第402話 分身体迎撃戦
逃亡開始からわずか数十分。
距離はさほど稼げていないが、分身体が追ってくるのはいつものことだ。
すぐに追いかけないのは、適度に運動させようとでも思っているのか。
微妙な猶予がかえって腹立たしい。
「おら!逃げてないでかかってこい!」
東へ駆けながら森の向こうへ吠える。
分身体から返事はなく、俺の声を聞きつけた新手が寄ってくるのみ。
分身体たちは気配を消すのが非常に上手い。
分身体が姿を現すと逃げ散るはずの弱い妖魔が<フォーシング>に釣られて寄ってくるのがその証拠だ。
そして、寄って来た妖魔に俺が剣を振り上げる、その瞬間。
「――――ッ!」
奴らは二対一の数的有利を生かすに留まらず、俺に仕掛ける雑魚妖魔すら利用する。
後方から襲い来る1体をかわす。
時間差で横合いから飛んでくる火球の連弾を、雑魚を壁にして凌ぎきる。
爆散した妖魔が光の粒子となって舞い散る中、火球の出元を睨んでも分身体の姿はない。
二対一に戻ると一時休戦、仕切り直しだ。
大樹海に溶けた2つの気配に舌打ちし、警戒しながら再び東へ駆ける。
(くそっ……!)
これが地味に辛い。
仕掛けるタイミングを好きに選べる分身体と違い、こちらはいつ襲われてもいいように備えなければならないのだ。
集中力がゴリゴリ削られるとわかっているのに、警戒を解くわけにはいかない。
ほんの少し気を抜いたせいでいつのまにか空輸されているパターンは、もうこりごりだ。
しかし、俺が警戒を切らさないなら切らさないで、奴らはなかなか仕掛けて来ない。
俺が神経を擦り減らすのをどこからか見ているだけで、刻一刻と奴らが有利になるのだから当然のことなのだが――――
「――――ッ!?」
間一髪、真正面から飛び掛かって来た分身体に向けて『スレイヤ』を振る。
分身体は『スレイヤ』と打ち合うことはせず、置き土産に火球を残して後方に抜けた。
(な、舐めやがって……!)
悪態をつく暇も与えられず、もう片方が襲い来る。
火球の数に対して1枚余計に<結界魔法>を設置してしまったせいで、残りは4枚。
こうなると分身体たちは<結界魔法>の弱点を突くため、一気に仕掛けて来る。
二方向からそれぞれ十字砲火を放つえげつない弾幕の中では、浮いた<結界魔法>を壊すことすら難しい。
幼竜のブレスでも貫けない<結界魔法>。
わずかな消費魔力とリキャストタイムで俺の戦闘を支える防御の要。
最大の弱点はデコピン一発で破壊される物理的脆弱性ではないということに気づかせてくれたのは、皮肉なことに目の前の分身体だ。
「ええい、小賢しい!!」
上限枚数。
それが、分身体との戦いの中で浮かび上がった<結界魔法>の弱点だ。
破壊されたら再展開できるので今まで全く気にしていなかった<結界魔法>の制約。
互いに干渉でもしているのか、上限まで展開すると次の結界が置けなくなるという<結界魔法>の性質が、俺の判断ミスをじわじわと咎める。
気づいてみれば当たり前だ。
展開した<結界魔法>が破壊されれば再展開できるということは、展開した<結界魔法>が放置されれば再展開はできないということ。
つまり分身体たちは、俺に<結界魔法>を無駄撃ちさせることで<結界魔法>の展開上限を削っているのだ。
分身体の攻撃を凌ぐときに必要な結界の枚数を読み違えるたび、使える枚数が減っていく。
明らかに狙ってそれを引き起こしている分身体たちは、俺が干渉範囲外に逃れることを許さず、俺自身が結界を破壊する猶予も与えない。
「だあああっ!!」
付近に散在する4枚の<結界魔法>。
それらには一切手を付けず、こちらの逃げ道を塞ぎながら俺の選択肢を奪う火球の嵐には、<結界魔法>と違って残弾制限はないらしい。
「くっ……!?」
体勢を崩した俺に横から迫る分身体。
それに向けて展開した5枚目の<結界魔法>を、分身体は飛び跳ねて回避する。
またしても、いいようにあしらわれた。
こちらの展開上限を読み切って詰めに来る分身体に対して、俺は防戦一方。
ただでさえ剣が届きにくいというのに、<結界魔法>まで失えば攻撃機会を作ることすら困難だ。
「――――ッ」
正面を囮に、もう片方が背後に回る気配。
正面を迎撃しなければ詰む。
正面を迎撃しても詰む。
チェックメイトだ。
そう、本来ならば。
「らあああああっ!!」
背後から聞こえるのは、あるいは自分の声よりも聞き慣れた破砕音。
ノールックで背後に展開したそれが狙い通りに分身体を迎撃したことを確信して、正面への牽制に振った『スレイヤ』を無理やり引き戻し、背後の空間を強引に薙ぎ払う。
<剣術>はおろか、チャンバラごっこですらしないような無茶な動き。
無様な斬撃は、しかし背後で硬直していた分身体をたしかに斬り裂いた。
「――――」
『スレイヤ』が纏う魔力が分身体を構成する魔力を削りきったのだろう。
巨躯に対してあまりに浅い傷口から金色の光が漏れ、分身体は魔力の塵に還った。
「5枚だと言ったな!あれは、ウソだっ!!」
『スレイヤ』を保管庫に送り返して身軽になった俺は、残り一体となった分身体に飛び掛かった。
5枚だなんて言ってない。
ただし、言ってはいなくてもたしかにそれが真実だった。
嘘になったのは、ついさっき。
それを知るのは銀色の小狐だけだ。
「知ってるか!?人間ってのは、成長する生き物なんだぜ!!」
空は飛ばせない。
相方をやられて怯んだ一瞬の隙を見逃さず、尻尾を鷲掴みにして2体目の動きを止める。
体の制御を失った分身体は火球を召喚して俺を狙うが――――それでも、俺が『スレイヤ』を再召喚して振り抜く方が速かった。
大きな体躯を深々と斬り裂く斬撃。
主を失った火球は、存在を維持できずに消えていく。
「しゃあああああっ!!!」
もう1体の分身体を構成する魔力が解け、爆散する。
2体分の魔力が光となって宙を舞う中。
俺は左の拳を天に突き上げた。
「分身体、討ち取ったりいいいい!!」
大樹海の奥地で、気持ちが昂るままに咆哮する。
たかが分身、されど分身。
俺にとっては、間違いなく大いなる一歩だった。
そう、たとえ――――
「………………???」
次の瞬間、どこからともなく現れた3体目の分身体に捕まり、妖狐村へ空輸されていようとも。
帰途、大樹海上空でキャッチ&リリースを繰り返された俺は、グロッキー状態で妖狐村の広場に放り出された。
それを定位置から見下ろす四尾の妖狐は、どことなく機嫌が悪そうだった。
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