執行官あるいはスパイの憂鬱

枠井空き地

話させず、話させる。


 ボーンズ王国上等執行官クロト・ノイマンは厄介な問題を抱えていた。


 彼の役職は彼の”半分”しか 表していない。そこに、この問題の根幹が存在する。述べられなかったもう半分とはつまり、敵国であるバンセオキア諜報部所属の「スパイ」という役職だ。今の今までその地位を利用して情報を本国に送ってきた彼であったが、この度新たな任務が王国側から任ぜられた。それは「捕らえたバンセオキアのスパイの尋問」である。

 

 このまま執行官という立場で潜入を続けるうえでは、任務を断るわけにはいかない。しかし、スパイの立場として本国の諜報員の情報を引き出しすぎるわけにもいかない。彼にはギリギリの、綱渡りにもほどがある行動が要求されていた。


 もちろん彼の手元には尋問する捕虜の情報がある。竜人族の女、レイス・ミトラ――もちろん諜報員たちはイザというときのためにが誰か、どこにいるかという情報は与えられない。なので彼はこの女に見覚えはなかった。だからこそ、問題がある。情報を都合よく引き出すうえで尋問相手と示し合わせられるならば、これ以上のことは無い――そして、示し合わせるためにはお互いがであることが分からなければならない。

 如何に尋問途中で相手にこちらの身分を他の尋問官にバレずに明かすか、いや明かさずに堪えしのぐか?彼の頭は今この命題が駆け巡っていた。


 そう考えを巡らせているうちに現場である房の前にたどり着いてしまった。房の前には既に人員が集結していた。彼の――この国での、部下にあたる。シュマイス執行官とその横に三人の兵士たち。

――しまった。問題は他にもあった。通常の尋問では人員は二人で行う。つまり、二対一だ。当然それは敵と味方としてくくればもう一つの二対一となる。そうなれば話は楽だ。一人の尋問官に混乱魔法でもかけてやれば万事うまくいく。

 しかしそうはならなかった。尋問相手が悪かった、竜人族はその体力魔力で人類を圧倒する。そして最大の特徴である竜への変化もある。「二人では危険すぎる」ゆえに集められたのが目の前にいる三人重武装した兵士だった。つまり四対二となる。

くそっ、圧倒的に不利だ。


「ノイマン上等執行官!準備、すべて完了しております!」

シュマイスのハツラツとした号令に隣の兵士たちも身をただす。

「よし……わかった、始めよう……か」

「ハッ!!」

 怪しまれないためにも落ち着いて行動しなければならないが、それでも彼らから感じる熱量にクロトは押され気味であった。彼の少し気の抜けた返事を合図にシュマイスは懐からカギを取り出し、房のドアを開ける。


 中には渦中の人物、レイスが傲岸不遜とも表現できるような表情で堂々と椅子に座っていた。よくもそんな体で堂々としていられるな、彼はそう思った。

 体にはそこかしこに拘束具、首には竜化を封じるための首輪がつけられていた。首輪に仕込まれている竜化封じの呪文は並の魔導士で解除するどころか、練ることすらできないものらしい。そんなものに身体を拘束され上でなぜそこまで余裕そうな表情ができるのか、今まさに窮地そのものを抱えている彼には理解しがたかった。


「…………よし、では尋問を始めるとするか」

その言葉と共に後ろにいた兵士たちが彼の両翼へと展開し、厳戒態勢をとった。

「まぁ最初は名前からだ、言ってみろ」

「レイス・ミトラ、だ。知ってるのだろう?」

姿勢が傲岸不遜なら喋り方もそうだった。

「……物事には順番というものがあるんだ……で、お前は何のために砦に侵入した?」

「順番、という割にはいきなり踏み込むじゃあないか、答えは単純、軍団の配置とか、装備、あと将軍のゴニョゴニョ――みたいな話とかな」

意外なほど素直に話すものだ。言い方はともかく、その正直に話す態度に少し感心していた。ひょっとすればこのまま事件について細かく聞いて行けば、都合の悪い話をさせないようにできるかもしれない。


「協力者はいたのか?」

「いないよ、ワタシ一人で十分なもんでね」

「具体的にどんな情報を得た?」

「さっき言ったとおり!配置とか装備とか、そんであの将軍はあんなプレイがお好きらしい、とかな」

「それ以外に得た情報は―――」

「もういいでしょう、ノイマン上等執行官、これ以上のくだらない話は」

いきなりシュマイスが口をはさんできた。正直口をはさみたくなる気持ちはそりゃ分かる。

「いや、さっきも言った通り物事には順番がある、それに一応上官なんだから――」

「上官命令なら!―――お聞きしますよ、、ね」

その瞬間、クロトはすべての血管が冷えあがったような気がした。すべてが止まったような気がした。シュマイスはそんな状態の彼を尻目に捕虜へと詰め寄る。


「私が聞きたいのは、ただ一つだけ、ここにいる男クロト・ノイマンをあなたはご存じではないですか!」

シュマイスは彼女の肩に手を乗せた。しかし、その顔は彼女ではなく、クロトの方をじっと見つめていた。

「……フッ、もちろん、そうだと言っておこう」

何故だ、なぜ知っている?いや何故バレた?どういうことだ。クロトは直立したまま二人を見つめていた。兵士たちが彼に詰め寄る、しかしそれは彼女の言葉に止められた。

「クロト、なぜ、と思っているだろう?当然さ、私こそがこの王国を担当する諜報班のリーダーだからな、そしてリーダーというのは、状況を打開するも兼ね備えているということだ」

その言葉を放つと彼女を包む拘束具がはじけ飛び、自由になった手で首輪を掴む。

「悪いが、並じゃあないんでね」

 瞬間、首輪がはじけ飛び辺りが強い光に包まれる。クロトの意識はその瞬間に飛んだ。


 気が付くと、彼は空を飛んでいた。

「なっ、うわっ!」

「おっ気が付いたか、上等執行官」

その声に彼は顔を上げる。そこには彼の服を足で掴んで飛翔する竜の姿があった。そしてその竜からは聞き覚えのある声がした。

「逃がして、くれたのか……ていうか、上司だったん……ですか」

「ああ、そうさ、かわいい部下はほっとけんからな」

「ありがとうございます……でも何で自ら捕まるなんてことを……?」

「君はねえ、既にほぼバレていたのさ、それを察知した私は自ら捕まることにした、そしてその時に言ったんだ、もう一人スパイを知っている、とね、それを聞いた奴らは良いことを考えた。スパイ疑惑のある君と私を鉢合わせ、もし確定させられたらその場で両方を始末できる、とね」

「なるほど……そういうことだったのか……」

「そ、なかなかトントン拍子に進んでよかったよ、まあスパイとしちゃ練り直しだが命あてのものだねだ、よし!!このまま国境まで逃げる!少し加速するぞ」

「は、離さないでくださいよ!」

クロトは彼の服を掴んでいた、そのたくましい足を必死につかんでいた。







 


 

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