本編
私は都内で働く普通の会社員。
26歳で普通に彼氏もいて普通に生活をしていた。
それがある日、急に彼氏に別れを告げられたのである。
「なんかちがうんだよねー。ごめんねミク。」
公園に呼び出した彼氏はそう言って私の家の鍵を返してきた。
私は言い返すこともできずに鍵を受け取り、走り去っていく彼氏をみつめた。
(もう彼氏じゃなくて元彼氏になるか)
ぼんやりそんなことを考えた。
私は傷ついた。
まわりには結婚をする友達もいた。
私も今すぐ結婚したかったわけではなかったが、いずれはこの人と…なんて思うこともあった。
小学校からの親友にその話をすると彼女は私よりも激怒した。
「ミク!旅行に行くよ!こういう時は北海道だよ!」
そうして私と親友のハナは北海道旅行に行くことになったのである。
北海道はでっかいどうとはよく言ったものだ。
2泊では到底まわりきれない。
私たちは1泊目を函館にして2泊目を札幌にした。
「名所は抑えないとね!」
私たちは羊ケ丘展望台へ向かった。
クラーク博士像の有名な観光地である。
私たちは順番にクラーク博士像の前でポーズをとって写真を撮った。
お互いにいい写真が撮れて大満足だった。
「お土産でも見ようか。」
私たちはオーストリア館という建物に向かった。
中にはソフトクリームなんかも売られていて観光客の心をくすぐる。
「2階がお土産屋さんみたいだね。」
ハナにそう言われて階段を上がろうとしたときに帽子がないことに気がついた。
「帽子落としてきちゃったみたい。」
ハナは一緒に探すと言ってくれたが、クラーク博士像からは一本道なのですぐにみつかると思った。
「先に見てて!すぐに拾ってくるよ!」
私はハナを置いて建物を出た。
出て右側に進むとクラーク博士像がある。
私は歩いてきた道を探しながら進んだ。
半分くらい進んだところで女の人の泣き声が聞こえた。
私は立ち止まりその声の正体を探した。
「誰かお願い…助けて…誰か…お願い…」
声は教会のような建物の中から聞こえてきた。
私は声に導かれるように中へ入っていった。
ここは『クラークチャーチ』という建物らしい。
私は声の主を探した。
建物の奥から聞こえてくる。
私はゆっくりと中を進んだ。
『助けて…お願い…』
私はその姿をみてギョッとして固まってしまった。
白いウエディングドレス姿の女の人のだったのである。
その人は建物の隅っこでシクシクと泣いていた。
それだけならよかったのだが、その姿は薄くなっていて薄っすらと向こう側が見える。
(これはきっとダメなやつだ)
私は後ずさりをした。
『待って!行かないで!お願い!!話だけでも聞いて!私、結婚するはずだったのに…彼が…彼が来てくれないの…』
ウエディングドレス姿の女性は泣きながら説明をする。
彼氏に別れを告げられたばかりの私にとってはなんだか他人事ではない。
『私はここで結婚式を挙げる予定だったの。北海道の雄大な景色をバックにウエディングドレス姿って素敵だと思わない?だから彼に無理を言ってここで結婚式を挙げることにしたの。それなのにここに来るちょうど1週間前に彼と二人でドライブをしていたら前から大きなトラックがぶつかってきてね…居眠り運転だったらしいわ…私たち、即死だったみたいでね。仲良く天国へ行くことになったの。二人一緒だったから寂しくはなかったわ。でもどうしても結婚式を挙げたかった。
だから彼に「天国に行く前に結婚式をしたい」って言ったの。彼も「そうだね」って言ってくれたわ。
そして今日、ここで待ち合わせをしたの。ここがオープンする前にこっそり二人で式をあげようねって。
でも彼ったらうっかり屋さんでいろいろ落としてきちゃったみたいなの。
私のイヤリングと、手袋、彼のポケットチーフ、それに大事な大事な結婚指輪も…
幽霊のままここを観光したのが悪かったのね…彼は探してくるからって言って私と別れたの。「先に教会に行ってて」って言うからずっとここで待っているの。でもいつまでたっても彼は戻って来ないわ。
私、捨てられちゃったのかしら?彼は先に天国へ行ってしまったのかしら?
私を置いて…そんなことって…』
花嫁姿の女はさらに泣き声をあげた。
私は彼女がかわいそうになってしまった。
「わかったわ!私も落とし物を探しているところなの。
あなたを助けてあげる!落とし物も彼もみつけてきてあげるわ!」
花嫁姿の女はこちらを向いて『ありがとう…よろしくお願いします…』
と、ペコリと頭を下げた。
彼女たちが行ったのは『さっぽろ雪まつり資料館』『クラーク博士像』『クラーク旅立ちの鐘』『オーストリア館』の4ヶ所だと言っていた。
私は順番に探してみることにした。
さっぽろ雪まつり資料館には雪まつりの歴史や雪像の写真などたくさんあった。
私はゆっくり見る間もなく落とし物を探した。
『雪ミク』の雪像の写真があった。
私は大好きな雪ミクに出会えて嬉しかった。
ふと下を見るとほわっとほのかに光っているものがある。
そこには花嫁用の手袋が落ちていた。
(1つめゲットだぜ)
私は他にもないか探したがもうここにはないようだった。
私は次にクラーク博士像の方へ向かった。
「あっ」
私の帽子が落ちていた。
私はハナのことをすっかり忘れていた。
さすがにハナに幽霊のために探しものをしているとは言えなかった。
『お腹が痛くなったのでトイレに行ってきます。ソフトクリームでも食べて待ってて。』と連絡をした。
私はクラーク博士像のまわりをぐるっと探した。
像の横にキラリと光るものがあった。
青い石のついたイヤリングが落ちていた。
(これかな?)
