第14話 身の丈に合わない

 豪華すぎるお部屋に、緊張しすぎて眠れない。……なんてことは、なく。

 たったの一日で色々とありすぎて、知らず知らずのうちに疲れていたようです。ぐっすりと眠ってしまいました。


「……柔らかいベッドで眠るなんて、とても贅沢ですね」


 十六年間生きてきて、環境が変わることなどほとんどない生活をしていましたから。

 スコターディ男爵家は、私どころかヴァネッサお姉様が生まれるよりも前から、かなりの貧乏だったらしいのです。

 お母様や使用人たちの話からすると、先代の男爵夫人が浪費家だったとか。

 男爵家にお母様が嫁がれたときには、ここまで貧乏ではなかったと嘆いていらっしゃいましたので。おそらく一代で、かなりの金額を使い込んでしまわれたのでしょうね。

 気が付いた時には、取り返しがつかないことになっていたのでしょう。こればかりは、仕方がありません。


「それに比べて……」


 柔らかいベッドに、暖かなお部屋。豪華なお食事にお風呂と。それはもう、私どころかお母様やお姉様も経験したことがないようなことが、次々と出てくる伯爵家は。


「本当に、すごいですね」


 ここまで至れり尽くせりだと、逆に私の身の丈に合わなくて不安になります。

 こんなにも素晴らしい体験をしているのが役立たずの私で、本当にいいのでしょうか?

 いつもと同じように聞こえてくる鳥のさえずりが、なんだか今日は特別に感じてしまうのです。


「それにしても……。どうしましょう?」


 今までであれば、服を着替える必要性はなかったのですが。

 昨夜、初めての湯浴み後に侍女の皆さんの手で着せられたのは、明らかに質の高い布を使われている服だったのです。

 ネグリジェ、というものらしいのですが……。軽くて薄くて、なんだかフワフワしていて。

 さすがにこれでお屋敷の中を歩き回るわけにはいかないと、初めての私でも理解できました。


 問題は、着替えるための服がないことです。


 そもそも私は、ヴァネッサお姉様のドレスを着てソフォクレス伯爵家にやってきたわけですが。

 そのほかの持ち物は、何一つありません。

 つまり着替えの服すら、持ち合わせていないということなのです。


「…………。考えていても仕方がありませんし、まずはお部屋の中に日の光を入れましょうか」


 穴一つない重厚なカーテンを開けると、うっすらと部屋の中に差し込んできていただけだった光が、その姿を現します。

 けれど同時に、真っ白な薄いカーテンがもう一つ。


「あら……?」


 目が眩しさに耐えきれないと思って、少し目を細めていたのですが。その必要はなかったみたいです。

 それにしても、この薄いカーテンはなんでしょうか? これも同じように、開けてしまっても大丈夫なものなのでしょうか?

 初めてのことでどうしていいのか分からず、その場で立ち尽くしてしまっていた私は。


「おはようございます、ミルティア様」


 声をかけられるまで、扉が開いた音にすら気付けていませんでした。


「おはようございます」


 急いで振り返って頭を下げたのですが、侍女の方の表情はどこか優れません。

 どうしたのかと、問いかけようとした瞬間。


「申し訳ございません。ミルティア様のお手をわずらわせてしまいました」


 と、なぜか謝罪されてしまったのです。

 しかもしっかりと腰を折って、頭を下げてまで。


「!? ど、どうされたのですか!?」


 急いで駆け寄って、頭を上げてもらおうとしたのですが。

 続けられた言葉に固まってしまって、私はしばらく動けなくなってしまいました。


「お目覚めになっていることに気が付かなかったばかりか、仕えるべき主に雑務までさせてしまうなど。私は侍女失格です」


 それはつまり、私の勝手な判断と行動のせいで、彼女が職務をまっとうできなかったということに他ならなかったのです。

 これは明らかに私の落ち度でした。彼女に一つとして非はなく、私の無知ゆえの失態だったのですから。

 けれど。


「より優秀な者をミルティア様の侍女としていただけるよう、一度侍女頭に相談をさせていただきます」


 どうやら私が悪かったので、では済まなそうな雰囲気に。驚きのあまり動けなくなっている、などとは言えない状況になってきていると、ようやく気付きました。


「ま、待ってください……!」

「ご心配には及びません。他の者と交代して、ミルティア様にご迷惑はおかけいたしませんので」

「そうではないのですっ……! すみません! 私が勝手な行動を取ったからいけなかったのです! ですからどうか! 行かないでください!」

「……よろしいのですか?」


 必死の呼びかけに、ようやく顔を上げてくれた彼女に私は。


「もちろんです! 問題なんてありませんから! むしろどうすればいいのか、私に教えてください!」


 まだ必死なまま、そう頼み込んだのです。

 そもそも私が何も知らないままだから、大問題になるところだったのですから。

 つまり、今後どうすればいいのかを私自身が知れば、きっとこんなことは二度と起こらないはずなのです。


「私も含め、侍女の誰か一人は必ず扉の向こうに控えておりますので。お声がけいただくか、サイドテーブルのベルを鳴らしていただければ、すぐにでも参ります」


 なるほど。そうすればよかったのですね。

 これだけは、忘れないようにしましょう。


「ありがとうございます。次回からそうしますね」


 それにしても、やはり身の丈に合わない気がするのですが……。

 なんだか偉そうですよね。人を呼びつけるという行為自体が。

 とはいえ、そうは言っていられないといいますか。むしろ積極的にやらなければ、侍女の皆様方が困ってしまわれるのだということが、身に染みて理解できましたので。


「ところで、着替えをしたいのですが……」

「すぐに洗顔用のお水と、お召し物をお持ちいたします」


 とりあえず話題を変えるためにも、お願いをしてみたのですが。

 素早い動きで向こうのお部屋へと消えていったのと同時に、今度は別の侍女の方が寝室へと入ってきて。


「おはようございます、ミルティア様」

「おはようございます」


 挨拶を交わすと、すぐにカーテンを開けてくださいました。

 白くて薄いカーテンも、どうやら一緒に開けてよかったようなのですが。おそらく私は、今後二度とカーテンに触れることはないのでしょう。





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