第3話 王女
あれから、俺は各地の悪人を倒す日々を送った。
大体のことは筋肉で解決し、それを魔法だと言われて思わず肯定してしまうという、素直に喜べない毎日。
俺が大魔法使い──実際には筋肉だが──だと知ってるのは、部下達だけだ。
というのも、俺は基本的にジャブを繰り出して、盗賊の親分が言っていた【ショックウェーブ】の魔法を再現して戦っている。これでも十分だからな。
ただ、密かに特訓はしている。今は時系列的に原作の前なので、この時間差を利用して俺の筋肉をさらなる次元へ引き上げようと企んでいるのだ。
そんな生活が続いたある日、第二王女のアリシアに呼び出された。
彼女の命令で盗賊退治をしていたので、その報告をしろということだろうか。
でも、本音はあんまり絡みたくない。この王女は同い年の超重要キャラで、原作にもよく出てくるんだ。
ちなみに勇者も同い年。16になる年に、俺と勇者は学園に入学する。
「近頃、どこかの小悪党貴族が改心したという話をよく耳にします。あなたはそれが誰かご存じですか?」
「はて。何者でしょうか、その御仁は」
椅子に座って問いかけてくるアリシアに対し、俺は神妙な顔で否定する。
彼女は勇者の攻略対象でもある。そのため親密になるわけにはいかない。
「しらばっくれる気ですか……。まあ、いいです。今日はあなたにお話があって呼びました。率直に問います。あなたは何か欲しいものはありますか? 直近の功績を称え、褒美を取らせます」
ほほう、ご褒美か。それならちょうど考えていたところだ。
「王女殿下をお守りする御仁を、お近くに控えさせるようお願い申し上げます」
勇者とか。あとは勇者とか。それに勇者とか。
というのも、原作ではストーリーが幾つかのルートに分かれており、その中で勇者とアリシアが結ばれるルートが一番クリアしやすいのだ。
アリシアのおかげで助かった場面は多い。ラスボスの魔王なんかもかなり倒しやすくなる。
たしか二人が結ばれる最初のきっかけは……。
アリシアが街の視察に行った際、スタンピードが起こってそれを勇者が退けた姿に感銘を受けて、姫付きの騎士として召し抱える……だった筈。
ゲームだとこの誘いを受けるかどうか選択できるが、俺としてはこの世界の勇者には断ってほしくない。
ならば、今からアシストしておくのは悪くない手だろう。
「私の側付きですか……。難しいですが、考えておきましょう」
「ありがとうございます」
「構いません。それで、他になにか私にして欲しいことはないですか?」
なんかエロいセリフだな。
でも、この時期でいうと……そうだ。もう少ししたら俺達の王国が魔国から戦争を仕掛けられるんだ。
歴史年表みたいなものでちらっと触れられたくらいだったけど、俺達の王国が勝ったってことは覚えてる。
ふふふ。これはいい事を思い出した。勝ち馬に乗ろう。
「近く、我が国が魔国から戦争を仕掛けられるという情報を得ました。その戦に、我が魔法師団を参陣させていただきたく思います」
俺は軽い気持ちでお願いする。
だがしかし、アリシアは目を見開いて驚いた。
「どうして戦争のことをあなたが知っているのです! それはまだ王族とごく一部の者しか知らない筈!」
あ、やっべ。
情報の出所とか一切考えてなかった。そんな機密情報だったのか。
ゲームでやったからとか言えるわけないし、なんて言い訳しよう。
「……驚かれるのも無理はないでしょう。しかし王女殿下、その先に踏み込むのは止めておいた方がいい」
「? どういう意味ですか?」
それは俺の方が聞きたい。うまい言い訳が思いつかなかったんだよ。
「……これ以上は私の口からは言えません。ご理解ください。私はあなたを危険に晒すわけにはいかないのです」
「甘く見ないでください! 私はこの国の王女! 身も心も祖国へ捧げる覚悟はできています!」
王女は立ち上がって声を荒らげる。
俺はゆっくりと天を仰いだ。
終わったかもしれん。
もう時間稼ぎはできそうにないし、このままだと王族への虚偽報告で俺は死罪だ。
……いや、諦めるな。思い出せ。辛く苦しい筋トレの日々を。スクワットをあと一回増やすには、諦めない心が大事なんだ。
俺は人生で最も頭を回転させる。そして脳が焼き切れそうになった先に、俺は微かな光明を見た。
「ガイザール……」
「ガイザール?」
「そう、殿下もご存知でしょう。あの千年前に世界を支配した大邪神ガイザールが、この現代に復活しようとしているのです」
「まさか! あれはおとぎ話では!?」
