第46話 それから、これから。
「アルおじちゃーん!」
「リリちゃん、よくぞ無事で」
戦闘終了後、戦域全体に広域治癒魔法を掛けたリリ。
ひざまずいたヴィローから飛び降りて、地上で待ち構えていた伯爵様にダイビングしていた。
「うぉぉ。あ、危ない! 軽いから受け止められたが、無茶はするでないぞ、リリちゃん」
「だってぇ。おじちゃんにもう一度逢えたんだもの。リリ、嬉しくて飛び出しちゃった」
周囲では、騎士のお兄さん方が伯爵様やリリを囲んで大騒ぎをしている。
また共和国の兵士さん達も、少しでもリリに近づこうとはしゃいでいる。
……また、リリのファンクラブ会員が増えたかな。
「あの子、本当に考え無しね。見ていて心配になっちゃうわ」
「それは僕も同意見ですね、エヴァさん」
「しょうがないから、わたしが暴走しない様にこれからも見守るわ。トシ様、貴方もしっかりしてくださいね」
口では困った風だけれども、リリの様子を見て笑顔になっているエヴァさん。
また一人、リリが笑顔を広げた。
僕は、それが嬉しく思えた。
◆ ◇ ◆ ◇
「トシ様、こっちに来てくださいませんか?」
「エヴァおねーちゃん! おにーちゃんを取らないでよぉ。おにーちゃんはリリのだもん!」
ミルクとコーヒー。
スレンダーと豊満。
対照的だけれども、顔がそっくりで姉妹に見える二人。
そんな美少女が、僕を挟んで奪い合う。
「両手に花」ではあるが、とても幸せで大変な時間だ。
「トシ坊、両手に花だねぇ」
「俺、羨ましくなんて無い、無いぞぉ……!」
ヴィローに合体している「パトラム」の操縦席から苦笑しているアカネさんとレオンさんも居る。
【マスター。とりあえず今は飛行中です。お二人に座席から離れない様にお話しくださいませ】
「ということだから、座席から離れないでよね。二人とも」
「はいはい」
「もー、ヴィローのばかぁ」
今、僕たちは飛行中。
ブラフマンとの戦いが終わり事態がひと段落したので、ヴィローのメンテをする為に宙船、マザーさんのところに帰還中だ。
……エヴァさんの健康診断も兼ねてなんだ。リリと違いきちんと起こされたかもわからないし、その後の事もあるしね。
治療院の先生にも見てもらったけれど、リリもエヴァさんも健康らしい以上の事は分からなかった。
マザーさん曰く、二人ともヒトであってヒトでは無いらしい。
これを機会にちゃんと見てもらおうということになった。
「アイツら、ちゃんと行儀よくしているかねぇ」
「多分、未知の技術を前に興奮しっぱなしだとは思いますよ、アカネさん」
マザーさんのところにアカネさんの部下さん達を置きっぱなしになっている。
ちゃんと衣食住の面倒は見るとマザーさんは話していたけれども、未知技術を前にして暴走していないかが心配だ。
……ちゃんとご飯食べているかなぁ。寝るのを忘れて勉強しかねないからねー。
実際、アカネさんはヴィローの改修開始から戦闘終了後まで殆ど寝ていなかった。
流石に戦闘終了後には丸一日は寝ていた。
……でも、起きだしたら今度は戦闘で壊れていたギガスを一気に治すんだからパワフルだねぇ。
【皆様、後数分で到着いたします。ちゃんと座席に身体を固定しててくださいね。特にリリ姫、エヴァ姫はお気をつけて】
「「はーい」」
二人ともほっぺたを膨らませて残念そうな顔なのが面白いと、僕は思った。
◆ ◇ ◆ ◇
「マザーさん、何から何までありがとうございました」
【いえいえ。ちゃんと貴方はリリをここに連れ帰ってくれました。そしてエヴァさんまでも一緒に。もう失われていたのかと思っていましたが、無事で何よりです】
マザーさんがエヴァさんを詳しく診察して分かった結果だが、彼女もリリと同系列の存在。
正式には「ノルニルシリーズ02-エヴァ」というのが製造名らしい。
