25 人形のような女

 目の前には見知らぬ女性が立っている。藤山葉子ふじやまようこはあっけにとられ、その場に突っ立っていた。彼女はどこか呆れたように葉子を見ると、ため息を吐いた。


「そこを通しなさい。わたくしがわざわざ、ここまで来たのですよ。まったく……彼も困ったものです。エルピスの端末を食べるとは! そこまでお腹を空かせていたのでしょうか」


 女はぶつぶつ言うと、葉子を押しのけて部屋の中へ入って来ようとした。そこで、はっとなった葉子は、


「ちょ、ちょっと!? あなた、誰ですか!」


 後ろに転びそうになるのを踏ん張ると、名乗らない相手の前に立ちはだかった。


「カルミアちゃんはどうしたんですか!? あの子、明日になったらここに来るって言ってたのに!」


 女は眉をひそめると葉子を見上げた。


「エルピスは別件があるので来られません。なので、私が代わりに来たのです。これもすべて、アイオーンのせいですよ。本当に」


 女はそう言うと葉子を押しのけて部屋に入った。その拍子に葉子はよろけると床に尻餅をついた。


(もう! この人、さっきから何なのよ……!)


 怒りと戸惑いで葉子は混乱しそうになったが、どうにか落ち着こうと何度も息を吐いた。女は部屋を見渡すと、窓のそばまで歩いてカーテンを閉めた。少しばかり部屋の中が暗くなった。


「本題に入りましょう。と、その前に」


 女は勝手に、部屋に設えられている椅子に腰をかけた。彼女は葉子に背を向け、手持ちの鞄から端末のような物を取り出すと、数分ほど眺めていた。葉子は立ち上がると、


「誰か知りませんけど、さっきから何ですか! 私は用ないので、帰ってください!」


 戸惑いの混じった声でそう言った。すると、女は首だけ動かし、顔を葉子に向けた。毅然としているが何故か、それは人形のような動きに思えた。

 一瞬、葉子はぎょっとしたが、そのまま女の肩を掴んだ。彼女の腕を引っ張りながらドアの方へ歩く。葉子の態度を不満に思ったのか、女が顔をしかめた。


「待ちなさい! 私を追い出して、そのあとあなたはどうするというのです。私はエルピスの代わりに来たのですよ。あなたはこのまま一人で彷徨いますか? この世界を、アストルムを」


 葉子は動きを止めた。彼女にとって、アストルムは未知であり、またこの世界も同様だった。

 藤山葉子をこの世界へ誘ったフローラは、あの晩、彼女を傀儡状態にしてどこかへ連れて行こうとした。助けに来たエーデルが彼女をどこかへ追いやったから、今どこにいるかわからない。彼もまた失恋しアウトゥムの自宅に戻って行った。

 今の葉子にとって、カルミアが頼れる相手だった。だが、少女はこの場にはいない。


「ですが、死にたいのなら、どうぞご勝手に。まあ、今日中にあなたは無事に召されるでしょう。何しろ雑魚同然なのですから。まだ魔法も習得していませんよね?」

「雑魚って、あなた――」


 そう言いかけて葉子は黙った。

 女の瞳孔部分が淡く光っていることに気付いた。葉子は、どこか感情の読めない目だと思った。同時に、独特の雰囲気を感じた――。

 得も言われぬものが、彼女の前に存在している。葉子は何故か、戦意喪失に近い感覚になった。わずかに身体が震える。


(この人って、もしかして……)


 葉子は瞬きをすると、視線を下に落とした。頭の中にこの女と似たような人物を思い浮かべた。その相手は葉子への愛が重く心を病んでいた。また、彼はどこか虚ろな人形のようでもあった。


