Bad Habits (悪習)
Previously on KOUJI
前回までのコウジは……
何度も期待させて消毒のみの診察。
愛しのコウジはズルい男。(歯医者)
東野幸治似だが先生の本名もコウジと判明。
お高めの最新レーザーで消毒してドヤるコウジ。
希望を打ち砕く長めの治療とレントゲン。
先送りの本歯被せ。
コウジの所に行く為に上着に入れた財布を忘れ、ドラッグストアで恥をかき、コウジを呪う。
唐揚げの鶏皮を齧ったせいで仮歯が取れ、コウジの元へ走るも、歯科助手の女性と受付嬢に軽くあしらわれ、次の予約日まで涙を呑んで耐える。
今日こそ終わりだと意気込むものの、土台作りと型取りだけだと知り、軽く絶望する。
❈❈❈
夕飯の席でポツリと呟いた。
「明日歯医者。明日こそ終わり」
「終わらないね」
「フラグだね」
箸を止めずに子供たちが間髪入れずツッコむ。なんてこと。野菜炒めの肉多めにしてあげたのに。少しは母を慰めてくれてもいいのではないだろうか。
嫌な予感に震えた私の脳内に、エド・シーランの「Bad Habits (悪習)」が響く。薬物依存とそこからの脱却、出会えた「君」への感謝と愛を歌う曲だ。
まるでKOUJIと私の関係を示唆するような (何もない)、哀切を帯びながらも明るい未来を予測させる曲調。
翌朝、昨晩の冷たい雨が嘘のように空は晴れ渡り、エドの歌に勇気づけられた私は、遠くに見える飛行機の軌跡を眩しく眺めた。
『今日歯医者』
某SNSで呟くと、優しいフォロワーさんが投稿に「いいね」を押してくれ、励ましのコメントが届く。嬉しい。まるで
どうでもいいが、青い鳥が某イー〇ンマスク氏に代替わりして黒いバッテンになってから使いにくくて仕方ない。
みんなの投稿に「いいね」を押したくても、少し目を離した隙に話題が光速でタイムラインを流れ去ってしまう。
まるで私とKOUJIの関係 (何もない)のように、掴めない愛に似ている。
期待を胸に3番の診察室に入り、診察台に座る。今日は1番じゃないのね。いつも目の前の壁には、季節ごとのウォールアートシールが貼ってある。ああ、1番はまだ「ひな祭り」だけど、3番は「さくら」。
もう4月になるものね。KOUJI、最後だから私にこれを見せたかったのね。
「それでは土台を削っていきま~す」
楽し気なKOUJI、熟練の彫刻師のような繊細な手つきで操る機械がギュルギュルと音を立て、土台を成形していく。ちょっと手元が狂って歯茎を直撃しても、今日は赦してあげる。
「うがいしてくださいね~。ちょっとお待ちください」
私は、鉄錆くさい口を軽くすすぎながら、大人しく待っていた。すると、離れた所にある事務室の方から声が聞こえて来た。
「えっ、〇番のセメントじゃないの?」
「それ、使っていいやつでした?」
「ああ、あ~、ちょっと確認するね」
「私言いましたよね。△番の方だって」
「あれ?どうだったかな」
KOUJIと歯科助手は何やら口論になりかけている。KOUJIが自信なさげな声で言い訳しながら、パラパラと資料をめくる音が聞こえる。その間も歯科助手の苦言は止まらない。
何?なんなの?私のこと?
いくぶん憔悴した顔つきで戻って来たKOUJIは、嚙み合わせを調べる為に私の口を何度か開閉させる。
「はい、噛んで~。開いて~。噛んで~。開いて~。歯ぎしりして~」
歯ぎしりならいくらでもできるわ。悔しい。私を放置して、他の女との痴話げんかを聞かせるなんて……。
「はい、OKです。土台が完成しましたので、下の歯だけ型を取って、来週歯を被せますね」
「え……はい……」
今日で終わりじゃなかったの……?セメントが駄目だったの?
再びやってきた歯科助手が、金属の型を私の下歯に突っ込み、無情な声で告げる。
「舌を上に『にゅーん』て上げておいてくださ~い」
背後から差し込まれるラテックス手袋の指と型に触れぬよう、舌筋を最大限に駆使して「にゅーん」に耐えること数10秒。顎が鍛えられた。
「お疲れ様でした。また来週」
歯科助手の無情な言葉は続く。もうその台詞は聞き飽きたわ。今日こそ違う言葉を聞きたかったのに。KOUJIは不機嫌な私を振り返りもせず、1番の診察室で老人と世間話をしている。ひどい。
私は悄然としながら受付で会計を済ませ、受付嬢に対峙する。
「来週の水曜日に歯が出来上がってきますから、その日以降でしたらいつでも予約取れます」
それ、先週も聞いたの。全部聞き飽きたの!もう、こんな茶番はたくさんよ!
私は叫び出したいのを堪えて、次の予約を取った。来週こそは……。そんな思いで外に出ると、近くの神社の桜の蕾が膨らみ始めているのが見えた。
そうだ、治療が終わったら、髪を切りに行こう。身も心もスッキリした頃には、きっと美しい桜の花が見られるに違いない。
無事フラグを回収した私は、Bad Habitsを口ずさみながら、家までの道を歩き始めた。
続く(泣)
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