サムシングブルーとかあるからこれかもしれない。
(2つめゲットだぜ)
私は次にクラーク旅立ちの鐘に向かった。
右手を見るときれいな草原が広がっていた。
見るだけでなんだか癒やされる。
クラーク旅立ちの鐘は子供たちに人気のスポットのようだった。
みんな嬉しそうに鐘を鳴らしている。
私はくまなく探したが何も落ちていなかった。
(ここにはないのかな)
せっかくだから鐘を鳴らしてから次に行こうと思った。
カーンといい音が響く。
その音とともに何か落ちてきた。
小さなハンカチのようだった。
(これだ!ポケットチーフ!)
私は3つめもみつけることができた。
あと1つだ。
私は次のスポットへ向かった。
彼女はオーストリア館の中には入っていないと言っていた。
私は外周を探してみることにした。
一周してみたがそれらしいものはなかった。
青い服を着た羊と赤い服を着た羊が仲良く並んでいる。
写真スポットのようだ。
真ん中には羊ケ丘展望台の文字がある。
その看板をよく見ると角が光っている。
そこには結婚指輪と思われる指輪が2つ引っかかっていた。
(これだ!!)
私はどうやら落とし物を全部みつけてしまったようだ。
(あとは…)
新郎を探さないといけない。
外にそれらしい人影はなかった。
もしかして…
私はまだ見ていない建物があるのに気がついていた。
『札幌ブランバーチ・チャペル』である。
この敷地内には教会が2つあるようだった。
教会の前には円形の噴水があった。
写真を撮ったら映えそうだ。
中に入る。
神聖な空気が漂っているように感じた。
大理石でできたバージンロードに美しいステンドグラス。
(こんな教会で結婚式を挙げたいな)
しかし人の姿はない。
上に行く階段があった。
私は階段を上がってみた。
屋上は展望台になっていた。
見晴らしがいい。
白いタキシードを着た人が遠くを眺めていた。
薄くなっていて向こう側の景色がぼんやり見える。
(みつけた)
私はおそるおそる話しかけてみた。
「あの…新郎さんですよね?」
タキシードの男はゆっくりと振り向いた。
顔が血だらけだった。
「ひぃ」
私は思わず悲鳴をあげてしまった。
『私に話しかけているのですか?』
血だらけの顔でニコッと笑った。
(いや、怖いんですけど)
「あの、顔が…大丈夫ですか?」
(死んでるだろうから大丈夫ではないだろうけど)
『クラーク像の近くで派手に転んでしまって…お恥ずかしい。』
(幽霊も転ぶと流血するのか)
私は拾った落とし物を見せた。
『それは!どこで!!』
タキシードの男は嬉しそうな顔をして受け取った。
『しかしもうだめです。いくら待っても彼女は来ない。先に天国へ行ってしまったのかもしれない。』
タキシードの男は悲しそうにそう言った。
(ん??)
どうやらこの人たちは教会が2つあることを知らないようだ。
私は「もう一つの教会で花嫁が待ってますよ。」と教えた。
『もう一つの?』
私はクラーク像のようにもう一つの教会を指差した。
『あそこにいるのか!!』
新郎はそのまま飛んでいってしまった。
(置いていくんかーい)
私は急いでもう一つの教会に向かった。
────
クラークチャーチにつくと新郎は新婦の耳にイヤリングをつけてあげていた。
二人は私を見ると『牧師役をお願いしてもいいですか?』と聞いてきた。
「私にそんなことできるかな…」
『なんとなくでいいですから。』
新婦は新郎の顔を拭いてあげている。
私はスマホで牧師の言いそうな言葉を調べた。
きれいな顔になった新郎と笑顔の新婦が手を握りこちらを見ている。
私はスマホを見ながら牧師の言いそうな言葉を言った。
「病める時も 健やかなる時も
富める時も 貧しき時も
夫婦として愛し 敬い 慈しむ事を誓いますか?」
二人は声を揃えて『誓います』と言った。
その瞬間教会の天井から光がさした。
『ありがとう』
二人はそう言ってキラキラと消えていった。
私はしばらく瞬きも忘れて立ちつくした。
────
『お腹大丈夫?!』
ハナから連絡がきていた。
(やばい!!)
私は走ってハナの元に向かった。
「ごめん!待たせて!!」
「ソフトクリーム美味しかったよ。でもお腹治ったならそろそろ次の場所に行きたいんだけど。」
私はハナに謝って車に向かった。
私は運転しながらハナに話をした。
「私、あいつと別れてよかったかもしれない。」
「急にどうしたの?!」
「私には死んでからもあいつと結婚したいなんて…きっとそこまで思えないと思うから。」
ハナは「なにそれ?怖っ!」と言って笑った。
私も「怖いよね!」と言って笑った。
あの二人のような強い絆は私と彼の間にはなかった。
(私にもいつかあれくらい愛せる人が現れるといいな)
私たちは北海道の旅を楽しんだ。
幽霊に会ったことは誰にも言っていない。
しかし彼らに会えたのは私にとっていい思い出になった。
(天国でもお幸せにね…)
────
羊ケ丘展望台に響く女の泣き声 @yamico
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