「おとぎ話なんかではありません。だからこそ私は、各地の悪を滅していたのです」
「なんですって! 私の命令を受けて任務をこなしていたのには、そんな狙いがあったと!? 単なる小銭稼ぎではなかったのですか!?」
俺はふっと寂しげに笑う。
その通りだよ。おかげで貯金が増えた。しかも悪役の印象まで少しずつ払拭されていったんだ。
「ああ……! すみません、ギル・リンバース。あなたは孤独な戦いをしていたというのに、暴言でした」
「頭をお上げください、殿下。謝罪の必要はありません。それで、ガイザール復活には無数の生贄……魂が必要なのです。そしてそれを回収するのに最も適しているのが……」
「此度の戦争、というわけですね」
俺は真剣な表情で頷く。
「私はそれを阻止せねばなりません。殿下、我が魔法師団の参陣。お許しいただけますね?」
「もちろんです。なんとしても父上……国王陛下を説得してみせます」
「ありがとうございます。これで私に憂いは無くなりました」
俺は内心でほっと息をつく。
なんとかなったか。
今の話は全部適当だけど、戦争で倒した奴らの首を持って帰って、「こいつらがガイザール復活を企んでた連中です。全滅させました」とか言っとけば辻褄は合う。
ありがとう、盗賊の親分。お前のおかげで命拾いしたよ。
「それで、ギル。今の話は陛下にもお伝えしましょう。きたるべき災厄に備え、周辺各国にも厳戒態勢を敷くよう使者を派遣するのです」
「い、いけません!」
俺は慌てて口を挟む。
「今回は長年追ってきたガイザール復活を企む組織を根こそぎ炙り出す唯一のチャンス。もし逃がすようなことがあれば、奴らは今後数十年は闇に潜り、二度と壊滅させることは叶わないでしょう」
「確かに。あまりことを大きくして敵組織に警戒されてしまえばそうなりますね……。ですが、あなたに可能なのですか? あなたが失敗してしまえば、世界は混沌に包まれてしまいます」
俺は不敵な笑みを浮かべる。この笑みだけは、数多の経験を積んで得意になった。
「問題ありません、殿下。私は必ずやり遂げます」
俺はゆっくりと立ち上がると、かつての記憶を洗う。
俺の筋肉には無限の可能性が広がっている。
それを自覚してからは、とにかく筋トレを繰り返した。各部位ごとのメニューをこなして、休憩中は疲労した筋肉と対話する毎日。
やがて俺は思った。
頑張って鍛えたんだから、この肉体美を誰かに見せたい。
そんな浮わついた気持ちで、俺は原作クリア後に潜れる、深淵のダンジョン……ファイナルアビスへ向かった。
しかし、そこの魔物は強かった。いくら裏設定を盛られた筋肉とはいえ、俺の体はまだ13歳。一階層の雑魚敵さえ倒すのには苦労した。
それでも次々に現れる魔物の群れ。
逃げるしかなかった。
でも、俺はこけた。暗かったので、足元が覚束なくて石ころに躓いたんだ。
死ぬと思った。魔物の手がすぐそこまで迫っている。もうダメだぁ、と地面に手をついて受け身を取った、その瞬間。
俺の筋肉と地面の間で摩擦が起きて、強い光が発された。そしてそれが目眩ましになって……俺は辛くも逃げることができたんだ。
あの偶然がなければ、俺は死んでいたかもしれない。
本当にいい教訓になった。
未熟だった俺は学んだのだ。
摩擦とは偉大なり、と。
記憶の旅から戻った俺は、親指と中指を勢いよくこすり合わせる。
いわゆる指パッチンである。
すさまじい摩擦熱が生じて、俺の親指に神々しい輝きが宿った。
これこそが俺の新たな筋肉魔法、【シャイニング・ザ・シャイニング】。またの名を目眩ましという。
相手は怯む。
さて、今の内に逃げるか。
俺が背を向けようとしたその時、アリシアが叫んだ。
「な、なんてことなの! この輝きは伝説の賢者マーリンが死に際に放ったとされる必殺の退魔魔法、【シャイニング・ザ・シャイニング】!?」
また知らない人が出てきた。しかも俺とネーミングセンスが被ってるらしい。もし今も生きてるなら、仲良くなれるだろうか。
「なるほど、あなたは真の力を隠していたというわけですか……。ならば私から告げることはありません。次の任務はガイザール復活の阻止ですね。大変危険な任務です。生きて帰ってきてくださいね、ギル・リンバース。これは命令ですよ」
「畏まりました」
俺は深々と頭を下げた。
まあ、納得してくれたなら何でもいいや。案外ちょろかったな、この王女。
ラッキー。
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