16 芽生える恋、砕ける恋心
武器屋から出ると
「お待たせ! 武器買えたよ!」
外で待っていた金髪の少女に声をかけると、両手に持っている短剣を見せる。
ところが彼女の隣には、エーデルではなく見知らぬ青年がいる。少女は金色のまつげをしばたたかせると、怪訝そうに尋ねた。
「葉子さん、彼は?」
後ろを振り向くと、首を傾げた。
「あれ? さっきまでいたのに」
「エーデルさんのこともなのですが……。そちらの方は?」
葉子は青年とは店内で出会ったことを話す。
エルピスは相手を見やる。彼は柔和な雰囲気があると感じた。しかし、葉子が惚けたように見つめているのが気になった。
「私、いつか弓も使ってみたいと思うんですけど……。練習すればいけますか?」
彼女は青年が持っている矢筒を見ながら聞いた。彼が、
「そうですね。コツコツ勉強すればきっと大丈夫ですよ。よかったら僕が教えましょうか? 弓は得意なんです」と言うと葉子が目を輝かせる。
「はい! ぜひお願いします!」
金髪の少女は子犬を抱きながら、そわそわし始める。何やら嫌な予感がするのだ。
「ところで、あなたたちはどこへ行くんですか? 見たところ旅人のようですが」
「そういうわけでもないんですけど。私たち、これからアストルムへ向かうところなんです」
「おや、奇遇ですね。僕はアストルムから来たんです。この街で用事が済んだら帰るんですが」
青年は葉子とエルピス、そして真っ白な子犬を見た。
二十代半ばくらいの女と十代の子供、そして犬。先ほど男もいたが、今は姿が見えないようだ。
「あの都市へのルートはいくつかあるんですが、途中で魔物が出ることもあって……。
「問題ありません。僕は魔法を使えるので」
エルピスが間髪入れず返事した。
「すごいな。でも、せっかくこうして出会ったんだし僕も同行しますよ。馬車もあります。途中で魔物が出たら僕が対応します」
「いいんですか? やったー! あなたみたいなイケメンと旅できるなんてラッキーです!」
「僕もあなたのような、元気で可愛らしい女性と一緒にいるの楽しいですよ」
葉子の顔が赤くなった。ときめきが止まらない。
「か、可愛らしいって、そんな……! えへへ」
すっかり恋する乙女になっている。目の前に自分の好みの男性が現れて、明らかに舞い上がってしまっていた。
実は、昔に読んだ少女漫画の相手役に少し似ていると思ったのだ。エーデルの存在なんてどこかへ行ってしまっていた。
「あの人には悪いけど……私、あなたに一目ぼれしちゃったみたいなんです」
目を見開くと、少女は素っ頓狂な声を上げた。
「はああっ……!?」
上司が惚れている相手が、とんでもないことを言い出した。スズランが、「もわふーん……」と困惑しながらエルピスを見上げている。
(葉子さん! あなた、この男性に惚れちゃったんですか!? そんな……)
普段の冷静さはどこへやら。エルピスは目を白黒させると、葉子の周りを走り出した。
「ちょ、ちょっと待ってください! 勝手に話を進めないでくれませんか!!」
いつもより語気が強く、さらに挙動不審な彼女に、葉子は少し戸惑う。
「どうしたのよ……!?」
「葉子さん何を考えているのですか! 素性もわからない相手に付いて行く気ですか。不用心すぎますよ! 落ち着いてください! せめてエーデルさんに……」
青年が困ったように苦笑いする。葉子は眉間にしわを寄せると、
「それを言うなら、君もエーデルさんも同じだったでしょ? あなたはともかく、彼はなかなか正体を……」
「うぐっ……!!」
エルピスは立ち止まると、その場にしゃがみ込んだ。子犬も不安そうにしている。
「た、確かにそうですね……」
