仇花の日常 ~PKギルドのお抱え刀匠は人斬りと日常を過ごしたい~

天恵月

第一章 二人の青年は出会う

001: 待合 -- レーセネにて

「四名が死亡し九名が怪我をしたK県S駅前の暴走テロ事件について、専門家は『孤独な人間を救う器がこの社会には必要だ』と語っています――」


―――――


 太陽の光が照り渡るその街は黄金のようにきらめいていた。

 その中央を刺し貫くように敷かれた大通りの先には、人が集まる噴水の広場がある。周りを城壁で囲まれたこの街で唯一の開けた場所であり、街全体を見守る塔が噴水の頭上に空高く見えた。

 そしてここは、人間という種族を選んだプレイヤーが最初に降り立つ場所でもある。


「なあ、ほんまに誘うん? ていうか俺おってええん? ギルドのメンバーちゃうけど」


 猫耳をあちこちに向けながら、糸目の青年―センリは隣を歩く男にそう話しかけた。


「何度も言わせるな。あいつは絶対うちに引き入れる。お前をダシにしてでもだ」


 強い口調で返事をしたのは狼耳の男だった。その髪はまるで返り血が染みついたかのような錆色で、格式高そうな羽織袴に大ぶりの刀を帯びている。

 まるで野生の獣が高位の侍の装いをしているかのような風貌だ。

 彼はマガミといい、センリの店の売り上げのほとんどを占めるお得意様だ。購入した刀は全て彼が使うわけではなく、彼が組織したPKギルド『仇花の宿』のメンバーに与えられる。

 ギルドの大将とそのお抱えの刀匠、それがマガミとセンリの関係だった。そんな二人が何故こんなところを歩いているのかというと、この黄金の都レーセネで、とある人と待ち合わせをしているからであった。


「あいつは友達がいねえ。片目を無くしちまったせいか、なんでもかんでも一人で抱えるような暗い性格だからな。そこでお前の出番だ、センリ。お前みたいなおしゃべりな奴が横にへばりついてるくらいが、あいつにはちょうどいいんだよ」

「褒めとらんやろ! それ」

「お前は褒められるの嫌いだろ。あー、腹減った。待ち合わせまであとどんぐらいだ?」

「もうすぐやけど……っておい! 肉食うな!」


 マガミは手の中に串に刺さった肉をぽんと出現させ、糸目で睨みつけるセンリをよそにかぶりついた。鋭い犬歯の隙間から滴った肉汁が、彼の高そうな袴に落ちて染みを作ってしまう。


「あー! これから人に会うっちゅうのに、何服汚しとんねん!」


 センリが声高に騒いでもマガミは慣れた様子で肉を食べ続け、一切れ飲み込んでからやっと言葉を返した。


「AIが仕事してる証拠だ。そうかりかりするな」

「装備にシミ汚れが付く機能とか、ほんま誰が付けたん?」

「服の上に何かを溢せばシミになる。当たり前のことじゃねえか。それにどうせスキルで落とせる」

「そのスキル使うのお前じゃなくて俺なんやけどな!? <修繕>っと……」


 センリはため息を吐きながら、マガミの汚れた服に手をかざした。するとみるみるうちに袴は新品のような清潔さを取り戻していき、元よりもずっと綺麗な姿になった。


「あんがとよ」

「あんなあ、これ手入れ怠けとったやろ。耐久値のちょっとの差ぁでも命に係わるから気ぃつけやって、俺何回も言うたやん!」

「いちいち小言がうるせえな、姑かよ」

「ちょっと奥さん、実家の味をきっちり再現してもらわな困ります……って、誰が姑や!」


 漫才のように騒ぎながら歩く二人を行き交う人々が遠巻きに見つめていた。その表情は険しく、二人を歓迎しているわけではないことがひしひしと伝わってくる。


「あの耳、ビーストだ……」

「なんでビースト風情が街中に……」

「獣が人の道を歩くなんて、汚らわしいにも程がある……」


 ひそひそと言葉を交わすのはレーセネの住民であるNPCだ。彼らは獣耳を持つ種族を忌み嫌い、その姿を見るだけで眉を寄せる。

 センリとマガミはそのような視線のことなど全く意に介せず、言い合いをしながらやがて噴水の広場にたどり着いた。塔に見下ろされるその空間では大勢のプレイヤーがくつろいでおり、中には美しい景色にはしゃぐ初心者らしき人もいた。


