでいて雪のような肌に銀に輝く髪を持つ美少女。名は体を表すというように第一印象は白いな、と感じる子だ。あと特筆すべきところは、このクランに三人いる女性のうちの一人だ。
回復魔法を得意とする魔道士としてパーティを癒す努力家でひたむきな少女だ。最近加入した彼女は持ち前の明るさでみんなから気に掛けられている存在だった。
彼女は素直なほうであるし、疲れる要因になるのだろうか。その疑問が顔に出ていたらしい。
「とアレ」
更にアレが増えた。またランさんの視線を追う。
その先には。
「はぁ!? メソメソ部屋に籠ってたら解決すると思っているのかしら!? そうやって被害者で居られたら楽でいいわよねぇ~!」
強い語気で息を荒げる猫獣人の美女。吊り上がった瞳と共に、尻尾と共に、ふわりとした黒髪も怒りで漏れ出た魔力に反応してかゆらゆらと揺れている。
彼女はスノウさんと変わって攻撃を得意とする魔道士、“
「ルーナ、落ち着けよ。お互いに反省点があったんだからさ」
「
「そうは言ってないけどさぁ。ほら、スノウだって頑張ってるんだし」
「頑張ったら迷惑かけても許されるのかしら? 私はそう思わないわ」
今回のパーティのリーダーがルーナさんに落ち着くよう促す。が、火に油だった。
どちらかというと口の達者なルーナさんに押されている。これでは暫くは不機嫌が続くだろう。
私に出来ること? んなもん何もありませんわ。彼女は外食派なので食事係としても私とはあまり交流がない。
「疲れた」
「つまり、お二人の諍いに巻き込まれて精神が疲弊していたと」
「ウン」
「ご愁傷様です」
そう手を合わせずには居られなかった。彼はあまり多くの言葉を持たない。歳の割に渋いというか、いぶし銀みたく寡黙にパーティを支えるような男なのだ。
それならまぁ疲れただろうな。ましてや普段から話慣れていないのなら尚更だ。人の諍いに口を出すのも出さないのも何かしらの遺恨を残す。
「あのお二人は最近ずっとあんな調子ですもんね」
「ウンザリする」
困ったようにランさんはため息交じりに話す。
白姫と黒姫。二人の性能だけを見ると、同じ魔道士として相性はいいのだ、相性は。ただ人間的な相性が全く合わないだけで。
新人のスノウさんはふわふわした姿に似合わずかなりの実力者。他の若手メンバーと組ませようにも実力差がありすぎて組ませられない。
だから新人教育の一環で中堅メンバーと組ませているのだが、パーティメンバーを入れ替えようにも他のメンバーは長期依頼をこなしており中々うまくいかない。
「ご愁傷様です」
「2回言った」
「私にはどうすることも出来ませんし」
「知ってる」
クランやパーティメンバーそれぞれの内情を知りつつ守秘義務があり、口の堅い人間。
ちょっとした愚痴を言うのに私はうってつけだったのだ。こうやってランさんはちょくちょく私の元へやってきていた。
最近の
新人でどうしても動きの遅れるスノウさんはルーナさんの神経に触れてしまうし、キビキビとしたルーナさんもスノウさんからするとまた然り。
それに加えて、元々ルーナさんと親しくしていた人がスノウさんの肩をもったりと他のメンバー間でも何やらあるようで。
もうひとつオマケに言っておくと、そもそも二人に反感を持つ者だっていた。
ルーナさんがスノウさんに注意をしたところで“それお前も人のこと言えるの?”といった具合に。そして雪崩のように他のメンバーへの粗だって見えてくる。
ランさんはただ疲れているだけだが、いつ反感に変わるかわからない。
英雄と呼ばれるほどの冒険者であるクランマスターの元へ集まってきた烏合の衆。それを放浪しているマスターに変わって副マスターが纏め上げて今の形になっていたのだ。
「副マスターが何か言っていただけると助かるんですけどね」
彼は未だに沈黙を貫いている。
事態が変わるとしたら、彼が動いた時だろう。それまではこのピリついた空気感の中で過ごさなければならない。
嫌だなぁ。直接関係ないにしても空気が重すぎて気が滅入る。
一刻も早く空気が変わればいい。私は少し痛む胃を抑えながらカレーの調理へと取り掛かった。
手伝いはランさんだ。手伝いの報酬として多くご飯を渡す。いい取引だろう。
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