第二十一話 あなのなかのあなた

 ヘッドライトの明かりを頼りに、鉱山の奥へと進んで行く。


 細長い道の左右には所々横穴が空いており、ツルハシや、土を運ぶための車輪の付いた台車が散乱している。この道具の名前は確か【猫車ねこぐるま】というんだったかな。

 壁にはヒモで吊るされた照明器具が点々と備え付けてあるが、魔力が切れているのかどれも明かりは灯っていない。


「……暗いね」

「ああ、この明かりだけだと、ちょっと心許ないな」


 少し期待を込めて、ちらりとレキスの方に目をやる。

 

「……【神秘魔法】のスキルがあれば、もっと明るくすることができますが……私は持っていません」


 今度はレキスがちらり、とアイカさんを見る。その視線に気づき、やれやれ、といった様子で何か呪文のようなものを唱え始めた。


「クルパ・ウロメ・クルフイラ・クルタホ」


 詠唱が終わると同時に、アイカさんの周囲がパァッと明るくなる。3メートルほど先までしか見えなかった道が、7、8メートルくらい先まで見通せるようになった。


「わぁ、まぶしい」

「……使って欲しいなら、素直にそう言え」

「私、嫌われていると思ったので」

「別に嫌っているわけではない。いつもお前が勝手な……」

「まあまあ、これでよく見えるようになって安心だよ。ありがとうアイカさん」

「神秘魔法ってすごいねぇ」

「……フン」


 気まずい雰囲気になりそうなところに、俺とチャトが慌ててフォローに入る。


「フッ、衝突なしには生まれない友情もある。どんどんぶつかればいいさ」


 王子がなにか言っているが、リーダーとしてはもめ事はなるべく御免被りたいものである。



♢ ♢ ♢ ♢



 坑道をひたすら進んで行くと、やがて少し開けた空間にたどり着いた。

 奥を見ると、掘ったというよりは崩れてできたような不自然な形の穴が空いている。周囲には折れたツルハシや、ひしゃげたヘルメットなどが散乱しており、何かがここで暴れたような形跡が残っている。