そうこうしていると、紫髪の男が別方向から歩いて来た。いつの間に武器屋から出て別の場所に移動していたのか。
「エーデルさん! どこへ行っていたのですか!」
少女が声をかけると彼は紙袋から何かを取り出す。「ちょっとね」と曖昧に返事すると葉子に視線をやる。
先ほどの青年が、さも当然という風に彼女の隣にいた。葉子が頬を赤らめながら彼と楽しげに話しているのを、ぼんやり見つめる。
「エルちゃん、先ほど盗聴した時にあの
「そ、それは……」
残念ながら、エーデルはどちらにも当てはまらなかった。
(藤山葉子……)
彼の中でふつふつと、好意以外の感情が湧いていた。わずかに右手が震える。
二人が会話しているだけなのに、今ここで八つ裂きにしたいという考えが一瞬よぎった。それを打ち消すように首を振る。
(あの時みたいに、私はお前を殺してしまうのかも……)
少しずつ視界に赤色が広がっていく。彼の前で鮮血にまみれた葉子が絶命している。そんな幻覚が見えた。
エーデルは、四人目の彼女を殺害した時のことを思い出していた。
彼女が死亡する前にやったある行為。それ自体は彼女と浮気相手が、エルピスへしたことへの報復も兼ねていた。
あの時はひどく興奮していた。恐怖で泣き叫んでいる葉子を見ていると、堪らなく快感を覚えた。命乞いを聞くたびに笑いが込み上げた。
だが、事が終わると後悔と虚しさが残った。彼女は、ひとかけらも残ってはいなかった。エルピスの泣き声がひたすら響いて――。
(いや、何があろうと私は貴女を殺さない……。そのために)
紙袋の中身を見る。先ほど武器屋で買ったベルト、そして一丁の銃。それの使い道は、自分の頭を吹き飛ばすためだった。
「大丈夫ですか? 顔色が……」
上司の目が据わっているものだから、エルピスは内心不安になっていた。
「気のせいよ」
手に持っている物を見つめた。
それは小さな羽根飾りで「幸運」の意味を持っている。それを紙袋の中に仕舞うと、葉子の元へつかつかと歩み寄った。
「そこの貴方。私の恋人に近寄らないでもらえませんか」
肩に手を置くと、葉子をじっとりと見つめる。耳元に口を寄せると囁いた。
「私がいるのに……随分と楽しそうだったねぇ。貴女は、ああいう男がいいの?」
「ひゃっ!?」
いつもより低い声色に、葉子はドキッとする。しれっと恋人発言をされたが、つっこんでも仕方ないと思いスルーすることにした。
「他の男の人と話しちゃいけないわけ? 彼氏面も恥ずかしいよ。私はあなたの所有物じゃないのに」
葉子は肩をすくめると、短剣を持つ手に力を込めた。
「葉子ちゃん……。私じゃ駄目なの?」
不服そうに言われエーデルは苛立ったが、同時に悲しくもなる。
「私は、あの人が好きになったの。だからお願い、邪魔しないで!」
「あんたのためなら、私はいくらでも時間を使うよ。だから」
恋は盲目だった。
彼は葉子が好きすぎるあまり何でも知りたいし、やりたいことも全てしたい。彼女が喜んでくれるのなら、いくらでも時間を費やして尽くしたい。しかし、極力嫌がることはしたくない。
自分自身が勝手に恋人面しているのも、頭では理解しているが。
「もう~。そういうの重いよ! あなた、いい加減彼女作ったほうがいいって。私だってこの先どうなるかわからないのに、時間の無駄だよ」
「そ、それでも! 私は貴女しか好きになれない……」
葉子は寂しそうな顔をしている紫髪の男から離れると、青年の元へ歩き始める。エーデルは紙袋を抱きながら俯いた。
(私はこの女のために、これまで膨大な時間を使って尽くしてきた。それについては全く後悔していない。葉子が好きだから。貴女が喜んでくれるのなら、私はそれだけで幸せだった……!)