「あなた、エーデルさんに似てる」


 葉子が小声で呟いたのが、女の耳に入ったらしい。


「エーデル……? なるほど、アイオーンはそう名乗っているのですね」


 女は再び端末を手に取ると、スクリーンのようなものを表示させ何かを入力し始めた。葉子は目の前に現れたものに驚いた。

 その画面は半ば透けており、まるでガラス越しのようであった。画面の向こう側に女がいるのが見える。それには文字らしきものと一緒に誰かの顔が表示されていた。葉子の見間違いでなければ、エーデルのように見えた。いや、髪が長いからアイオーンだろうか。


「それって何? 魔法? そういえば、カルミアちゃんも似たような物持ってたわ。この世界でいうスマホかパソコンみたいな物かしら……」


 葉子は興味津々にその画面に近付くと右手で触れてみた。ブンッと音が鳴ると画面が一瞬乱れた。女が少しばかり顔をしかめた。


「すごい……! でもあなた、彼と知り合いなのね。で、何か表示してるんだけど」


 異世界の言葉だろうか? アイオーンの顔の上に赤文字で何か書いている。


「これですか? あなたには関係ありません。……ですが、彼のためにもあなたには教えておきましょう。廃棄です」


(廃棄……?)


 その言葉を聞いて、チクリ、と葉子の心に刺さる感覚があった。

 女は怪訝な顔をしている葉子を見やると、「あなた、彼に求愛されているのですよね?」と言って画面を消した。


「は、はあ。そうですが……」

「執念深い男ですからね。あなたも困っているでしょう。恋とは恐ろしいものです。彼はすっかり恋する男なのです」

「でも私、別の人が好きなので……。エーデルさんは別に……」


 葉子の言葉に女は、「あら」と呟いた。「そうすると、彼女が言っていたのは、間違いなく失恋というものなのですね」とどこか納得したように言った。葉子は俯いた。


「エーデルさんに子どもが欲しいと言われたけど、私は困ったわ。そもそも千年って尋常じゃないよ。やっぱり……」


 もはや初対面の相手なのにため口をきく葉子だった。そこで女は幾分、表情を和らげると葉子をなだめた。


「安心してください。あなたといくら生殖行為をしようが、彼は子どもを作れません。それはアイオーンにとって必要のないことです。そもそも恋心というものが、彼にとって一種のエラーです。病なのです。彼は機械なのです」


 女は淡々と言った。葉子は顔をしかめた。


(エラーって、まるでプログラムみたいじゃない……。機械って、エーデルさんはロボットなの?)


 そこで葉子はアイオーンの姿を思い出した。彼の自宅で初めて見たその姿――。今思えば、ローブのような物から見えた身体はどこか機械のように見えた。


「恋にうつつを抜かして、彼は度々頭がおかしくなりました。あの時、天上ごと世界を破壊しようと――」


 そこで女は慌てて口を閉じた。何やら余計なことを言ったというように。その目はちらりと葉子を見たが、当の本人は何か考えている様子で耳に入っていないようだった。女は安堵したように手を胸元に添えると、


「彼のことは、いったん横に置いておきましょう。藤山葉子、私はあなたに提案を持ってきました」


 葉子は現実に引き戻されて、女を見た。


(提案……? そもそも、この人って)


 まだ学生のように見える。恐らく高校生くらいだろうか?

 しかし、彼女からはどことなく威圧感のようなものが感じられた。エルピスやアイオーンを知っているから、やはり彼女も女神の一人だろう。また、学生のように見えても、見た目通りの年齢ではないことは、すでに三人が証明していた。


 葉子はこれからのことを考えて、相手の話を聞くことにした。しかし、部屋をチェックアウトしなければならかった。宿の受付まで行くと伝えると、女がエルピスから宿代を預かっていると言って葉子に手渡した。


「あなたのことで確認したいことがあります。私に付いてきなさい」


 確かめたいとは、いったい何だろうか。今の葉子は、名の知らぬ女の後ろを付いて行くことしかできなかった。

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異世界でのんびりしたいと言ったけど、どうやらそれは無理そうです もち @mochi_kobako

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