第31話 純粋な怒り -マニエス視点-

 それは、僕が初めて感じた純粋な怒りだった。



 僕の占いのせいで、ミルティア嬢を巻き込んでしまったと。家族から引き離してしまったと。ずっと、気にしていた。

 『嫁取りの占い』を肯定しているわけじゃないことは、前に話したけれど。そんなことを彼女に直接言うなんて、許しを得ようとする身勝手な行為だと思っていた。

 だからこそ、そのことには今まで触れてこなかったのに。


「君を選ぶに決まってるだろう!!」


 言葉遣いも何もかも忘れて、そう叫んだ僕は。この時初めて、彼女の家族について今まで触れてこなくてよかったと思うのと同時に。

 『嫁取りの占い』の結果、彼女がこの家に来てくれて、本当によかったと。心から、思った。


「むしろなんだそれは! ふざけているのか!? 何が役立たずだ!!」


 だけど、僕の怒りはどうしても収まらなくて。


「男に生まれなかったから役立たず!? 世の令嬢を馬鹿にしているのか!? 自室から出ることを禁じる!? 娘に変わりはないだろう!!」


 そもそも姉妹で扱いを全く変えてしまうという、スコターディ男爵家の考えが理解できなかった。

 だって、いくら資産がないとはいえ。聞いてる限りだと、ミルティア嬢はいないものとして扱われていたようにしか思えなくて。

 それなのに。


「君はどうしてそんなに冷静でいられる!? もっと怒っていいだろう! 悲しんでいいだろう! 当然のように受け入れる必要なんてないじゃないか!!」


 その状況を当然のように。まるで資産がないから仕方がないことだと受け入れてしまっている、彼女自身に対しても腹が立って。

 身勝手だって分かってる。彼女にまでそれを向けるのは、見当違いなんだって。


 でも……。


 僕は話を聞いているだけなのに、悔しくて悲しくて。こんなにも怒りを覚えたのに。

 どうして当の本人が、それを何とも思っていないのか。

 彼女はもっと、怒ってもいいはずなのに。


「君がどう思っているのかは知らない。だがよく分かった。『嫁取りの占い』で君が我が家に来たことは、結果的に正解だった」


 ただ一つだけ、ハッキリしたことは。

 『嫁取りの占い』は、確かに正しかったということ。


(だからか……! だから父上も母上も、ずっと占いの結果を否定してこなかったのか……!)


 きっと、父上は知っていた。詳細は分からなかったとしても、彼女が我が家に来た時の姿を見て、何かを察していたんだ。

 そしてそれは、母上も同じ。


(それなのに、僕だけがそのことに気付いていなかった)


 不自然だとは思っていた。けれど、スコターディ男爵家が貧しい家柄だということも、知っていたから。

 だからきっと、今までは満足に食べることができなかったのだろうと。勝手にそう、解釈していたけど。


(真実はもっと、残酷だった)


 きっと彼女は、そういう人生しか知らなかったから。だから、これがおかしなことだと気付いていなかった。

 今もまだ、どうして僕が怒っているのかも理解していないかもしれない。


 そこまで考えて、ふと。

 いったん冷静になろうと座り直して、すっかり冷めきってしまった紅茶を一気に呷って――。


 気付いた。


「…………っ……!」


 こちらを見つめている、青い瞳の視線に。


「す、すまないっ、そのっ……。あ、いや、すみませんっ……ちょっと、興奮しすぎてっ……」


 一瞬、城内での対外的な振る舞いになってしまって。

 そのあとすぐに、言い直しはしたけれど。


(動揺しすぎ……! というかむしろ、さっきまで僕は女性に対して、何ていう言い方を……!)


 一人自己嫌悪におちいって、恥ずかしさと申し訳なさから顔をあげられない僕に。


「謝らないでください。それに、普段通りのマニエス様で構いませんから」


 かけられた言葉は、ただただ優しくて。


「私はまだまだ、マニエス様のことを知りません」


 そして同時に、ひたすらに純粋だった。


「ですからまずは、マニエス様の普段を、教えていただけませんか?」

「っ!!」


 その言葉が、どれだけ嬉しかったのか。

 この家の人間以外が、僕を知りたいと思ってくれることが、どれだけ貴重なことなのか。

 きっと彼女は、知らないから。


(だからきっと、そう言ってくれるんだ)


 何も知らない、純粋な彼女だからこそ。出てきた言葉、だったはず。

 だけど。


(全部が全部、このままでいいとは)


 僕には、思えない。

 むしろ今まで経験できなかった分、これからたくさんのことを経験していって欲しいと思ってる。

 そのためなら、僕は何でもするから。

 だから街歩きの提案をしたのだって、まずはその第一歩としてだった。


 だけど。


 この時点で、すでに彼女に惹かれ始めていたことに。

 僕は全く、気が付いていなかったんだ。





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