第40話 お義母様と一緒

「嬉しいわ! ミルティアさんが、私に相談事なんて!」


 …………。おかしい、ですね。

 私は確か、お時間をいただける日があるのかご予定を伺って欲しいと、お願いしたはずなのですが。


「ソフォクレス伯爵家の嫁は、社交をする必要が一切ないから。基本的にいつでも好きに時間を使えるのよ」


 という言葉と共に、いい笑顔で自室に現れたお義母様に連れられて。私はいつの間にか、普段の場所よりも少し小さな談話室のイスに座っていました。

 颯爽さっそうと現れ私を連れ去ったそのお姿は、まるでどこかの物語の騎士のようにも見えてしまったのは……。私が考えすぎて、疲れてしまっていたからでしょうか?


「それで? 相談というのは?」


 結局こうしてお義母様と一緒に、談話室で優雅にお茶をしながらご相談させていただくことになったのですが。

 ご迷惑だと思っていたのに、予想に反して大変乗り気なお母様は、終始笑顔のまま。


(これはこれで、ご相談しにくいのは……なぜなのでしょうね?)


 とはいえ、私のためにお時間をいただいているのは事実ですから。

 ここ最近の、不思議な感覚を。今までになかった感情を。正直に、お義母様にお話しすることにしました。


「実はここ数日、自分でもよく分からない感覚におちいることがありまして……」

「うんうん。例えば?」

「急に、嬉しいような、悲しいような。苦しいような、楽しいような。そんな、たくさんの感情が、一気に押し寄せるような」

「なるほど、なるほど」

「マニエス様とお出かけした日のことを思い出すと、そんな感覚に襲われるのですが……。原因が、分からないのです」

「うんうん。…………うん?」


 私の言葉を遮らず、優しい笑顔と眼差しで相槌あいづちを打ってくださっていたお義母様の表情が。その瞬間、笑顔で固まってしまったような気がして。


「……お義母様? どうか、されましたか?」


 気のせいかもしれないとは思ったのですが、微動だにしないそのお姿に、どうしても心配になってしまって。

 おそるおそる声をおかけした私に、お義母様はさらに笑みを深めてこうおっしゃいました。


「マニエスと出かけた日のことを思い出すと、なのよね?」

「はい」


 続けて。


「それ以外の日を思い出すとかは、ないのよね?」

「はい」

「マニエスと出かけている最中のこと、だけよね?」

「はい」


 質問される内容に、私はただ頷くしかありません。

 それが、どんな意味を持つのか。なぜそれを問いかけられているのか。私には、全く分かりませんでしたが。

 少なくともお義母様にとっては、私のこの状態を把握はあくするために重要なことだったのだと思います。


「ちなみに、マニエスの笑顔を思い出したりは……するのかしら?」

「はい」


 その言葉に、ついまた思い出してしまって。


「っ……。……?」


 どう表現すればいいのか分からない私は、胸に手をあてて。けれど何も言えずに、ただただお義母様を見つめるしかできませんでした。

 きっとその時の私の表情は、困惑と助けを求めるような。そんな表現しにくいものだったのでしょう。

 事実、お義母様が少しだけ困ったような笑みを浮かべて。


「あらあら、まぁまぁ。なるほどね、うんうん。……さて、どうしましょうかねぇ?」


 なんて、首をかしげてしまわれたのですから。


「その……。お義母様にも、分かりませんか?」

「分かるか分からないかと聞かれると、少し困ってしまうわ」


 その言葉に、ついに申し訳なさの限界を突破してしまった私は。思わず、謝罪の言葉を口にしようとして。

 けれどそれよりも先に、お義母様がさらに言葉を続けました。


「原因は分かったのだけれど、私の口からそれを言うわけにはいかないのよ」

「…………? どうして、ですか?」

「そう、ねぇ……」


 う~~ん、と本気で困ったように唸っているお義母様の言葉の意味が、私には本気で理解できなくて。

 そもそも原因が分かったのに、口にしてはいけないというのは……。一体、なぜなのでしょうか?


「ミルティアさんのその感情の答えは、自分で見つけてあげないと意味がないの」

「自分で、見つけてあげる……?」

「私が今その答えを口にしてしまっても、きっと本当の意味で貴女が理解できるわけじゃないわ」


 答えを知っていても、理解できない?

 私のつたない言葉だけで原因を探り当てられるお義母様に、素直に尊敬の念を抱くのと同時に。教えていただけないもどかしさも、胸の内に生まれてしまいました。

 けれど。


「意地悪で言っているわけじゃなくて、単純に言葉として理解するだけでは足りないからなのよ。特に貴女のそれは、感情に関することだから」


 まるで、本当のお母様のように。いつくしむようなその言葉と共に、そっと頭を撫でてくださるその手つきは。


(あたたかい……)


 どこまでもどこまでも、ひたすらに優しくて。

 だからこそ、分かってしまったのです。お義母様が、本気でそうおっしゃっているのだということを。


「見つけてあげて? 大丈夫。ミルティアさんなら、きっとできるわ」

「……はい」


 謎は増えるばかりではありますが。少なくともお義母様が、その原因にすぐに対処すべきとおっしゃらないのであれば。

 私はもう少し、ゆっくり答えを探していてもいいのかもしれません。


(解決は、していませんけれど)


 それでも少しだけ心が軽くなった気がするのは、きっと気のせいではないはずです。





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