ゲームの悪役貴族に転生した俺が筋肉で大体のことを解決してたら、助けた奴らが俺を持ち上げて原作を滅茶苦茶にしようとしてきます

むね肉

第1話 脳筋

「ロゼリア、貴様を我が魔法師団から追放する!」


 そう傲慢に言い放った俺は、直後に強い頭痛がして……前世を思い出した。


 残業の疲れでふらふらする足。目の前には軽自動車に轢かれそうになってる美人。

 助けたらワンチャンあるかなと思って突き飛ばし……そうか。

 俺は死んだのか……。


 ごちゃごちゃだった記憶が安定する。そして俺は現状に絶望した。

 自分があの悪役貴族、ギル・リンバースに転生したと理解して。


 ギル・リンバース。

 それは俺が前世でやり込んだ学園ファンタジーRPG、スクール・エンカウンターズに登場する侯爵家の三男だ。


 このキャラクターは、青年時に主人公の勇者に殺される。

 それはもう爽快な殺されっぷりだ。

 序盤から登場する小悪党の雑魚キャラの癖に、なんだかんだで終盤までしぶとく生き残って、勇者一行の足を引っ張る。そういったヘイトが溜まりに溜まった結果、ギルの死にっぷりはユーザーから大絶賛された。

 かくいう俺も歓喜したユーザーの一人だ。


 しかし、その運命をたどると俺が困る。俺はまだ死にたくない。幸運にも新たな人生を手に入れたのだから、今度は長生きしたい。


 ではどうすればいいのか。決まってる。悪役の汚名を拭い去って、勇者達の邪魔をすることなく、死のイベントを回避するんだ。


 それから保険として、自分の強化もやっていく。

 力こそパワー。強さは大体のことを解決してくれる。

 ギルはしょぼい魔法使いなので、杖や水晶などのアイテムは回収して……とそこまで考えた辺りで、俺は自分の体に違和感を覚える。

 いや、違和感というより、これはむしろ逆。


 全能感だ。


 具体的には身体能力が異常に向上している感覚がする。前世ではあり得なかった感覚だ。なんだか、手を羽ばたいて空を飛べそう。

 俺は自分の掌を眺める。少年の手だ。13歳くらいだろうか。原作登場時点の15歳よりも幼い。

 こんな柔らかそうな手ではゴブリンも殴り殺せそうにないが……。俺は地面に落ちている小石を拾うと、軽く握りしめる。

 何の抵抗もなく、小石は粉々に砕けた。


「…………」


 俺は絶句する。

 なぜ魔法使いであるギルにこれほどのフィジカルが……。これはまさか……"裏設定"だろうか。



 このゲームの製作元は設定厨だ。

 現代日本の作品なのに、バグの修正よりもDLコンテンツで設定を追加したがる。


 そんな狂気の製作が生み出したギルの、戦闘面でのユーザーからの評価は、「固いだけ」「雑魚のくせにしぶとい」「回復魔法まで使って遅延する害悪」といった散々なものだった。

 使ってくる魔法はどれもしょぼい。でもダメージがクッッッソ通りにくい魔法使い。それがギルだ。

 ……思い出したら俺までイライラしてきた。まあ、今は俺がそのギルなんだが。


 とにかく、俺が言いたいのはそういうことじゃない。


 原作でギルが固かった理由に説明がつく、ということだ。

 物理ステータスが異常に高いからこそ、ダメージが通りにくかった。至極簡単な理屈だ。

 もしギルが物理で攻撃してくるような事があれば、その裏設定に気づけただろうが、あいにく原作では魔法しか使ってこなかった。


 ようはこいつ、脳筋キャラだ。


 自分は魔法使いだから魔法しか使わないっていうアホ。

 でも今は中身が俺だ。ちゃんと考えて物理で戦える。ひょっとしたらだけど、ギルは割と強いんじゃないか?

 どこかで試してみないといけないな……。

 そうやって俺が色々と考えていると、悲痛な叫び声が届いた。


「ギル様! 何卒お慈悲を! いまお給金を断たれれば私達親子は立ち行かなくなります!」


 聞き覚えのあるロゼリアのセリフ。これは……ギルがユーザーから嫌われる原因となった初めての回想イベントか。

 ギルが率いる魔法師団が、第二王女のアリシアから盗賊退治の任務を命じられ、失敗に終わる。それを部下のロゼリアのせいにしてクビにするというシナリオ。

 だが、実際にはロゼリアに非はない。それどころか、ギルの魔法制御が下手すぎてロゼリアの魔法とぶつかってしまった結果、任務は失敗したんだ。


 ……改めてクズだな、ギルは。

 とはいえ、これは早速やってきた名誉挽回のチャンスだろう。俺はすぐさま行動しようとして──さっき自分が口走った言葉を思い出す。


 あれ? 俺、ロゼリアを追放するって言ったっけ……?