リリ同様、人類の母として母艦クラスに保存されていたそうだ。
……健康状態には一切問題が無かったのは良かったよ。しかし、もしもの時はリリが母体になって人類を再生するつもりだったなんて、酷い話だし人類の科学は何処まで進歩していたのやら。
【他にもナンバー00、そして03以降もシリーズは存在してたはずですが、残りはどうなっていますでしょうか。生きて幸せでしたらいいのに。さて、今後は二人をどうなさりますか? トシ様】
「リリとエヴァさんを、僕は幸せにしたいと思っています。それは生まれがどうとか、運命がどうとかとは一切関係ないです」
「うん、リリ。おにーちゃんとずっと一緒なの!」
「わ、わたしも他に行く先は無いし、リリちゃんをほおっておけないし……。お、お人好しのトシ様なら……」
リリは満面の笑みで。
エヴァさんは、顔を赤くして伏せ目がちにでも僕の方を見てくれる。
この二人の好意を、僕は絶対に裏切れない。
【分かりました。では、今後とも二人をお願いします。ヴィローも今後もお預けします。パトラムはどうなさりますか? あと、こちらにあるギガスも、お入り用ならどうぞ】
「パトラムは整備も大変ですし、こちらに普段は置かせていただき、緊急時にお借りするので良いですか? それと、こちらにあるギガスは現在の軍事バランスを壊しかねません。今回みたいに人類全体の危機以外は使わない方が良いと思っています」
僕はマザーさんに必要以上の戦力を持ち出さないと話した。
ヴィローでさえ、軍事バランスを壊すジョーカー。
更に秘蔵されていた科学技術が全盛期のギガスを持ちだせば、それを使う勢力が世界を支配するだろう。
「まったくトシ様はお人好しだわ。これだけの軍力を使えば、簡単に貴方が世界の王になれますのに?」
「おにーちゃんは、そんなことを望まないもん!」
エヴァさんは呆れ顔だけれども、僕にはそんな野望は無い。
ブラフマンの哀れな最後を知っているだけに、孤独な王なんてやりたくない。
「僕は皆と笑って暮らせたら、それで十分だよ」
「だよねー、おにーちゃん」
「まったく、能天気ななんだから。わたしがしっかりしないと、この先困るわよ?」
三人で笑いあう。
僕は、この幸せを守っていきたい。
そう、思った。
「あ、そーだ。マザーさん。わたしに世界を見ててくれて、ありがとーございました」
【リリ、貴方は良い人たちに出会えたんですね。私も嬉しいです。エヴァさん、貴方も幸せになりなさい。もう貴方達はヒトの為なんて酷い運命に縛られる必要はないのですから】
「うん! ありがとう。お、お……」
急に顔を赤くして言葉が出ない様子のリリ。
「早く言いなさい、リリ。確かにこの『ヒト』は貴方の……でしょ?」
どうやらエヴァさんは、リリが何を言いたいのか分かっている様だ。
「う、うん、おねーちゃん。マザーさん、わたし貴方の事をおかーさんだと思っています。おかーさん、わたしを産んでくれてありがとぉ!」
【機械の私に母と呼んでくれるのですか!? ああ、こんな幸せな事があっていいのでしょうか。マスター、貴方の選択。自らを犠牲にしても少しでも多くの人々を救った行為は間違っていなかったのですね!】
感動してぴくぴくしているマザーさんの端末。
泣く機能はないのだろうけれど、今嬉しくて泣いているのだろう事は僕にも分かった。
「おかーさん。わたし、トシおにーちゃんやエヴァおねーちゃんと幸せになるの。いつか、こ、子供も見せたいと思うから長生きしてね!」
「リリちゃん、まったく油断したら何を言い出すのやら。マザー伯母様。わたしは、わたしで勝手に生きさせていただきます。もう、定められた運命とやらは勘弁ですから」
【ええ、ええ! 貴方達の人生に幸せありますように】
僕は知らぬ間に泣いてしまっていた。
「全く泣き虫では困りますわ」
