第27話 真実を

「ミルティア嬢は、欲のない方ですね」

「欲、ですか?」


 それは、食べたいとか眠たいとか、そういうことでしょうか?

 もしそうなら、私に欲がないとは言えないと思うのですが。


「我が家の占いを必要とするのは、その人物に強い欲求があるからです」


 どうやら私の考えているそれとは、ずいぶん内容が違ったようです。

 マニエス様のどこかを見つめる視線が、その表情が。どこか呆れたような、けれど何かを諦めているような。そんな風に、私には見えました。


「権力を得たい、大金を得たい、政敵せいてきを出し抜きたい。そんなことばかりなんです。我が家の占いの使用先は」


 それはきっと、先ほどの私からの質問への答え。

 けれどその内容はきっと、マニエス様にとっては嬉しくないものなのでしょう。


「時折、ご令嬢の縁談を占うこともありますが。純粋に娘の幸せを願っている親と、権力を得るために娘を利用したい親とでは、選び取る結果が真逆になることもあります」


 家同士のつながりが、必ずしも嫁ぐ女性の幸せになるとは限らない。それでもあえてそれを選び取る親は、娘の幸せなど欠片も考えていない。

 そう語るマニエス様は、きっと今までそういう姿を何度も見てきたのでしょう。

 そして。


「僕の出した占いの結果が、誰かを不幸にすることもあるのだと……改めて、一人前の占い師として仕事をして、思いました」


 後悔、とは少し違う気がします。

 けれどどこかで、何かが引っかかったような。後味の悪さを感じながら、今もお仕事をされているような気がして。


(私は……)


 役立たずですから。マニエス様に何かをして差し上げられるなんて、そんな烏滸おこがましいことは考えておりません。

 ですが。


「けれど同時に、マニエス様の占いのおかげで救われた方もいらっしゃると思います。私のように」


 少なくとも私も、スコターディ男爵家も。マニエス様の『嫁取りの占い』に救われたのです。

 きっと今頃、一人分養わなくて済むようになった男爵家は、多少なりとも楽になっているはずなのですから。


「……貴女は、前にもそう言ってくれましたね」

「真実ですから」


 そう、真実なのです。それは、紛れもない。

 けれど。


(本当の意味で真実をお伝えするべき時は、今なのかもしれませんね)


 結婚適齢期まで、あと一年となってからひと月。

 このひと月の間、色々と考えていました。


 そもそも本当に私が、ソフォクレス伯爵家に嫁入りしていいのか、と。


 国内唯一の、占い師一家。

 権力を持ちすぎないために、あえて伯爵位のままを選んでいらっしゃるのだと。ついこの間、お義母様がこっそりと教えてくださいました。

 そんなソフォクレス伯爵家の嫡男。次期当主となられるマニエス様の、婚約者。

 まだ準備が終わっていないとのことで、正式決定しているわけではないのですが。

 だからこそ、思ってしまうのです。


 役立たずの私がお相手で、本当に間違いないのか、と。


 もしかしたらヴァネッサお姉様のほうが、ずっと相応ふさわしいのではないかと。どうしても考えてしまうのです。

 『嫁取りの占い』の結果は、スコターディ男爵家からソフォクレス伯爵家への嫁入り。そこに相手は指定されていなかったのであれば……。


(今こそ本当のことをお話しして、改めてマニエス様に選んでいただくべきなのかもしれません)


 本当に、役立たずの私でいいのか。

 判断を下す資格をお持ちなのは、マニエス様ただお一人だけなのですから。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る