第十五話 きのーみつけたきのみ
翌朝、目を覚まして横を見ると、チャトが抱き枕のようにレキスを抱きしめながら寝ていた。
「んにゃ……」
「うぅ……」
チャトは気持ちよさそうな顔をしているが、レキスは少し眉をひそめ、苦し気な表情を浮かべながら小さく唸っている。……今後、野営する時は三人とも離れて寝た方がいいかもしれない。
その後、無事に目覚めた二人と朝食をとる。ネタは『サンドイッチでさんどういっち(賛同一致)』。我がスーパーで扱っているハム・トマト・タマゴの三色サンドだ。飲み物は『ミルクも飲んでみるく?』だった。後片付けを済まし、俺たちはマリソーチの村へ向けて出発した。
「さあ、今日も頑張ろう!」
チャトが棍棒を振り上げ、元気いっぱいに歩き出す。
「……なんだか疲れが取れませんでした」
「……俺もだ」
俺の場合は年のせいもあるだろうが……クッション性の薄い敷物で寝たせいか、あちこちの関節に痛みを感じる。特に腰。
「……昨日の遅れを取り返しましょう」
「え?」
そう言うと、レキスが早歩きになり、先頭を歩くチャトを追い抜いた。
「わ、レキちゃん気合入ってる」
気持ちはわかるのだが、あのペースで歩き続けるのはなかなかにしんどそうだ。まあ仕方がない、行けるところまで付き合ってみよう。
「代わる?」
チャトが心配してくれるが、首を横に振って親指を立てておく。
「男の子だね」
そう、俺は男の子。女の子に弱い姿を見せるわけにはいかんのだ。
♢ ♢ ♢ ♢
「ふっ、はっ……レ、レキス、チャト。ちょっと、休憩に、しないか」
早歩きで平原を歩くこと一時間、俺の体力は限界を迎えていた。
「……そうですね、それでは少し休みましょう」
「た、助かる」
地面にリュックを下ろすと、俺はそのまま草の上にへたりこんだ。
「はぁー……疲れた」
「もー、もう少し頼ってよね」
「はは、ああ、本当に無理になったらお願いするよ」
空は今日も晴れ渡り、太陽が力強く輝いてる。俺は草の上に、チャトは大きめの石の上に座り、レキスは近くの背の高い木の下に立ち、上を見上げていた。
「どうしたんだ、レキス」
「……木の実がなってますね。あれは食べられるのでしょうか」
木を見上げると、葉っぱの隙間から赤い実が所々から顔を出している。
「あれはミッキノの実だよ。もう少し大きければ食べられるけど、まだ小さいから酸っぱいんじゃないかなぁ」
「そうですか。残念」
「木の実を……」
「ん?」
「あ、いや、なんでもない」
うっかり『きのみをいっ
いい加減、反射的にダジャレを言ってしまうクセをなんとかしなければ。ひどい目に遭うのは俺ではなく他の人なのだから。
「それにしても、喉かわいたね」
「マリソーチで分けてもらえればよいのですが。ただ、水質汚染という問題を抱えているようなので、もしかしたら人に与える余裕はないかもしれません」
「そーだなぁ……ん?」
「今度はどうしたの?」
「ああ、ちょっと思いついたことが。試してみよう」
リュックから鍋を取り出し、早速思いついたダジャレを口にする。
「みんな、ソーダが飲みたいそーだ」
ポンッと音をたて、鍋の中に丸っこいペットボトルに入った液体が現れた。毒見は……もう大丈夫かな?
「さ、二人とも飲んでみてくれ」
コップに液体を注ぎ、二人に渡す。どうやらキンキンに冷えているようだ。
「い、いただきます」
泡立つ液体を初めて見たのか、チャトが恐る恐るソーダを口に含む。
「んに、何これ。口の中がしゅわしゅわする」
「不思議な喉ごしです」
「どれ、俺も……。んっ?」
これは……ただの炭酸水だな。
「……メロンシロップの注入をはじめろん」
……。
駄目か。シロップの部分もダジャレに含めないと魔法は発動しないようだ。うーん、ならば別の言い方はないだろうか。
「メロンの
そう言うと、右手に『氷蜜 メロン味』と書かれた容器が現れた。やったぞ。
「二人とも、ちょっとコップを出してくれ」
外装フィルムをはがし、差し出されたコップの中に緑色の蜜を注ぎ込む。
「さあ、飲んでみてくれ」
「う、うん。いただきます」
二人同時に、クイっと中の液体を飲む。
「なっ……なにこれ! すっごくおいしい!」
「……甘くてしゅわしゅわ」
「ふふ、気に入ったかい。これはメロンソーダという飲み物さ」
「おかわりちょうだい!」
「ああ、どんどん飲んでくれ」
すごい勢いで炭酸水と蜜が減っていく。二人とも甘いものが好きみたいだな。
「んくっ、んくっ、ぷはーっ、たまんないねえ」
「ごきゅっ、ごきゅっ……ふぅ」
妙に男らしい飲み込み音をレキスが響かせている。なんにせよ、二人とも喜んでくれたようでよかった。しかし、あまりガブガブ飲みすぎると……。
「れーいち、もう一杯っ……けぷっ」
「……炭酸飲料は、飲むとゲップが出やすくなるんだ」
「ええっ、恥ずかしいなぁ……けぷっ」
「まあ、しばらくしたらおさまるよ」
「ゴフェァァ……」
レキスの口から、普段の声からは想像できないようなゲップが漏れる。何事かと、俺とチャトが同時にレキスの方を見る。
