第57話 スコターディ男爵家からの手紙
「ミルティア様。旦那様がお呼びです」
ある日。唐突にそう告げられた私は。
何が何やら分からぬまま、お屋敷の中にある伯爵様の執務室の中へと、初めて足を踏み入れたのです。
そこは談話室以上に落ち着いた色合いでまとめられた、まさに執務をするためだけのお部屋。余計なものは一切置かれていないところが、それを物語っています。
「よく来てくれたね。まぁ、まずは座って」
促されるまま、伯爵様の向かいのソファに腰を下ろして。
執務室の中に伯爵様と一緒にいらっしゃった男性の使用人が、書類を整理している間に。部屋からついてきてくれていた、私につけていただいた侍女の一人が、紅茶の用意をしてくれました。
「先に伝えておくと、君に何か問題があったとかではないから。そこは安心して欲しい」
私の緊張が伝わったのか、伯爵様はそう微笑みながら告げて。紅茶を一口含みます。
どうやら何か粗相をしてしまったわけではなさそうなので、伯爵様がおっしゃる通りひと安心です。
(けれど、それならなぜ?)
今、私だけを伯爵様はお呼びになったのか。
不思議に思いながらも、私も紅茶を口に含んでのどを潤します。
「実はね。少し前から、手紙がきているんだ。君の、実家から」
「スコターディ男爵家から、ですか?」
初耳です。
そもそもスコターディ男爵家からの手紙の内容が、私に伝えられていないということは。伯爵様とお父様の、当主同士だけのお話だったはず。
それが、なぜ今になって私に伝えられたのか。
もしかしたら、あちらで何か問題が起こっているのでしょうか?
「最初は、こちらだけで処理してしまってもいいのではと思っていたのだけれどね。あとから君に結果だけを伝えるのも、これから家族になるというのに不誠実だなと思い直したんだよ」
そう言って、伯爵様が男性の使用人へと目配せすると。
机の上に置いてあった一通の手紙を手に持って、それを伯爵様へと手渡されました。
「というのもね。今まではスコターディ男爵からしか手紙は来ていなかったのに、今朝はこれも一緒に届いていたんだ」
言葉と共に差し出された手紙を受け取って、宛名の部分を見てみると。そこには確かに、私の名前が書かれていて。
ひっくり返して裏を見ても、スコターディ男爵家の紋章が入った封蝋があるだけ。
「こちらで、中身は事前に確認させてもらっているけれど。君宛である以上、渡さないわけにはいかないからね」
確かに、伯爵様のおっしゃる通りです。
ご当主同士のお話だけで終わるのであれば、私まで手紙を読む必要はありません。
けれどこれは、明らかに私宛。それならば当然、私も内容を知るべきなのでしょう。
「先に言っておくけれど、あまり表には出せない内容だから。読むのはこの部屋でだけでにして、読み終わったあとは私にその手紙を預からせてもらえないかな?」
「もちろんです」
伯爵様がそうおっしゃるのであれば、きっとそういうものなのでしょう。
そもそも私は、手紙を書いたことはおろか、頂いたことすら一度もありませんし。むしろスコターディ男爵家から私宛に手紙が届くなど、想像すらしていませんでしたから。
あまり表には出せない内容、というところが気にはなりますが。それは読んでみれば分かることです。
初めてのことに多少の緊張感を覚えながらも、手紙を取り出して。折りたたまれた紙をそっと開いて、ゆっくりと内容を読み始めました。
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