 顔から血の気が引く。

 まずい。もうとんでもないことを言った後じゃないか。

 どうしよう。原作だと、追放もののお決まりで、俺はこの後痛い目に遭ってしまうんだ。

 なんとしても彼女を引き留めないと。

 必死に頭を働かせた俺は、ロゼリアの肩に優しく手を置く。優しくしておけば、大抵のことは何とかなる筈だ。


「ひっ!」


 怯えられた。

 俺は悲しくなる。

 まあ、確かにゲームのギルであれば、ここで魔法の一つでも撃ちそうではあるが。


「お、お許しを……。私が死ねば娘は明日も生きていけません……」


 どうやら俺に殺されると思い込んでるらしい。ロゼリアは震えながら嘆願する。

 でも、そんなことする筈がない。娘を思いやる母親を手にかけるなんてあり得ない。そもそもロゼリアは何も悪くないんだ。


「せめて娘だけは……あの子の面倒を見ていただきたく……」


 怯えるロゼリアに、俺は訂正の言葉を述べる。


「何を勘違いしているか知らないが、先の決定は撤回すると伝えたかっただけだ。あなた──貴様には我が師団でやるべきことがまだまだある。娘の面倒は貴様が見るんだな」

「……え?」


 ロゼリアは唖然とする。続いて周囲にいる他の兵士達も。


「ど、どういうことだ……? あのギル様がご自分の発言を取り下げた?」

「悪魔に乗っ取られたんじゃないのか?」


 普通に聞こえてますよ。それと、ちょっと正解に近いこと言うの止めてね。

 部下の陰口に少しショックを受けた俺は、マントをばさっと翻して高らかに吠える。


「諸君! 確かに先ほどの襲撃は失敗に終わった。しかし、だ。精鋭たる我が魔法師団が、このままおめおめと帰還してもよいのか!」


 俺が煽動すると、部下達は困惑しながらも同調してきた。

 ちなみに、口調は意図的にさほど変えないようにしてる。子供とはいえ貴族だから立場とかあるし。一応俺がこの魔法師団の団長だし。


 あと今さらだが、このイベントは今の俺にとって非常に都合がいい。というのも、これはギルの回想イベント。キャラクター紹介の側面があり、ロゼリアはこれ以降、原作には登場しない。

 つまり、ストーリーを改変しても原作の本筋には大きな影響を及ぼさないわけだ。


 俺は不敵な笑みを浮かべると、前世の記憶を思い出しながら告げる。


「存分に暴れろ! 失敗を恐れるな! あとのことは任せろ! 全ての責任は上司であるこの私が取る!」


 俺がそう言った途端、部下達は幻でも見ているみたいに目を擦り始めた。

 これが前世なら、13歳の少年にそんなことを言われれば失笑してしまうだろうが、この世界なら純粋に良い上司に映っている筈。

 いやまあ、前世でもクソだった上司が突然こんなこと言い始めたら、みんな困惑するだろうけど。


 そして実際、目の前にいる部下達も固まったままだったので、俺は救いを求めるように視線をさまよわせた。やがて偶然にもロゼリアと目が合う。


「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」


 ロゼリアは泣いて感謝してくれた。

 でも、こっちとしては謝りたいくらいだ。だって、こんなん殆ど自作自演だし。

 部下達がまたこそこそ話し始める。


「もしかして、俺達はギル様のことを見誤ってたんじゃないか?」

「本当は清廉な心の持ち主だったのか?」

「そうだ! なにか崇高な目的があったに違いない!」


 全然違います。自己保身のためです。悪役の印象を払拭したいんです。

 とまあ、そんなことは言い出せる筈もないので、俺はやはり不敵な笑みを浮かべるのだった。


「さあ、盗賊退治のリベンジだ」


 俺は師団を率いて盗賊のねぐらへ向かった。




──────────


お読みいただきありがとうございます。

少しでも面白いと思っていただければ、☆☆☆評価、フォローをよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る