「おねーちゃん。いいじゃん、おにーちゃんは優しいんだもん!」
◆ ◇ ◆ ◇
「では、行ってきます。マザーさん」
「おかーさん、次に会うまで元気でね」
「伯母様、お身体にお気をつけて」
そして僕たちは遺跡を離れた。
目指すはラウド。
そして、まだ見ぬ地へ。
「ラウドの後は、何処に行こうかな?」
「困った人を助けに行きたいなぁ」
「わたしは、美味しい物とお風呂に入れる街が良いですわ」
笑いながら僕らは世界を旅する。
そして、少しでも笑顔を広げていくのだ。
「おにーちゃん。ヴィロー、絶好調なの!」
「魔力炉、他各部に異常なしですわ」
【マスター。どうぞ】
僕は、ふぅと深呼吸をした。
「マハー・ヴィローチャナ! トシ・クルス。発進します!」
◆ ◇ ◆ ◇
「プロトお姉さま。
「あら、アルクメネ? あの男は秘密結社の総帥である上に人工細胞による若返りを授けたのに、どうして死んだのかしら?」
照明が少なく薄暗い部屋の中。
情報端末のモニターからの灯りだけが見える。
そんな中。
栗色の髪、金の瞳、長い耳を持つ
ハイテクな椅子に座る金髪美女は情報端末の画面を見ながら、少女に面白がった口調で聞き返す。
一人の人間が死んだ話だというのに。
「ブラフマンには、『シリーズ02-エヴァ』と神話級ギガス『イシュヴァーラ』を授けておりましたが、『シリーズ01ーリリン』と彼女を守護するギガス『ヴィローチャナ』に敗北した模様ですの。プロトお姉さま、どうなさりますか?」
「負けたのはしょうがないですわ。エヴァ02は嗜虐された事でマスターへの依存性を上げてみたテストケースですが、それでもブラフマンは使いこなせなかったのですわね。で、今リリン01は
「トシミツ・クルスという共和国の傭兵と一緒に居ますわ」
目の前の琥珀色の液体が入ったグラスを口に運び、ほぅと色気ある表情を見せるプロト。
彼女の視線は、情報端末画面から離れない。
そこには、イシュヴァーラとヴィローチャナの戦闘映像が映っていた。
「で、生き残ったエヴァ02もリリン01と共に行動をしているのね。一か所に『力』が集中するのは面白くはないわ、アルクメネ03」
「ブラフマンを失った今、おそらく結社や貴族連合の力は今後減少していくものと思われます。それは愚かな
遺伝子レベルで細密に設計された、美しきヒトの上位種。
膨大な魔力生成量と圧倒的な計算能力から生み出させる高度魔法。
華奢な体格から想像も出来ない運動能力と対G性能。
圧倒的なまでの対放射線、対毒性、対感染症体質。
必要以上成長・老化せず、無限の卵子母細胞をも持つ。
全ての人類の母になるべく設計された新人類である女性。
それが
その出自に誇りを持つプロト00。
彼女は、純白の頬を赤らめ色っぽい表情を崩さずに、人類を見下す。
そして彼女に報告をする同種な少女アルクメネも、声に感情を乗せない。
「そうね。人類は、わたくし達。上位種族として生み出されたノルニルシリーズの娘たちによって支配され、より長く繁栄していくべきなの。では、共和国に『楔』を撃ち込みましょう」
「既に共和国の要所に『シリーズ04―レダ』を派遣していますの、お姉さま。彼女なら……」
「うふふ。『蟲毒』で壊れていくのを見るのは楽しみね」
プロトは一気にグラスの中身を飲み干す。
そしてグラスを上に掲げる。
「では、愚かな人類でありながらも、わたくし達の為に戦ってくれたブラフマンの冥福を祈りますわ」
プロトの背後。
そこには多数の樹脂
「わたくし達は人類に作られましたが、人類の道具にはなりません! 上位種たるわたくし達が人類を支配するのですわ! おほほ」
プロトの高笑いが暗い部屋に響き渡った。
(第一部 完結)
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