われ、マーライオンなり……

 予約、と言っても、痛みがあると言ったらすぐに診てくれた。タレントの東野幸治氏に似た医師が、マスクから見える目だけでニッコリ笑う気配がする。

 私は医師の本名を知らないので、便宜上(心の中で)コウジと呼ぶことにした。


「痛かったらおっしゃってくださいね〜」

「ひぐっ!ぐぇぇ!がはぁっ!」

「あれ?痛いですか?麻酔打ちま〜す」


 しかし、その麻酔も痛い。私は無神論者のくせに、心の中で経とマントラと聖書の言葉を唱え、とにかくありとあらゆる宇宙の神々に祈りを捧げ、落ち着こうとした。


「奥のほう殺菌しま〜す」

「ひぐっ!ぐぇぇ!がはぁっ!」

「あれ?まだ痛い?これ以上麻酔打つと危険ですから、抗生物質投与して様子見ますね〜」


 最初からそうしろよ、と心の中で毒づきながら、なんとか痛みに耐えた私は、よろよろと家にたどり着いた。また来週、あの拷問に耐えねばならぬ。

 しかも先生は「揺り返しで今夜辺り腫れて痛いかもですね〜Hahaha」と悪魔のように笑っていた。


 歯医者とはドSな人間が多いのかもしれない。


 私は悲しみに打ちひしがれ、麻酔で顔の右半分を痺れさせながら、うかつに飲み物を口に含む。

 して、当然、痺れた口からマーライオンの如く液体を吹き出すのであった。


つづく

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る