都会のカッコウ
Previously on KOUJI
前回までのコウジは……
何度も期待させて消毒のみの診察。
愛しのコウジはズルい男。(歯医者)
東野幸治似だが先生の本名もコウジと判明。
お高めの最新レーザーで消毒してドヤるコウジ。
希望を打ち砕く長めの治療とレントゲン。
先送りの本歯被せ。
コウジの所に行く為に上着に入れた財布を忘れ、ドラッグストアで恥をかき、コウジを呪う私。
唐揚げの鶏皮を齧ったせいで仮歯が取れ、コウジの元へ走るも、歯科助手の女性と受付嬢に軽くあしらわれ、次の予約日まで涙を呑んで耐える私。
❈❈❈
昨晩の風は、私の千々に乱れた心を代弁するかのように、強く吹き荒れていた。北側の自室は冷え切り、私は寒さに震えながら目を覚ました。
今日はコウジの所へ行く日だわ。
喜びとも哀しみとも言えない感情が胸に渦巻く。私は涙に濡れた枕と布団を乾燥させておこうと、布団乾燥機のスイッチを入れた。
あたたかい……
半分寝惚けていた私は、つい、乾燥機をつけたまま布団に両足を突っ込み、二度寝を決め込んでしまった。ふと、違和感を感じて目を覚ます。足が痛い。パジャマを捲ってよく見ると、脛の皮が低温火傷で直径2cmほどめくれていた。
コウジの元へ行く日は、高確率で足を怪我することが多い。行きたいのに行きたくない。まるで私のアンビバレントな心情を表すようである。(良い子は真似をしてはいけません)
皮がなんだ。今日こそこの関係を終わらせるの。
私は薬を塗って特大の絆創膏を貼り、ひりつく足を引き摺ってコウジの元へと急いだ。受付を済ませ、数分待つと、歯科助手に名前を呼ばれた。
「神経を抜いて消毒して穴を塞いだので、今日は被せ物の土台を作っていきます」
コウジはラミネートコーティングした説明用のリーフレットを見せながら、にこやかに解説する。
なんですって?土台?本歯ではなくて?
初回に同じ紙で説明された記憶はあるが、あの日は痛みに悶え苦しんでいて、それどころではなかった。そうでなくとも説明書は読まない私だ。
呆然とする私の口をガッと開け、仮歯をガガガと削っていくコウジ。
「痛みありますかぁ?」
「あぎげぐ(ないです)」
「大きな音しますけど、頑張ってくださいね」
あなたのその優しさが今は憎い。
私は涙を堪え、組み合わせた指をきつく握りしめた。そして、コウジは私を置き去りに、新たに来た患者の元へ向かう。
「型取りますね~。口を大きく開けてくださ~い」
やってきた歯科助手は、毒々しいピンクのアルギン酸ナトリウム、ビビットグリーンの寒天を塗布した硬い金属の型を無遠慮に突っ込んでくる。
そして背後からラテックス手袋をした左手指の第一関節を私の口に差し込んだまま、固まるまで待つこと2~3分。
私は目の端に映る時計の針を睨み、そのシュールな状況に耐えきったのだ。
「仮の蓋しておきますね。お疲れ様です。また来週」
私は歯科助手の無情な声を聞き、よろよろと立ち上がる。去り際に別の診察台で治療するコウジの背中を哀しく見つめ、優しく老婦人に話しかける彼が心底憎いと思った。(八つ当たり)
歯科医院の外に出た私は、交差点の信号機で鳴くカッコウの電子音声をぼんやりと聞いていた。
都会のカッコウとヒヨドリは視覚障碍者に東西南北を報せてくれる。しかし、愛に迷う私の人生の先を示してはくれないのだ。
つづく
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