金が消える

夜桜くらは

金が消える


四月二十五日

 とんでもないことが起こっている。これまでに類を見ない、世紀の大事件だ。

 この大事件は後世にも語り継がれることだろう。歴史の教科書にだって載るかもしれない。

 だから俺は、こうして記録することにした。こんな大事件は二度とないだろうし、記 录に残さないのはもったいない。それに、もしかしたら俺の名前も後世に語り継がれるかもしれないしな。そうなったら最高じゃないか。


 さて、まずは何から書こうか。

 そうだな、やっぱり事件の発端から書くべきだろうな。

 事の始まりは、今から三ヶ月ほど前のことだ。世界的に有名な富豪の家から、金が消えた。

 金(かね)じゃなくて (きん)な。その富豪は、 の延べ棒を百本も保管していたんだ。しかもそれはただの金じゃない。純度が九十五パーセント以上の超高純度の だ。

 それが一夜にして消えたんだ。いや、本当に一夜で消えたかどうかはわからない。ただ、今まで確かにあったはずの が、忽然となくなってしまったんだ。

 富豪は警察に通報し、警察は窃盗事件の可能性を考えて捜査を始めた。

 しかし、捜査は難航した。

 その富豪の家は、警備システムが厳しかったんだ。防犯カメラはいたる所に設置されてるし、警備員だってたくさんいる。しかも、家の中には赤外線センサーまで設置されていたらしい。

 その上、富豪は独身であり、同居人もいなかった。だから、外部から侵入することも、内部犯の可能性すら考えられない状況だった。

 警察は富豪を何度も事情聴取したし、その家にも何度も足を運んだ。しかし、富豪が を動かした形跡すら見つけられなかった。

 結局、事件は迷宮入りしかけたんだ。

 ところがその数日後、事態は急展開を迎えた。

 なんと、その事件と同様のことが、別の富豪の家でも起こったんだ。

 金庫に保管されていた高純度の が、これまた一夜にしてなくなったという。

 これは大事件だ。

 警察は、二つの事件が同一犯の犯行だと断定し、捜査を開始した。

 しかし、捜査は困難を極めた。なにしろ犯人の手掛かりがまったくなかったからだ。

 防犯カメラの映像には何も映っていなかったし、赤外線センサーにも反応はなかった。もちろん、家に侵入したような形跡もなかった。


 そして、二件目の事件が起きてから一週間後。

 三件目の事件が起きた。

 そして四件目、五件目と連続で事件が起こり、事件は加速度的に増えていった。

 警察は躍起になって捜査を続けたが、まったく手がかりはつかめなかった。それどころか、増えていく一方の事件に対処しきれず、捜査は一時中断せざるを得なくなった。

 それからも事件は増え続け、ついに「世界中にある全ての金が消えてしまったのではないか」とまで言われるようになった。

 警察は今も全力を上げて犯人を捜しているが、逮捕につながる手掛かりは皆無だ。

 この大事件には様々な説が唱えられている。例えば「この地球を侵略しに来たエイリアンの仕業ではないか」というものだったり、「人間の愚かさに呆れ果てた神が天罰を下したのだ」というものだったり。

 どれも荒唐無稽な説だが、その可能性を否定することもできない。なにしろ、世界中の がわずか数ヶ月程度で消えたんだからな。地球がひっくり返ったってこんなことはあり得ない。超常現象だと考えるのが自然だろう。

 それにしても、消えたのが金だけだというのは不思議だ。他にもたくさん高価な品はあるはずなのに、どうして だけが消えたんだろうか? 金である必要があったんだろうか? さっぱりわからない。

 ただ、これだけは言える。もしまた同じような事件が起きたら、世界中がパニックになることは間違いないだろうな。

 はてさて、この大事件の真相は、一体どうなっているのやら。何か進展があったら、またここに記すことにしよう。



六月二十九日

 また不可解な事件が起きた。今度は、鐘が消えたんだ。

 寺院の釣り鐘とか教会やモスクの 童とかが、一夜にしてなくなってしまったんだ。

 この事件が明るみに出た時、俺は真っ先に金が消えた事件を思い出した。そして情報を集めてみたところ、二つの事件には共通点があることがわかった。

 一つ目と二つ目の事件の共通点。それは、盗まれた形跡がまったくないことだ。 童が消えた事件でも、警察は各所の防犯カメラの映像を確認したが、不審な動きをする人物などは映っていなかったそうだ。

 そもそも、鐘のような大きなものを盗むのは難しい。重機でも使わない限りは、人の力では運べない。だから、俺はもうこの事件が人の手によるものではないと確信していた。

 マスコミなんかは「神の怒りだ」「悪魔のいたずらだ」と騒ぎ立てた。宗教的なイメージのある 童が消えたことは、そういう風にも解釈できるからな。

 金の次は鐘が消える、か。どちらも「かね」と読むが、偶然なのか? どちらにしても、なんとも不気味な事件だ。何か恐ろしいことの前触れなのではないかと勘ぐりたくなる。


七月二日

 警察から、新たな事実が判明したとの情報がもたらされた。

 なんでも、鐘が消えた寺院で、子どもが発見されたというんだ。

 警察の調べによると、その子どもは鐘があった場所の近くで見つかったそうだ。子どもは体に目立った傷もなく、特に異常もなかったということだ。

 警察はこの子どもの身元を調べているが、今のところ目ぼしい情報は得られていないらしい。俺としては、消えた鐘とこの子どもの関係が知りたいところだ。とりあえず、続報を待つことにしよう。



