第422話 閑話:とあるバニーガールの物語
その日、私は身体をまさぐられる感触で目が覚めた。
最初は驚いて跳ね起きたものだけど、この仕事をしていればよくあること。
私も、もう慣れっこになってしまった。
(はあ……。本当に、男ってのは……)
寝たふりを続けながら、内心で溜息を吐く。
カジノのバニーガールという仕事、その役割は大きく分けて2つある。
1つは、煽情的な衣装と魅惑的な言葉で男たちを挑発し、カジノに没頭させること。
もう1つは、大金を使ってメダルを集めた勝者が得られる景品として、勝者に奉仕することだ。
ホテルをわざわざ大通りを挟んだ向かい側に用意しているのは、バニーガールを持ち帰る男が人々の羨望の眼差しを浴びるためであり、同時にカジノに新規客を呼び込むためでもある。
一夜の夢を満喫した男が、自慢げにそれを吹聴すればなお良し。
バニーガールを周囲に見せびらかしながらホテルに連れ込むという栄誉のため、ムキになった男たちが次々とカジノに金を落としてくれるという仕組みだ。
だから、男たちがバニーガールを持ち帰る権利を手にする頃には、財布から数枚の大銀貨――時には金貨――が消えていることも珍しくない。
そして、投じた金が多ければ多いほど、男たちは元を取ろうと精一杯腰を振る。
バニーガールを好きにできるのは一晩だけだから、こちらの体力が尽きても止まらない。
しかも、男たちの多くは体力自慢の冒険者。
酷いときなど、朝目覚めると腰を打ち付けられていることもあったりする。
それに比べたら、おさわりくらい可愛いもの――――そこまで考えて、ふと気づく。
(あれ、昨日部屋に到着してシャワーを浴びて……その後は?)
昨日、私を指名したのは黒髪の男。
最近冒険都市にやって来たばかりにもかかわらず、ここで勝てばというところで必ず負けるとことん運のない男として客や従業員の間で噂になっている冒険者だ。
ここのカジノは帝都や迷宮都市にあるそれと違い、冒険者に娯楽を提供することを目的に運営されているため、ディーラーは基本的にイカサマを使わない。
それを客も従業員も知っているからこそ、男の芸術的な負けっぷりがある種の出し物のようにカジノを盛り上げていた。
数日にわたって負け続けた男がカジノに落とした金貨は3枚を数え、オーナーから少しサービスしてやってくれとも言われていたから、少しくらい乱暴でも目を瞑るつもりだったのだけれど。
(うーん、昨夜の記憶がない……)
最初に思い浮かんだのは男への疑いだった。
何か薬でも盛られて、意識がない間に弄ばれたのかもしれない。
ただ、その割には身体に痛みや違和感もなく、臭いもしなかった。
どうしたものかと思いながら、こっそり薄目を開ける。
周囲を確認すると、私の視界は驚くべきものを捉えた。
(…………あれ?)
隣に寝ているのは、昨夜私を勝ち取った黒髪の男。
バスローブ姿で隣に仰向けになり、涎を垂らしながら夢の中だ。
そうなると、私の身体をまさぐっているのは一体誰だ。
恐る恐る視線を向けると、薄い毛布の下でもぞもぞと動く小さな塊。
震える手を動かし、ゆっくりと毛布を持ち上げる。
すると――――
「ええ……?」
毛布の中、私の股の間にちょこんと座る、小さな狐と目が合った。
仕事着を着て軽く化粧をすると、私はまず男を起こした。
どういう経緯でこうなったのかは記憶にないものの、金貨3枚もすった男が添い寝だけで納得するとは思わない。
狐を引き渡すついでに事務所に延長を伝えてくるから、その間にシャワーを浴びてほしい。
そう伝え、男を安心させようと思ったのだけれど――――
「おい、待て」
狐を見た男は、一瞬で冒険者の顔になった。
数日間に渡ってメダルをまき散らしながら繰り返し絶叫していた道化と、目の前の人物が重ならない。
張り詰めた空気から男の本気が伝わり、私は動揺する。
「それは、どこから?」
「わ、わかりません。起きたら、毛布の中に……」
男はゆっくりと後ずさり、自身の得物に手を伸ばす。
そんな男を見つめながら、狐は私に両脇を抱えられて尻尾を揺らすだけ。
さわさわと肌を撫でられて気持ちいい――――なんて言っている場合ではなさそうだけど。
「そいつは妖魔だ。見た目に騙されるな」
「――――ッ!」
妖魔。
冒険都市に居れば、酒に酔った冒険者から幾度となく聞かされる人間の敵。
見た目と強さが一致するとは限らない。
そう聞いてはいたけれど、ここまで愛らしい姿をしているとは思わなかった。
「慌てる必要はない、必ず助ける。そいつを刺激しないように自然にしていろ。すぐに応援を呼んでくる」
必死に頷く私に笑い掛け、男は部屋を後にする。
こうして、私の命を懸けた時間稼ぎが始まった。
結果として、私の時間稼ぎは成功した。
黒髪の男が武装した数人の冒険者を連れて戻ってくるまで生きていられたのだから、成功と言っていいはずだ。
「…………何をしてるんだ?」
怪訝な顔で問うたのは、ホテルの警備を請け負っている上級冒険者の魔法使い。
妖魔を刺激しないようにゆっくりと部屋に入って来て、中の様子を確認した彼の第一声がこれだ。
待たされた時間が結構長かったこともあり、私は少しカチンときた。
「何してるように見えます?」
「わからないから聞いている」
「私にもわかりませんよ」
「…………」
ベッドに寝転がったまま少しだけ不機嫌になる私と、杖を構えたまま困惑している魔法使い。
そろりそろりとベッドの周囲に展開する、魔法使いの後から入って来た冒険者たち。
