第3話 いらない子

 その日は本当に、唐突に訪れました。


「喜びなさい! 『役立たず』が唯一役に立てる日がきたわ!」


 勢いよく扉を開けて入ってきたのは、ヴァネッサお姉様。

 私よりも二つ年上のお姉様は、お気に入りだと言っていたオレンジ色のドレスを着て、お母様譲りの紅茶色の髪をサッと後ろに流してみせました。

 そのお姿は、とても自信に満ち溢れていて。

 うっすらと窓に映る自分の顔しか見たことがないので、詳細は分かりませんが。こんなに堂々と立つお姉様と私が、同じ瞳の色をしているなんて信じられません。

 きっとお姉様のほうが、私よりもずっと綺麗な青色をしていることでしょう。


「……私が、お役に立てるのですか?」

「そうよ」


 答えてくださったのは、ヴァネッサお姉様の後ろから現れたお母様でした。


「我が家から、ソフォクレス伯爵家へ娘を嫁がせろという王命が下ったの」

「王命……」


 教わった中にあった言葉なので、意味は分かるのですが。まさか自分がその当事者になる日が来るとは、思いもしませんでした。

 紅茶の色だと教わった髪を、お母様はお姉様とは対照的に鬱陶うっとうしそうに後ろに払って。痩せてギョロリとしてしまっている瞳を、私に向けるのです。


「可愛いヴァネッサを嫁がせるわけにはいかないのだから、いらない子のお前が行きなさい」


 ヴァネッサお姉様は、スコターディ男爵家を継ぐための教育を受けてきています。そのために夜会にも参加して、相応しい方を探しているのですから。

 そのお姉様を嫁がせるわけにはいかないのは、当然のことです。スコターディ男爵家が潰れてしまいます。

 お母様がおっしゃる通り、この家にとっていらない子の私が適任なのでしょう。


「支度など必要ないだろ? 着替えだけ済ませて、迎えに来る馬車に乗ればいい」


 一番後ろにいたお父様は、白髪交じりのミルクティー色の髪を撫でつけながら。面倒くさそうに、そう言い放ちました。

 私を一切、見ることもなく。


「あぁ、あなた! これでようやく、少しはマシな暮らしができますわね!」

「本当にな。『役立たず』でも、最後にようやく役に立ってくれて助かった」

「すぐにソフォクレス伯爵家に差し出す代わりに、褒章ほうしょうを用意してくださるなんて!」

「ただの占いしかできない一家だと思っていたが。まさか我が家にとって、これほど価値のある占いをするとは、思ってもみなかった」


 嬉しそうなお父様とお母様の会話から察するに、私がソフォクレス伯爵家に行くことで生活が少し楽になる、ということでしょうか?

 私ほどではないとはいえ、お二人とも痩せてしまっていますし。少しでも健康になっていただけるのなら、私も出ていく甲斐があるというものです。


「いらない『役立たず』を手放せば、生活が潤うなんて!」

「即座に王命を聞き入れた家として、社交界でも有名になれるだろう」

「そうなれば、可愛いヴァネッサの婿候補もすぐに見つかりますわね!」


 すでにお二人の頭の中は、未来のことでいっぱいのようでした。

 そんな中、そっと私に近づいてきたヴァネッサお姉様は。


「最後にいいことを教えてあげる」


 そう、前置いて。


「あなたが嫁ぐ予定の婚約相手は、老人のような白髪の男性らしいわ」


 親切に、教えてくださったのです。


「かわいそうにねぇ。結婚できる年齢になるまで、あと二年もあるのに。そんな方と婚約しないといけないなんて」


 この国では、男女ともに結婚できるのは十八歳から。まだ十六の私には、すぐに嫁ぐことは不可能なのです。

 そういう意味合いでは、今回早めに相手方のお屋敷へ行って、婚約期間中に嫁ぎ先での花嫁修業を終わらせる、ということなのだと思います。

 お相手を選べないのは、当然のことだと教えられていますから。せめて粗相(そそう)のないようにと、願うばかりです。


「まぁ、せいぜい頑張りなさい?」


 お姉様が珍しく私に笑顔を向けてくださったのに、答える暇もなく部屋を出て行ってしまわれて。お父様とお母様も、そのすぐ後をついていき。

 扉が、閉められました。


 この家にとって私がいらない存在だということは、認識していたのですが。

 突然の静寂と。お父様に至っては、最後まで視界にすら入れてくださらなかったという事実に。少しだけ、寂しいと思ってしまうのは。


「間違っているのでしょうか……?」


 私の問いかけに対する答えは、永遠に返ってくることはないのです。





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