第2話 役立たず

 このお部屋の中と、窓の外に見える景色だけが、私の世界の全てでした。

 外出することはもちろん、お屋敷の中を勝手に歩き回ることも禁止。

 幼い頃に一度だけ、どうしても喉が渇いて仕方がなくてお部屋を出た時には、お父様にもお母様にもすごい勢いで怒られてしまいました。


「それもこれも、私が……」


 役立たずだから。

 本当は男の子が欲しかったのに、女として生まれてきてしまったから。


 家庭教師を二人分雇うお金はないからと、必要最低限のことは女性の使用人や男性の使用人、そして本当に時折、お母様から教わりました。

 文字の読み書き、簡単な数字の計算、基礎的な刺繍のやり方にダンス。お母様からは社交界について。

 それもこれも全部、将来私を貴族の後妻もしくは商人の妻として嫁がせるため。それが唯一、私がスコターディ男爵家のために役に立てる方法だから。


 澄み切った青い空に、真っ白な雲が流れていく様を眺めながら。どうしてか今日は、そんなことを思い出します。

 貧乏なのが悪い、と。時折お父様やお母様が怒っている声が聞こえてくるので、きっと本当に我が家は貧しいのでしょう。

 だって。


「……これだけ、ですもの」


 少し前に扉が開いた音がしたので、きっと使用人の誰かが昼食を置いてくれたのでしょうけれど。

 振り返った先。色もデザインもちぐはぐな、一人用のテーブルとイスがある場所を見れば。小さなパンが一つと、細かな野菜だけのスープが一杯。

 これが私の、普段の食事。


「私にまで回すお金の余裕は、ないはずですよね」


 そもそもこのお部屋の家具は、全てヴァネッサお姉様のおさがり。

 だからベッドも、テーブルもイスも、少しだけ古いのです。使えないほどではないのですが。

 そして食事も、お父様やお母様、お姉様は食堂で、私とは別のメニューを召し上がっているそうです。親切な女性の使用人が教えてくれました。


「でも、当然ですから」


 私とは違って、夜会に参加しなければならないのに。私のように痩せ細った状態では、見栄えが悪くてあなどられてしまうそうですから。

 特にお姉様は、スコターディ男爵家に迎え入れるのに相応ふさわしい男性を探さなければならないので、誰よりも見た目に気を付けなければならないのです。

 そのためにお父様やお母様すら、食事の量を我慢なさっていて。私ほどではなくても、お二人ともお姉様よりは確実に痩せていらっしゃいます。


「お腹は、すきますが」


 食べられるだけ、ありがたいです。本当にお金がない時は、一日食事がない時もありますし。

 でも仕方がないのです。貧乏なのですから。

 それに、女として生まれてきてしまった役立たずの私を、どこかに放り出したりせず育ててくださっている。それだけでも、ありがたいのです。


 すっかり冷めてしまったスープに、硬くなってしまったパンを小さくちぎってから浸して。ゆっくりと口の中で噛みしめながら、食事を進めます。

 よく噛んでいれば、同じ量でも満足感が高いことを早いうちに発見できたのは。十六年間生きてきた私にとって、とても大きなことでした。


「早く、見つかりますように」


 私が嫁ぐべきお相手が。

 この家に長くいては、お邪魔になってしまいますから。私のいるべき場所は、ここではないのです。


 そう、祈るように星空を見上げていた私の願いが。思っていたよりも、早く叶うことになるのを。

 この時の私はまだ、知る由もありませんでした。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る