「あの穴から出てきたのか?」

「じ、じゃあ、あの奥にいる、ってことだよね」

「どうする? 飛び込んで一気にカタをつけるかい?」

「いや……まずはどんな奴なのか確かめてから作戦を立てよう」


 そーっと穴に近づき、中の様子をうかがおうとした時だった。


「「危ない!」」


 ぐいっとリュックが引っ張られ、体がのけぞる。同時に、穴から巨大な何かが飛び出してきて、ギザギザの歯で俺の立って居た場所をガチンと噛む。


「うぉぉ!? な、なんだこいつは」


 直径一メートルほどの巨大な頭に、大きな口がついているが、目はない。赤紫色の体は、ぬめぬめとした体液に覆われ不気味に光っている。


「ブツブツ……えい」


 後ろから炎の塊が飛んできて、化け物の頭を直撃する。


「ギジャアアアア!」


 効果があったようで、苦しみながら穴の奥へ引っ込んで行った。


「あ、ありがとうみんな。……そうか、明かりだ。アイカさん、明かりを消せるだろうか」


 俺はヘッドライトのシャッターを下す。石は常に光っているため、遮光タイプになっているようだ。


「ウト・ウ・ヨシ」


 アイカさんが呪文を唱えると、一気に辺りが真っ暗になった。


「……大丈夫、かな」


 穴から再びヤツが出て来る気配はない。聞いた通り、光にだけ反応するようだ。


「フッ、危機一髪だったねえ」

「いやぁ、命拾いしたよ。ありがとう王子。それと、チャトも引っ張ってくれたよな?」

「うん。まだ胸がどきどきしてるよ」

「二人には、穴の奥が見えたのかい?」

「暗闇には強い方でねえ。這い出て来るヤツの姿が丸見えだったよ」


 すごいな、俺には何にも見えなかったぞ。夜目が利く、というやつなのだろうか。


「……あれは、ズミーミではないでしょうか」

「ズミーミ?」

「地中深くで生きる魔物です。人を襲う事は滅多にないそうですが……。それに、全長は一メートル程度と魔物図鑑に記されていました」

「一メートルどころか、あれは十メートル以上はあるんじゃないか」

「……変異体か」

「へんいたい?」


 ここに来て、初めて聞くワードが飛び出した。


「魔物の中には変異体と呼ばれる、稀に成長が止まらなくなる個体が生まれるそうです。恐らくそれでしょうね」

「さて、と。どうしようか? 正面突破かい?」

「ズミーミは高い再生能力があるといいます。やるなら短期決戦で、頭を徹底的に潰す必要があります」

「頭、か。……そうだな。ならばこの穴を利用しようか」

「穴?」

「みんな聞いてくれ。作戦はこうだ」


 暗闇の中、ごにょごにょとみんなに作戦を説明する。王子とアイカさんが危険な役回りだが、承知してくれるだろうか。


「フッ、面白いね。やってみよう」

「……いいだろう」

「ありがとう。それじゃ早速配置についてくれ」


 暗闇の中、穴の左右に王子とアイカさんが立ち、剣を構える。そして、ヘルメットを穴から二メートルほど手前の地面に置き、ヘッドライトのシャッターを開ける。


「二人とも、気を付けてくれ……」


 急いで後ろに下がり、息をの飲んで見守る。ライトに照らされた穴の中から、ヤツの頭がズルリ、と出てきた。


「今だ!」


 俺が合図を出すと共に、王子とアイカさんが振り上げた剣を同時に振り下ろす。左右の剣がズミーミの頭部に食い込み、赤い体液が噴き出す。


「ギジィィィィィ!」


 ズミーミが苦しそうな声を上げ、体をくねらせる。


「やったか!?」

「まだです。再生する前に頭部を潰してください」

「フッ、簡単に言ってくれるねえ」


 二人が必死にズミーミの頭部を切り刻む。しかし、一向に動きが止まらない。


「駄目だ! 再生速度に攻撃が追いつかん!」

「これは、なかなかに重労働だねえ」

「……ウロヤソク・ロケダクテ・ツオコニチ・カチカ」


 レキスが初めて聞く呪文を唱え始め、詠唱が終わるとかざした手の先から小さな青い光がズミーミの方へ飛んで行く。やがてズミーミの頭に光がぶつかり、パキパキと音をたてながら頭部が厚い氷に包まれた。


「今です。砕いてください」

「よしきた!」


 王子が勢いよく大剣を氷にぶつけると、ズミーミの頭部が氷と共に砕け散った。ゴトゴトと音を立て、地面に散らばっていく。


「やったか!?」


 と、思ったのだが……氷の魔法の効果が終わると、解凍されたズミーミの頭部が再びくっつきはじめ、体へと戻って行く。


「うぅ、気持ち悪いぃ」

「……駄目か。二人共、こちらに戻ってきてくれ!」

 

 作戦は失敗だ。再生しているうちにヘルメットを拾い上げると、俺たちは少し奥へと戻った。

 

「いやあ、参ったねぇこれは」


 返り血でベトベトになった王子が、目を閉じて首を振る。


「変異体は、固有の能力も強化されるようですね」

「みんなすまない。俺の作戦ミスだ」

「あれほどの再生速度は誰にも予想できるものではない」

「そうだよ。……あたしは見てただけだけど」


 アイカさんも全身が返り血で汚れてしまっている。女性にこんな汚れ仕事をさせてしまい、本当に申し訳なく思う。


「さて……どうしようか、麗一君」

「うーむ……」

「ダジャレ魔法で何か一発ありませんか」

「ダジャレ、か」


 うーん、恐らく『ズミーミ』は『ミミズ』でも通用するとは思うのだが……ミミズ、か。


「ねえ、ズミーミって食べられるのかな」


 唐突にチャトがとんでもないことを言い始める。


「例え食べられたとしても、僕はゴメンこうむりたいものだねえ」

「胃の中で再生を続けて、消化不良を起こすのでは」

「はは……」


 そういえば昔、食用ミミズがどうとかの都市伝説があったな。ミミズを食う、か。……ん? ミミズをくう……。


「俺の居た世界にも、ミミズっていう、ズミーミみたいな生き物がいてね。まあ、手のひらサイズの可愛い(?)やつなんだが……。それと、ミミズに名前が似てる鳥もいるんだ」

