第26話 ガゼボにて

 結局あのあと、しばらくの間天気が荒れてしまっていて。

 ガゼボにて二人でお茶を、というのは、マニエス様のお仕事の関係もあって、ひと月もあとのことになってしまいました。

 けれど逆にそれが功を奏したのか、お庭はところどころあたたかな息吹いぶき

を感じさせる色を宿していて。

 特にガゼボから見える範囲には、赤や白や黄色といった色とりどりの花たちが、ふわりとその姿を風に揺らしていました。


「寒くないですか?」

「はい。紅茶も温かいので、全く寒さは感じません」


 実際今日は、とてもあたたかくて。

 屋根のあるガゼボの中だからこそ、まだいいのですが。これがテラスだったら、今頃あたたかすぎる日差しにウトウトしていた気がします。


「すみません。僕のほうから提案したのに、こんなに遅くなってしまって」


 マニエス様は、ずっとそのことを気にしていらしたのか。申し訳なさそうな表情で、頭を下げながらそうおっしゃったのですが。

 私としては、むしろ全く気にしていなかったことだったのです。


「どうか頭をお上げください……! お仕事がお忙しかったのは存じ上げておりますし、それはマニエス様の責任ではありませんから……!」

「ミルティア嬢……」

「それにほら、見てください。今の時期だからこそ、楽しめる花たちが増えたのですから。結果として、良いほうに向いたと思いませんか?」


 ひと月前では、こんなにも色とりどりの花たちを楽しむことはできませんでした。何より、こんなにもあたたかい日はなかったと思うのです。

 そう考えれば、むしろひと月伸びたことはよかったのではないかと。慰(なぐさ)めでも何でもなく、本心から私は考えていました。


「……ありがとうございます」


 そんな私の思いが伝わったのか、そこでようやく完全に頭を上げて。こちらを真っ直ぐ見てくださったマニエス様。

 久しぶりの二人での時間に、少し緊張しているのかもしれません。優しさを宿したその柔らかな金の瞳を、私は同じように真っ直ぐ見つめ返すことができなくて。

 そっと手元のカップを手に取って。誤魔化すように、ゆっくりと紅茶を喉の奥に流し込みました。


「例年通りであれば、もうそろそろ一度落ち着く頃だとは思いますが……。なにぶん、初仕事の年ですので。まだあまり手際よくできなくて、父上よりも時間がかかってしまっているんです」


 少しだけ恥ずかしそうに、そう話してくださるマニエス様は。けれど立派に、占い師としてのお仕事をされているのです。

 初仕事の年だとおっしゃっていますけれど、実際にお仕事を受ける量は伯爵様と変わりありませんから。それだけでもすごいことだと、私は思うのです。


「そういえば、普段はお仕事でどんなことを占っていらっしゃるのですか?」


 ふと、疑問に思ったことを口にしてみたのですが。

 考えてみれば私は、この占いというもの自体どんなことができて、どんな風にするものなのかすら知りません。

 だから先に聞くべきはお仕事の依頼内容ではなく、その方法だったかもしれないと反省しました。

 が。


「我が家の占いは、おもに生み出した炎の中に浮かび上がる結果を読み解くものなのですが……」


 なんとマニエス様は、実際に目の前で実践してみせてくださるようで。


「何か、占いたいことはありますか?」


 両手の中に、青い炎を生み出して。そう問いかけてくださるマニエス様。

 それに対して、私は……。


「え、っと……」


 困りました。占ってほしい内容が、何も思い浮かびません。

 今日の夕食の内容? そんなものを占って、どうするというのでしょう。

 お庭の花たちの見頃? それこそ、毎年のことから推測は可能でしょうし。


「……あ、明日の天気、とか?」


 う~んと頭を悩ませて考え抜いた答えがこれとは、自分のことながら恥ずかしくてマニエス様を直視できませんが。

 それくらい、何も思い浮かばなかったのです。


「あはは! いいですね! 確かにそれは、誰にも予測ができませんからね!」


 けれどマニエス様は、なぜか嬉しそうにそうおっしゃって。


「では、占ってみましょうか」


 真剣に、青い炎を見つめ始めました。

 その瞬間、金の瞳が輝き出したように見えたのですが……。


「今日と同じ気持ちの良い晴れ、ですね」


 ほんの一瞬のことだったので、もしかしたら私の勘違いか。もしくは見間違いだったのかもしれませんね。






―――ちょっとしたあとがき―――



 まだ、正確な天気予報ができない世界です。





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