七月五日

 何ということだ。信じられない。

 俺も、まさかこんなことが起こるとは思っていなかった。

 鐘が消えた寺院や教会、その全てで身元不明の子どもが見つかるなんて……。

 もちろん、マスコミはこのことを大々的に取り上げた。「鐘の祟り」とか「現れた子どもは神の子か悪魔の子か」とか、相変わらずオカルトチックな報道ばかりだ。

 だが、警察も馬鹿じゃない。今回は子どもたちに話を聞いて情報を集めた。すると、驚くべきことが明らかになった。なんと、どの子も鐘が消える直前までの記憶を失っているというんだ! これはもう、偶然では済まされない。俺はこの事件は人知を超えた存在が起こしたものだと確信している。

 しかし……一体何のために? 何のためにこんなことをするのだろう? 俺にはさっぱりわからない。

 もう何が起こっても不思議じゃないな。この分じゃ、次は何が消えるかわかったもんじゃない。

 何にせよ、警戒するに越したことはないだろう。俺はずっと記録をつけ続けるつもりだが、最悪の場合を想定しておいた方がいいかもしれないな。



十一月二十日

 事件が相次ぎ、記録をつけるのがすっかり滞ってしまった。

 前回は鐘か。記録しておいてよかった。危うく、順番を忘れるところだった。それくらい、消失事件が頻発していたんだ。

 実は、記録をつけるのも一苦労だったんだ。子どもの発見から二週間で、全世界の金と鐘が消えたんだから。

 今はもう、警察はまともに機能していない。警察だけじゃなく、どの機関も大混乱に陥っているようだ。

 おかげで俺も情報を集めるのに苦労したよ。さて、前回は何人もの子どもが身元不明のまま保護されたところまでだったな。あれからどうなったのかを記そうと思う。

 結論から言えば、身元はわからなかったらしい。どこに住んでいたのかもわからないとのことだ。

 でもまあ、マスコミはあまり気にしていないようだった。一日に何件も事件が起こるような状況じゃあ、いちいち気にしていられないのかもしれないな。とりあえず、保護された子どもたちはしかるべき施設で保護されているようだ。身元が判明するまでの間はそうするしかないだろう。まあでも、この調子じゃいつになることやらって感じだな。


 それよりも、頻発した事件のことが話題になっているようだ。俺も、そのことを記録しようと思っていたくらいだ。

 鐘の次に消えたのは、銀だった。いや、銅だったかもしれない。

 駄目だ、記憶が曖昧になってるな。とにかく、何らかの金属が消えたのは事実だ。

 金に代わって経済の中心となっていた金属が、またも消失してしまったんだ。これは、世界経済に深刻な打撃を与えた。俺は経済にそこまで詳しくはないが、そんな俺でもわかるくらいだから相当なんだろう。

 そして、鐘の消失事件の時に子どもが発見されたように、銀や銅の消失事件でも不可解な現象が起きていた。

 銀や銅が存在した場所で、あらゆるものの分断が起こったり、かと思えば協調の取れた動きが見られたりしたらしい。

 これまで平和だった国や地域で、激しい紛争が起こったりもしている。

 また、内戦状態にあった国では、まるで奇跡のように内戦が終了したという例も報告されている。

 これらはまるで、金属の消失が引き金になったかのようだ。何か大いなる力が働いているとしか思えない。

 だが、俺にはその「大いなる力」が何なのか、さっぱり見当がつかない。俺の知識で推測できる範囲を超えているんだ。この現象は、まさに神の力としか言いようがないと思う。

 いや、それも正確じゃないか。きっとこれは神様の仕業なんだ。俺はそう確信しているよ。

 さてと、長々と記録を書き連ねるのはこれくらいにしておこうか。

 この記録が、誰か一人でもいいから役に立つことを祈っているよ。



十二月十八日

 恐れていたことが起きてしまった。ついに、俺にまで事件の影響が及んできたんだ。

 つい昨日、体調不良者が続出しているというニュースがあったんだが、どうも俺自身もそれに該当するようだ。

 一昨日くらいから、疲れがなかなか取れない状態だったんだ。そして、昨日の朝に急なめまいがして、そのまま倒れてしまった。

 それからは、ずっと病院だ。医者の話じゃ、原因不明の衰弱らしい。

 今はもうだいぶよくなったが、医者からは大事を取ってしばらく入院していろと言われている。だから、記録を書くのもこれで最後にするつもりだ。

 それにしても、このところおかしなことばかりだ。

 俺は今まで、様々な事件を記録してきた。そのほとんどに何らかの形で金属が関わっていることもわかっているし、それが消えたことにも気づいている。しかし、人間に影響が出たのは初めてだ。

 いったいどうなっているのか……。今もずっと考えているが、このところ集中できない。なんだか頭がぼうっとして、うまく考えられないんだ。

 とりあえず、今のところはここで筆を置くことにするよ。あとはまた元気になって、続きを書く気になった時に書くとしよう。





 いけない

 この記録にまで影響が出てきている

 消えたのは金だ

 きんだ

 キンだ

 誰でもいい

 誰かこの記録を見てくれ

 伝えてくれ

 嫌だ

 神様

 見放さないでくれ

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