「へえ、なんていう鳥なの?」

「今、紹介しよう。……ミミズ食うク!」


 召喚っぽいポーズを決めてみたが、これで出てこなかったらかなり恥ずかしい。しかし、どうやらうまくいったようで、ポンッという音と共に何かが出てくる。


「……ホーゥ」


 茶色っぽい色をベースに、白と黒の模様が散りばめられた羽毛のミミズクが現れた。

 大きさは40センチ程で、丸い目でこちらをじっと見ている。


「かわいい!」

「……もふもふ」

「フッ、恐れ入ったよ。これは召喚魔法かい?」

「そうなのかな。さて……」


 呼んではみたが、この子にあのズミーミをなんとかできるのだろうか。


「あの……あの穴の奥に、巨大なミミズ……ズミーミがいるんだけど……食べられる、かな?」

「……」

「さすがに無理があるんじゃないかなぁ……」

「逆に食べられてしまうのでは」

「う、やっぱり危険すぎるか」


 ミミズクが首を180度回転させ、奥の穴を見る。そして、首を戻すと、ホーと鳴いて飛び立ち、奥の穴へと飛び込んで行った。


「いっちゃった」

「ズミーミを見たら、驚いて帰ってくるかな」


 ところが、一向に戻って来る様子がない。やがて、穴の中からズミーミの叫び声が聞こえて来た。


「ギョアアアアアア!!!」


 なんとなく、苦しんでいるというのがわかる。中でのたうち回っているのか、巨体が壁を打ちつけたような衝撃が坑道内を揺らし、天井からパラパラと土の塊が落ちて来る。

 

「わわわ、なになに!?」

「まさか、本当に食べているのか?」

「衝撃で崩れませんかね、ここ」

「一応、脱出の用意はしておこう。アイカ、頼むよ」

「はい。……ブツブツ」


 再びアイカさんが光の呪文を唱え、周囲が明るくなる。

 穴の奥からは相変わらずズミーミの叫び声と衝撃音が響き続けるが、突然静かになった。


「……どうなった?」


 レキスがみんなの顔を一人一人確認する。


「みなさん、レベルが上がってますね」

「ということは、倒したということかい」

「……こんな時になんだが、経験値の分配の仕組みってどうなってるんだい? パーティー全員に入っているみたいだけど」

「倒した人が仲間だと思っている、かつ、近くにいる人に経験値が分配されます」

「随分とザックリとしてるんだな」

「あるパーティーで、一人だけなかなかレベルが上がらない人がいたそうです。その人は、他のパーティー全員から嫌われていたとか」

「うわあ……それは……つらいな」

「れーいちは、みんなをちゃんと仲間だと思ってるんだね」

「ああ、それはもちろん。……にしても、なかなか帰ってこないな。見てこようか」


 穴の中を確認しに行こうとしたその時、ミミズクがトコトコと歩きながら戻って来た。体中にズミーミの体液がベットリと付着しており、羽を開くのも一苦労しそうだ。


「ホーゥ……ゲフ」


 『ごちそうさま』とでも言っているのだろうか。満足げな表情でこちらを見ている。なんだか呼び出した時より体が一回り大きくなっているような……。


「褒めて欲しいんじゃないかな?」

「褒める?」

「なでなでーって」

「な、なでるのか……」


 ミミズの体は全身赤い体液がこびりついていて、正直言うとあまり触りたくはない。しかし、ズミーミを食べてくれたとしたら大変なお手柄だ。俺の手ひとつで喜んでくれるのなら……。


「よ、よーしよし、ありがとうな」


 べとべとの頭を包み込むように優しくなでる。ミミズクは首をすくめ、気持ち良さそうに目を細めている。そして、時間が切れたのか、手の中でスーッと消えて行った。それと同時に、ミミズクにこびりついていた体液がぴちゃっと地面に落ちる。


「さて、どうなったのか見に行ってみよう」


 俺は手に着いた体液を地面にこすりつけると、みんなと一緒に穴の奥の様子を見に向かった。


「……どうなってるんだ」


 巨大な空洞の中には、ズミーミの体液と思われるものが飛び散っているだけで、体の一部も見当たらなかった。


「フッ、どうやら完食していったようだね」

「……あれを? すごい……」

「あれはなんだ?」


 アイカさんが、空洞の奥に置かれた謎の塊に気づく。

 その塊はでこぼこしている全長一メートルくらいで柿ピーのような形をしており、光が反射して鈍く黒光りしていた。


「あれは……鉄鉱石でしょうか」

「すごい大きさだな」

「重そうだねぇ。どうする?」

「うーん、後のことは親方たちに任せようか。とにかく今は報告に行こう」

「フッ、早く汚れを洗い流したいものだね」

「二人とも、大変な役を押し付けてしまってすまなかったね」

「この程度の汚れなど、なんとも思わん」

「そうかい? ……ありがとう」


 こうして俺たちはズミーミを倒し、報告の為に鉱山の出口へと向かったのだった。

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