そんな彼らに構いもせず、銀色の狐は私の胸を触り続けていた。
(いや、ホントにどうしてって、私が聞きたいんだけど……)
発端は狐が私の胸に触れたことだった。
バニースーツの胸の部分に型が仕込まれていることを知らず、衣装の上から胸に触わるのは冒険者も時々やる。
触っても胸の感触はほとんど伝わらないので、大抵はガッカリしたような顔を浮かべるものだけど、この狐の反応はそれと比べても格別だった。
驚いたように硬直すると、興味深げに何度も胸の部分を叩き、しまいには爪で削り始める。
表面の生地も中の金属もあっという間に削れていく様子に恐怖を感じた私は、その爪が肌に届く前に一か八かバニースーツを脱いだ。
カップからこぼれた自慢のふくらみに目を奪われ――――たかどうかは、狐に聞いてみないとわからない。
ただ、狐がこうして飽きもせず私の胸を叩き続けているのを見るに、気に入られてはいるのだろう。
快感とも不快感とも違う、身体の中を触られているような不思議な感覚に戸惑いながら、魔法使いの判断を待つ。
「…………」
私の胸に夢中の狐に視線を向けたまま、冒険者たちを統率する魔法使いは黙考を続けた。
彼に従う冒険者も、約束通り戻って来た黒髪の男も、彼の判断を待っている。
しばらく考え込んだ末、魔法使いは溜息を落とし、首を横に振った。
「結論から言う。この妖狐は倒せない」
「……そんなに強い妖魔なんですか?」
「A級パーティなら狩れるだろう。B級でも2パーティで当たれば大きな被害は出ないはずだ。ただ、そう簡単にはいかない事情がある」
安全に倒すために上級冒険者のパーティを複数必要とするなら、それはもう簡単とは言えないのでは。
そんな感想を一旦飲み込んで、魔法使いに話の続きを促した。
「最近、大樹海で大きな動きがあったのは知ってるか?」
「噂くらいは……」
カジノの客に冒険者が多いため、冒険者の噂話は自然と集まってくる。
それによれば、何でも大樹海の奥の方で非常に強力な妖魔同士の戦いが起きたらしい。
戦闘自体はすでに収束していると聞いた。
ただ、問題はその周囲に生息していた妖魔や魔獣が巻き添えを嫌って大移動を始め、移動した比較的強いそれらに押されるように移動の連鎖が起き、大樹海の妖魔や魔獣の分布が大きく変化したことだ。
長年蓄積してきた情報がゴミになったことで冒険者たちは安全に狩りを行うことが難しくなり、すでに上級パーティを含め多数の冒険者が予定を過ぎても帰還しない事態となっている。
現在、探索が得意な冒険者パーティが連日大樹海の状況を調査しているけれど、全容を把握するまでしばらくかかるだろう――――というところまでが私の持つ情報だ。
「移動した妖魔が元の生息域に戻る動きはない。この変化は、もう諦めるしかないという方向になっているが……。今回の件の発端となった妖魔、これが妖狐と『大地竜』であることが判明した」
「ちょ――――ッ!?」
目を剥いて銀色の狐を見つめる。
そんな私に、魔法使いは呆れたように告げた。
「いや、そいつじゃないぞ。ただ、妖狐は群れるから、『大地竜』と戦うような強力な個体を刺激するかもしれない動きは、可能な限り避けたいってことだ」
「え!?あ、ああ……。なんだ、びっくりした……」
大きな緊張から解放され、安堵で大きく息を吐く。
大量の空気を吐き出して揺れる私の胸を、狐はまた楽しそうに弄んだ。
しかし、安堵したのはどうやら私だけだったようだ。
「『大地竜』が動いたのか!?」
「ああ。残念だが」
「どっちだ!?『大地竜』はどっちに向かった!?」
黒髪の男は焦燥を隠さず、狐を刺激するなという自身の言葉も忘れて魔法使いに詰め寄った。
「わからない。ただ、頭は東を向いていたそうだ」
「そ、そうか、東か……!いや、安堵するのは良くないんだろうが……」
「まあ、気持ちはわかる。だが、行きはさておき、帰りはどうなることか」
『大地竜』とやらを知らない私は二人の会話についていけない。
おそらく強い妖魔がこちらに来ないことを喜んでいるのだろうけれど。
「それで、私はどうすればいいの?」
全員の視線がこちらを向いた。
バニースーツは半脱ぎで胸は丸出し。
そんなあられもない恰好を恥ずかしいなんて言ってもいられない。
腹の上に乗せた狐をどうにかしない限り、出勤することもままならないのだ。
私の問いに、この場を収拾するためにやってきた魔法使いは気まずそうに視線を逸らす。
「その妖狐の件は、昨夜も別の冒険者から報告が入っている。魔力を吸うだけで目立った攻撃はなく、飽きたら勝手に離れていくそうだ」
「…………。それって、つまり……?」
手当は色を付けるように言っておく。
それだけ言い残し、冒険者たちは部屋から出ていった。
◇ ◇ ◇
私と狐の奇妙な共同生活。
胸の感触がわかる薄手の服なら許されると理解すると、煽情的な衣装を選んでカジノに出勤した。
ほかのバニーガールに狐を押し付けることができないかと画策したけれど、ふらふらとバニーガールの間を飛び回った狐は結局私のところへ戻って来た。
黒髪の男を見ては魔力を吸い尽くして昏倒させ、どこかへ出掛けてはしばらくすると戻ってくる。
胸を中心に私の身体をあちこち叩いては、また出掛けていく。
そんな生活が続き、いつのまにか狐が戻ってこないことに気づいたのは、初めて狐を見た日から数日後のことだった。
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