「……見ないでください」
レキスの耳がしおしおと垂れ下がっていく。どうやら本人も恥ずかしかったらしい。
「れーいちの居た世界には、こんなおいしい飲み物があるんだね」
「ああ、本当はアイスも乗せたらもっとおいしく……」
そう言いかけた時だった。チャトの背後から、ボコッという音が響く。
「ん? 何の音だ?」
「……生理現象ですか。ゴフッ」
「ちち、違うよ! あたし何も……けぷっ」
何か嫌な予感がする。
「チャト、こっちに……」
その瞬間、チャトの背後の土が盛り上がったかと思うと、地面を突き破り、巨大な何かが現れた。
「にゃーーーっ!」
地中から現れたそれは、全長三メートルくらいの大きさで何十本もオレンジ色の足がついており、黒光りした硬そうな表皮で覆われている。刃物のような口をギチギチと鳴らすそれは、言うなれば巨大なムカデであった。
「チャトさん、危険です。こちらへ……ゴェア」
「や、やるかこのー!……けぷ」
駄目だ、聞こえてない。チャトは拳を構えると、そのまま前に突き出した。ムカデの腹にヒットしたように見えたが、体をくねらせ衝撃を消されてしまう。
「チャト! こっちにくるんだ!!」
「にゃはーっ!」
ムカデの噛みつき攻撃をかわすと、飛ぶような勢いでチャトがこちらに戻ってくる。
「大丈夫か?」
「うん、平気。うう、怖かったよぉ」
「あれはデムーカという魔物です。毒を持っているので近づかない方がいいでしょう。それに、打撃系の攻撃にはめっぽう強いです」
「弱点はあるのか?」
「デムーカは熱に弱いです。つまり火属性ですね」
「また火か……」
火に関するダジャレを考えようとしたが、レキスに手で制止される。
「私がやってみます」
「どうするんだ?」
レキスは一歩前に出ると、右手をデムーカにかざし、呪文を唱え始める。
「ウロヤノコ・レバタクテ・レマツツニ・オノホ」
詠唱が終わると共に、レキスの前にバスケットボール程の大きさの火の玉が現れ、一直線にデムーカに向かって飛んで行く。
火の玉がデムーカに当たると、全身に炎が燃え広がり、苦しそうに体をくねらせながら地面をのたうち回る。やがて炎は消えたが、デムーカがよろけながら体を起こし、まだこちらに向かって来ようとしている。
「すごいな、攻撃魔法も使えるのか。しかし、効いてない、のか?」
「いえ、ダメージはあるのでこれを数回繰り返せば……」
その時、背後からボコッと嫌な音が聞こえてくる。
「あ、あたしじゃないよ!」
「わかってる。マズいな、これは」
音は一回だけではなく、二回、三回と追加されていく。とうとう俺たちは四匹のデムーカに取り囲まれてしまった。
「……大ピンチですね」
「に、逃げよう」
「私とチャトさんの足なら逃げられるかもしれません。ですが……」
チラリ、とレキスがこちらを見る。
「……だじや氏。短い間でしたが、お世話になりました」
「ああ。俺も、楽しかったよ。ありがとう、二人とも……さあ、行ってくれ」
「え……やだよ。あたし、れーいちを置いていけないよ」
「冗談です。見損なわないでください」
「え、冗談だったの?」
「てっきり本気かと……」
俺とチャトがそう言うと、ほんのわずかだがレキスが悲し気な表情になった気がする。こちらも冗談のつもりだったのだが、言われるのは苦手なのかもしれない。今後は気を付けよう……今後があればの話だが。
「わわわ、こっちにむかってくるよ! どうしよ、どうしよ!」
「……むかって? そうか。二人とも、少し大声を出すぞ」
「え?」
チャトは俺がどうするかわからないようだが、レキスには伝わったらしい。
「張り切ってどうぞ」
すぅーっ……と大きく息を吸い込み……俺は大声で渾身のダジャレを叫んだ。
「ムカデはこっちに……
デムーカの動きかピタリと止まる。そして、わしゃわしゃと足を動かし後ろを向くと、それぞれ別の方向へ地を這いながら走り去って行った。
「……はぁ、なんとかなったか」
「すごいよれーいち。ところでムカデって何?」
「ああ、俺の居た世界では……」
「三分後に戻って来るかもしれません。急いでこの場を離れましょう」
「あ、ああ、そうだったな」
俺たちは急いで荷物をまとめると、足早にその場を去った。
「円から出たら注意です」
「ああ」
「え? どーいうこと? ……あっ、昨日言ってた範囲ってやつか」
「そう。ダジャレ魔法の効果は、俺が唱えた位置から移動しないみたいだからね」
「声の届いた範囲から出た場所に逃げたデムーカがいたら、鉢合わせる可能性があります。気を付けてください」
「う、うん、わかった」
その後、三分以上経ってもデムーカは現れなかったので、どうやら危機は乗り越えたらしい。
しかし、さっきは本当に命の危険を感じたな。少し気が緩んでいたが、この世界は気を抜くとあっさり死んでしまうような場所であることを再確認させられた。
ふんどしを締め直し、俺たちは再びマリソーチの村に向けて歩き出した。ふー、しんど。
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