紫色の眼が葉子を睨んだ。骨ばった手が肩を抱き寄せる。
「お前は私の物なのに……! 他の男にはやらん!」
エーデルは葉子に口付けすると唇を噛んだ。彼女の顔が、みるみる紅潮する。
「このっ……変態!」
気付いた時には、葉子に突き飛ばされ尻餅をついていた。ぽかんとしていたが、やがて困惑すると頭を抱えた。
「嫌だ……! 私ったら!」
怒りに任せて彼女に口付けした上、唇まで噛んだことに気付くと、一気に表情が暗くなる。のろのろと立ち上がると、「ごめん、痛くはない?」と聞いた。
葉子は涙目でエーデルを睨んだまま、何も言わない。エルピスは子犬を抱きながら、不安そうに二人の様子を静観している。
「私は好きじゃないのに……! 迷惑だよ!」
一瞬何を言われたのか、エーデルは理解できなかった。
エルピスが目を丸くすると、「よ、葉子さん!?」と声を上げた。
「好き、じゃない?」
葉子を見つめながら、言葉を反芻する。一筋の涙が流れた。
「好きじゃない、好きじゃない好きじゃない……。そっかぁ」
紫髪の男は壊れた機械のように、同じ言葉を繰り返すとその場に座り込んだ。
青年が、「彼、大丈夫なんですか?」と引き気味に聞いている。葉子は困ったようにエーデルを見た。
「えっと、その。今のは、本気で言ったわけじゃないよ……? あの」
時には諦めも必要だ。それは葉子への恋心を終わらせることだった。
(終わった……)
彼は小さく笑うと、涙を拭った。紙袋から先ほど買ったベルトを取り出すと、葉子に見せる。薄く微笑みながら言った。
「ねえ貴女、そのケープを持ち上げなさい。今からこれを腰に取り付けるから。こういうのは、早めに慣れた方がいいよ……」
「え、うん……」
先ほどと打って変わって、彼がやけに落ち着いているものだから、葉子は不安になった。
彼女の前でエーデルは両膝をつくと地面に紙袋を置く。手際よく細い腰にベルトを巻いた。
「貴女の利き手は右だから、ホルダーはこの辺りか」と呟くと、「それを」と右手を出す。葉子が短剣を手渡すと、彼は左側に取り付ける。それらが外れないか確認すると顔を上げた。
「葉子ちゃん、腰は重くない? ベルトもきつくない? 具合が悪かったら言ってね。私が調整するから」
彼女は戸惑ったが、その場で小さくジャンプを繰り返した。
次に小走りしたり屈伸もした。思ったよりも短剣は重くなく、ベルトの具合も丁度よかった。自身の動きにも問題はないように感じる。
「うん、大丈夫……。ありがとね、エーデルさん」
葉子にそう言われ、ひとまず彼は安心した。紙袋から先ほどの羽根飾りを取り出すと、
「それでね。私、最後に貴女に渡したい物が――」
「ヨウコさんと言うんですね。素敵な名前だな。ところで、彼とは恋人だったんですね?」
先ほどまで様子を見ていた青年がはっきりと「恋人」と言った。葉子は赤面すると、身振り手振りで否定する。
「ち、違いますよ……! 彼、そういうところがあって。意外に犬みたいに人懐っこいんです」
軽く頭をポンポンと叩かれ、エーデルは彼女を見上げたがすぐに俯いた。葉子にあげるはずだった羽根飾りを、パンツのポケットに突っ込んで立ち上がる。
彼の中で諦観の感情があったが、彼女たちがアウトゥムを発つまでは付き合う気だった。
葉子は青年の隣へ行くと、「何時頃に出発するんですか?」と尋ねる。
「今が十一時過ぎなので……一三時頃はどうでしょう? 昼食は馬車の中で食べますか。アストルムまで時間がかかるので、今日は途中で野宿しないとならないですね」
「わかりました! それまでに必要な物を買わないとね」
「それなら
エーデルは道具屋へ向かおうとすると、青年が呼び止める。
「魔法石なら、僕が持っていますよ。ヨウコさん、どうぞ使ってください。一緒にアストルムへ行く仲間なんですから」
立ち止まると、紫色の眼が葉子を見つめた。
「アストルムにあの男と……。へえ」
青年は荷物の中から巾着袋を取り出す。中には色とりどりの石が入っている。葉子は目を輝かせながら食いついた。
「綺麗~! これって何に使うんですか?」
「元々これらは属性魔法を放つアイテムなんですよ。威力自体はそんなに無いんですが、魔法が使えない場合や、目眩しにも使用できるんです。まあ威力が高くなると、値段もその分張るんですが……」
「へ~! エルピス君も持ってるの?」
金髪の少女は、「え? はい」と短く返答しただけだった。不安そうに上司を見やる。
(嫌な予感がします。僕の勘が、外れればいいのですが……)
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