「あいつだな」


 マガミはふと一点に向かって迷いなく歩き始めた。まだ肉を片手に持つマガミに突っ込もうと口を開いたセンリは、その向かう先に目当ての人物がいることに気が付き、そっと縦長の瞳孔を露わにした。

 水が零れ落ちる噴水の前に、ぼんやりと立つ青年がいた。初期装備らしい地味な袴に質素な刀を携えており、見るからに初心者の出で立ちだ。

 しかし黒煙のような長髪に、遠景を一心不乱に見つめる様子も相まって、まるで幻の中の人影のような雰囲気を彼はまとっていた。


「あれが、カナギ……」


 今日の待ち合わせ相手についてセンリは少しだけ話を聞いていた。

 剣道界で輝かしい実績を打ち立てた期待の新星だったが、とある事件によって片目を失い剣の道を諦めた青年。警察官であったマガミが、騒然とした駅前の血だまりの中に発見した存在。

 落ちるのが早すぎた星だと、マガミはそう語っていた。


「お、随分早い到着だな」

「おわ!?」


 マガミが唐突に話しかけると、彼は素っ頓狂な声を上げてこちらを振り返った。

 黒髪の間からはこちらを呆然と見る青紫の瞳が覗いている。それはまるで、闇夜に浮かび上がった藤の花のようだった。しかし露わになっているのは左目だけで、右目は長い前髪に覆われてしまっている。

 だからだろうか、彼の表情にはずっと影が差していた。


『お前みたいなおしゃべりな奴が横にへばりついてるくらいが、あいつにはちょうどいいんだよ』


 センリの頭の中に蘇ったのは先ほどのマガミの言葉だった。しかしその思惑は、決して孤独な青年への思いやりではない。カナギの姿を一目見たセンリは、強くそう確信した。

 彼の立ち振る舞いは素人目に見ても分かるほど洗練されており、彼が武道にどれほどのものを捧げてきたか明瞭に物語っていた。それは同時に片目を失ったことが、彼にどれほどの痛みを与えたのかを示していた。


 このゲーム―『Soul of Lament』にはとある特徴が存在する。それは、人の強い感情に呼応するシステムだ。

 読み取った脳波のデータと場の状況を合わせ、AIが新たにスキルを創造する。つまり、感情を揺さぶられる人間ほど強くなるのだ。

 マガミが彼をギルドに引き入れようとしているのは、単に彼が刀の扱いに長けているからだけではない。彼が強烈なトラウマを患っているからだ。

 その強い負の感情が吉と出るか凶と出るか、それを見定めようとしているのだ。

 センリはそのことに思い当たり内心舌打ちをした。マガミはいつも面倒見が良いような面をして、その実自分の利になる相手を選別して囲い込んでいる。カナギも優秀な手駒として育て上げようとしているのだろう。


 塔から吹き降りてきた風が大通りをざあっと通り過ぎていった。噴水のしぶきがカナギの黒髪にかかり、きらきらと光をまとう。

 センリが柔和な表情に戻って近づくと、カナギは顔見知りのマガミから視線を移し、センリに不思議そうな顔を向けた。


「カナギやろ? 俺センリっちゅうねん。たぶん同い年やわ。仲良うしてな。あ、てか剣道上手いって聞いたんやけど、俺刀作る派やねん」


 センリが喋り出すと、カナギはそのスピードについてこれないのか目をぱちぱちとさせた。マガミまでもが呆れたような顔をしており、センリは「お前がおしゃべりしろって言うたんやろ」と突っ込みたいのを抑えて続ける。


「せやから、俺の刀贔屓にしてや。最高の刀作ったるから、最高の使い手になってな」


 そう言って笑いかけると、カナギは口元を緩めて少し頷いたように見えた。

 そのつつましい笑顔に、センリは胸が締め上げられるような痛みを感じた。ずっと無視し続けていた心の痛みだった。

 罪と向き合うときが来た。センリはそんな冷ややかな覚悟を押し隠しながら、笑顔でカナギに手を差し伸べた。

 カナギは困ったように首を傾けて、おずおずとセンリの手を握った。その結ばれた腕同士が、まるで呪縛のように感じられた。

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